表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/145

36.考えても仕方ないこと、そして第二の来訪者

 ベッドに横たわり、ごろりと寝返りをうつ。

 モニカは帰り、エミリアは二階だ。

 窓の外を見れば、星が瞬いている。

 僅かに青みを帯びた夜の闇に手を伸ばし、すぐにそれを引っ込めた。

 そんなことをしても何にもならないだろう?


 "探すか、いや"


 俺が考えていたのはライアルのことだ。

 訪ねて来たのは今日だけに、本気で探せば見つけ出せると思う。

 執行庁の内偵も使えるし、冒険者ギルドにも伝手はある。

 それらを使えば、恐らくそれほど難しくはない。


 けど、やっぱり良くないな。

 あいつがすぐに会えると言ったなら、その言葉を信じよう。

 それに無理に探しても、心を開いた会話は出来ない気がする。


 "予期せぬ来訪者ばっかりだ"


 反対側に寝返りをうつ。

 パーシーはまだいい。

 つい四ヶ月前まで、一緒に暮らしていた実の娘だ。

 だけどライアルは違う。

 あまりにも気まずい別れを経てから、もう九年が経っている。

 再会の機会などないだろうと思っていたんだが――意外としか言いようがない。


 俺にもし会えたなら、ライアルは何を話すつもりなのか。

 何の為に会いに来たのか。

 そのライアルに俺はどんな顔をしろというのか。

 考えても分かるわけもなく、結局そのまま眠るしかなかった。

 なるようになるだろ、多分。



✝ ✝ ✝



 人という生き物はゴシップが好きだ。

 それが恋愛に関わるものなら尚更だ。

 副宰相という要職にある人物でも、それは例外ではなかった。


「聞いたよ、クリス様。元奥様と聖女様の間で君の取り合いになったってね!」


「頼むからそういう根も葉もない噂を、朝から大きな声で言わないでください」


「クリス様が優柔不断なせいでどちらとも決められず、怒った両者からビンタされたという話も聞いているんだが?」


「嘘ですデマです妄想ですからすぐに忘れてお願いします」


「何だ、嘘か……つまらん」


「今、つまらんって言いましたか!?」


 もうやだしんどい。

 ゼリックさん、一言いいかなあ。

 いかにもな重々しい仕草するくせにさ、あんた俗物過ぎるんだよ。


「黙れ俗物!」


「だから何で俺が言われるんだよ、怒るぞしまいには!?」


「失敬、ただの冗談ですよ。で、ほんとのところいかがでしたか。丸く収まりましたか?」


 スッとそれまでの茶化した態度を消し、ゼリックさんは席に着いた。

 政治家ってのはこれだから怖いね。

 本心がどこにあるか分かりゃしない。

 灰色の口髭を一撫でしてから、切れ者の副宰相は俺を真正面から見据えてきた。


「特に何も無かった。パーシーを届けてから、この四日間のことを話しただけだ。お互いに冷静だったし、意外に普通に話せたよ」


「それは何よりでした。ちょっと心配していたのでね」


「面白がってたの間違いじゃなく、かい? まあいいや。俺の作ったオムライスも食べていたし、友好的な再会だったよ」


「ほう」


 何故かゼリックさんは満足そうな顔だった。

「何だよ?」と俺が聞くと「副宰相としては嬉しいですね」と返される。

 どういう意味だろう。


「王国の要たる勇者クリストフ=ウィルフォード様がおり、一方では超名門のロージア公爵家がある。両者の仲が険悪となれば、国内の権勢争いが激化しかねませんからな。それを心配したまでです」


「ご心配いただきどうも。やっぱ、あんた食えない親父だぜ」


「誉め言葉と受け取っておきましょうか。さてと、それではそろそろ仕事にしましょうか」


「了解と言いたいところだが、その前に一つだけ。執行庁(こっち)に元勇者が訪ねてきたりはしなかったか」


 一応聞いておかなきゃいけないだろ。

「元勇者というと、あのライアル=ハーケンス様のことですか? いえ、しかし何故今頃」とゼリックさんが訝しむような顔になる。


「昨日、ライアルが俺の家を訪ねてきた。留守を預かっていたメイドが対応したから、俺自身は会ってないけど」


「それはまた意外な」


 ゼリックさんが声を潜める。

 エシェルバネス王国としても、ライアルにはちょっと後ろめたい部分はあるらしい。

 報奨金を山と積みはしたけれど、金で口封じしたとも言えるしさ。


「何も知らないし、聞いてないって感じだな。ならいいんだ」


「ええ、面目ない。加護を失ったとはいえ、貴重なランク10の冒険者です。動向を把握したいとは思ってはいますが、数年前から見失っておりましてね。そうですか、王都にね」


「ああ。何かあったら教えてくれ。多分個人的に俺に接触したかったんだと思う」


 それだけ伝えて会話を打ち切る。

 ライアルのことは気にかかるが、仕事が待っているんだ。

 机の上の書類にザッと目を通す。

 そんなに案件の量は無いが、内容的に面倒くさい種類ばかりだ。

 例えばこれだ。


「貧民窟の居住区域拡張及び食料事情改善の陳情書か。また重い内容だな、これは」


 いや、面倒くさいから放置なんてことはしないぜ? 

 だけど救済したくても、すぐに出来るとは限らない。

 予算に限りもあれば、関係者への根回しも必要だ。

 陳情は陳情として聞くとして、他に優先すべき事との兼ね合いも考えようか。

 そう思いながら、書類を脇にどけかけた時だ。

 陳情書の一番下の方に、気になる単語を見つけた。


「下流区民支援協会……聞き覚えがあるな」


 そう昔の記憶じゃない。

 思い出した、エミリアと一緒に取り組んだ炊き出しの時だ。

 俺に声をかけてきた男がいた。

 名前――グラン=ハースと名乗っていたっけ。

 下流区民支援協会の者と言っていたんだ。


「ずいぶん活動的だな」


 そのまま書類の最後に目を走らせると、提出者の署名があった。

 リーリア=エバーグリーンと読める。

 この協会の創始者であり、運営者の名前だ。


「何をそんなに熱心に読んで――ああ、その陳情書かね」


「前の炊き出しの時にさ、ここの関係者とちょっとだけ話したんだ。だから妙に気になってね」


 ゼリックさんに答えながら、その陳情書を眺める。

 この協会は王国直轄の組織じゃない。

 だから他の案件と同列に扱っておけばいい。

 それでも気にかかるのは、エバーグリーン侯爵夫人がそのトップにいるからだ。


「十八歳という若さにして、かなりの行動力と頭の良さを兼ね添えるという噂だよ。侯爵本人よりも、夫人の方が目立つくらいだ」


「へえ。会ったことないけど美人なんだろうね。賭けてもいいぜ」


「おや、年下の人妻に興味がおありとは」


「馬鹿なこと言うなよな。大体そういうカリスマある若い女性ってのは、美人と決まってるのさ。俺の経験則がそう語っている」


 マルセリーナも見た目は良かったからな。

 中身がキレキレ過ぎて合わなかったけど!


「ですか。まあ、これは私が預かりますよ。クリス様は他の案件を頼みます」


「了解」


 ゼリックさんに書類を預け、俺は一旦そのことを忘れることにした。

 仕事は他にもあるからな。



✝ ✝ ✝



 平穏というのはいいものだ。

 仮にそれが次の事件までの偽りだとしても、穏やかな時間は日常のオアシスだ。

 それをしみじみ噛み締めながら、帰宅しようとしていた時だ。

 ライアルのことは気になっていたけど、気がかりなのはそれくらい。

 あれから五日経ったけど、何の進展もない。

 考えても仕方ないことはある。


「お疲れ様でした、クリス様」


「おう、お疲れ様。先に帰るよ」


 執行庁の門番に手を振りながら、職場を後にする。

 歩きながら、今日のおかずは何にしようかと考え始める。

 春真っ盛りとくれば、そろそろ冷たい食べ物も美味しい時期だ。

 市場で鶏肉は買えるから、それを使うか。

 うーん、そうだな。


「棒々鶏にでもして――あれ?」


 人の行き交う往来に、立ち止まっている人がいる。

 その人物の周りだけ、ひたりと静寂の気配があった。

 薄茶色の双眼が動き、俺を捉える。

 頭をぺこりと下げられた。


「グラン=ハースか」


 この時間にこんな場所でね。

 やれやれ、何だかろくでもない予感がするんですけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ