37.急な来客には棒々鶏とつけめんです
「クリス様っ、おかえりなさいー!」
「ただいま。ほら、グランさん入りなよ」
家に着いた俺を出迎えたのは、エミリアの大声だった。
廊下からひょこりと出した彼女の顔が「あれ?」と怪訝な表情になる。
俺とエミリアの二人を交互に見ながら、連れてきた男――グラン=ハースは遠慮がちに口を開いた。
「本当にお邪魔してよろしいのですか。立ち話で十分だったのですが」
「いいよ。長い話になるかもしれないし、うちには見ての通り――」
ちらりとエミリアを見る。
「欠食児童がいるからな。待たせるわけにいかないのさ」
「あ、あんまりな言い方じゃないですかあー! こんな可愛い乙女を指して、こともあろうに欠食児童なんてぇー!」
「だってお前、俺がいなかったらカップ麺さえ作ろうとしないじゃん。湯入れるだけなのに、どれだけものぐさなんだか」
「クリス様のご飯でなきゃ、食べたくないんですよぉぉ! それに一人でもそもそ食べるの、あんまり好きじゃないんですぅー!」
自分から煽っといてなんだが、エミリアがキャンキャンとうるさい。
面倒くさくなったので無視することにした。
振り返るとグランさんが呆然としている。
「どうした?」
「はなはだ失礼ながら、噂に聞く聖女様とはかけ離れた姿だなと」
「ああ、言いたいことは分かるよ」
「勇者様はほぼ噂通りなので、ある意味安心しました」
「聞かなかったことにしておく」
俺、皆の間でどんな人間だと思われているんだろう。
噂って怖いね。
それはともかく、飯作るか。
✝ ✝ ✝
俺が台所で調理をしている間、エミリアにはグランさんの相手をしてもらうことにした。
エミリアは気さく――いや、がさつの方が近いか――なためか、グランさんも緊張せずに済んでいるようだ。
「今、私のことがさつって言いましたかっ!?」
「言ってねえよ、思っただけだよ」
面倒くさいので、俺は振り向きもしない。
「カマかけたら当たったのですっ、全然嬉しくないけどー!」
エミリアが机に突っ伏した音がした。
嘘泣きだろ、どーせ。
それに続いて、グランさんのしみじみとした呟きが聞こえる。
「コントですね、まるで」
「そうだな、いつか王立新喜劇にスカウトされると思うよ」
「勇者様と聖女様ならトップも狙えると思います」
「いいねえ、ノリのいい客は嫌いじゃないぜ」
何だ、堅物かと思ったら意外に面白い人じゃないか。
グランさんの評価を改めながら、俺は包丁を手に握る。
さっぱりしたものが食べたかったので、メニューは棒々鶏とつけめんだ。
まずは湯を沸かし、その間に鶏のむね肉を開く。
"そんなに難しくないんだよな"
むね肉をまな板に置き、厚みのある部分に横から刃を入れる。
そこまで丁寧にしなくてもいい。
要はばらつきを防ぐために、均一な厚さにすることが目的だ。
白みを帯びた鶏のむね肉の脂は少なく、ヘルシーそのものという感じがする。
これを三人分っと。
茹でる前に下味として、塩、胡椒、酒を少々ふりかけておいた。
こうした方が味が馴染む。
"湯が沸いたから、ゆっくりと沈めて"
湯が跳ねないように、慎重にむね肉を鍋の中へと投入した。
トポンという軽い音が三回、鍋を見ればむね肉がお湯の中で揺られている。
薄ピンク色の表面が、あっという間に白色に変わった。
頃合いかな。
むね肉を引き上げる間に、もう一つの鍋に湯を沸かすことにした。
こっちはつけめん用だ。
それが終わると、野菜のカットに入る。
これが無くても棒々鶏になるけど、味気ないからね。
「エミリアさん、きゅうり食べられたよね?」
「はーい、大丈夫ですー。粗塩振ってバリボリ食べることできまーす」
「ワイルド過ぎるだろ」
一応確認したけど、その必要も無かったらしい。
まな板へと視線を戻し、きゅうりを太めのせん切りにしていった。
表面の濃い緑、それに中身の薄い緑がグラデーションになり、色合いからも涼しさが伝わる。
ヤオロズから昨日もらった地球の野菜だ。
有機農法による逸品とか言ってたか。
それが終わると、次は長ネギをみじん切りに。
この後すぐ使うので、それは脇にどけておく。
ツンと独特の辛い匂いが立ち上ってきた。
"胡麻ダレソースは今日はインスタントでいいか"
一から作ってもいいけど、今回は時間を優先する。
収納空間から取り出したのは、冷しゃぶ用の胡麻ダレだ。
これを皿にたっぷりと出して、そこにさっきの刻んだ長ネギを混ぜる。
そして、最後におろしにんにくを少々。
うん、普段はこれで十分だよな。
胡麻の何とも言えない香ばしさが漂い、とろりとした薄茶色が見た目にも食欲をそそる。
鶏のむね肉の様子を見てみると、粗熱は取れていた。
食べやすく細切れにして、皿に盛る。
その隣にさっき千切りにしたきゅうりを添えれば、完成だ。
むね肉の白ときゅうりの緑は、彩りが綺麗な取り合わせだと思う。
「あとは麺を茹でてと」
沸騰させておいた湯に、麺をほぐしながら放り込む。
この麺もヤオロズにもらった食材だ。
生麺なので、あっという間に茹で上がった。
手早くザルにあけてざっと冷水で冷やすと、麺の表面がつるりとなった。
一本つまみたくなるが、最後の我慢だ。
"つけ汁は――ああ、棒々鶏のソース借りるか"
そのままでは使わない。
いや、使えないと言った方が正しいか。
麺にたっぷり絡ませるには、ちょっとばかりしつこいからだ。
なので、こういう時はストックしてあるかつお出汁で割ってやる。
他にも豚骨ベースや醤油ベースの麺用の出汁もあるけど、胡麻ダレ割るならかつおがいいだろう。
他は癖がありすぎる。
試しに一口味見してみる。
いい感じだ。
胡麻ダレの風味を生かしたまま、そのしつこさが緩和されている。
めんに絡めるなら、これくらいが丁度いいはずだ。
「わあ、見た目からして美味しそうなのですよー」
「か、変わった料理ですね……」
歓声を上げるエミリアとは対照的に、グランさんはちょっと引いている。
異世界料理なんか見たこともないからな。
無理もないけど、一口食べれば絶対満足するね。
賭けてもいい。
「さてと。風変わりで美味しい料理を食べながら、ご用件をお聞きしようか?」
足りない食器を準備しながら、俺はグランさんの方へ振り向いた。
食卓に並べた棒々鶏とつけめんが、俺の用意したトラップだ。
ちゃんと胃袋は満足させてやるよ。
その代わり、あんたの用件は正直に話してもらうぜ?