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34.たらこうどんを食べたら昔の話だ

 うどんは気取らない料理だと思う。

 ほっそりしたスパゲッティに比べ、うどんはどこかあか抜けない。

 麺は太いし、もっちりとしている。

 育ちはいいんだが、どこかのんびりとしている印象だ。

 てきぱき仕事が出来そうなスパゲッティとは違う。

 けれども、うどんにはうどんの良さがある。


「クリス様、これすっごい美味しいですねー。たらこのほんわかしたしょっぱさが、バターのまろやかさと合ってるのですっ」


 無理にしゃべらなくていいぞ、エミリア。

 口の端についた焼き海苔が、ちょっとチャーミング……なわけないな。

 早く取れよ。


「何と言ったらいいのでしょう。全体としてはまろやかなんですよぅ。でも、そこにこしょうがピリッときいたり、レタスと焼き海苔がパリパリの歯ざわりを加えてて」


 一息入れ、またずぞぞぞとうどんを一口啜る。

 それが終わるとエミリアは「はぁー、美味しい」と歓喜の吐息をつく。

 彼女の隣では、モニカが同じように至福の表情を浮かべていた。

 フォークにくるくるとうどんを巻きつけ、上品に口に運ぶ。


「このうどんという食べ物、滑らかな喉越しがいいですね。たらこでしたか、これが口の中でプチッと弾けるのも面白いですし」


「そうそう! ちょっとだけ塩辛さもあって、癖になりそうですー」


「その感想、作った俺としては嬉しいね。これ、適度にボリュームあるからさ。夜中に小腹が空いた時なんか、いいと思うんだよな」


 同意を示したエミリアにそう言うと「それは反則なのですっ!」と言い返された。


「想像するだけでやばいのです。醤油が垂らされたバターが茹でたばかりのうどんに絡まり……そこに炸裂するたらこの塩の利いた旨味……それが夜中の空腹に直撃してくるんですよねー!?」


「ダメです、エミリア様っ。私、想像しただけで頭が爆発しそうにっ。味に飽きがきたと思ったところに、アクセントとして焼き海苔のぱりぱりとレタスの瑞々しい歯ざわりがくるんですよね!? 舌の上に残ったたらこバターのまったりしたコクに、それが加わるんですよね!?」


「うん、そしてうどんをちゅるんと啜ると、全てが渾然一体となってお腹に落ちて――」


「エミリアさん、その辺にしとけ。モニカの瞳孔が開きかけてる」


「あっ」


 あ、じゃねーよ。

 自分で夜中のたらこうどんという妄想こじらせたモニカも悪いけど、とどめ刺したのはエミリアだろ。


「ま、実際美味いよな。これ、人によってはごま油ちょっと足すといいんだよ。油っこさが増すから、その辺りは好みの問題だけど」


「もー、クリス様! さらに煽ってどうするんですかあー!」


「あっ、悪い。おーい、モニカさーん、戻っておいでー」


「ごま、油……たらこうどんに……ごま、油……」


 ダメだ、しばらく正気になりそうもない。

 ひとまず諦め、自分のたらこうどんに集中することにした。

 うん、美味い。

 時々無性に食べたくなるタイプの味だ。

 飲んだ後にはピッタリだろう。

 一口飲み込んだ時、ふと大事なことを思い出した。

 話さなければならないことがなかったか。

 そう、俺を留守中に訪ねてきた人物のことだ。


「お腹もそろそろ落ち着いたと思うので、本題に入りたいんだけどいいかな? ライアル=ハーケンスのこと、まだ説明していなかったよな」


 俺の一言に、部屋の雰囲気がぱっと変わる。

 エミリアもモニカもほとんど食べ終えており、話に集中出来る状態だ。

 まず口を開いたのは、エミリアだった。


「クリス様の口ぶりから察するに、古いご友人なんでしょうかー?」


「ある意味間違ってはいない」


 ただの友人と呼ぶには、どこか苦いものが含まれるけれど。

 それも含めて話さないといけないな。

 気を利かしてくれたのか、モニカが茶を淹れてくれた。

 たらこうどんの後味を流しつつ、記憶をさかのぼっていく。

 どこから話すか。

 やはり最初からが適当か。


「俺とライアルの関係を話すと、ある意味魔王との戦いに直結する。出会ったのは今から十一年前だ。王国主導で打倒魔王の計画が組織された頃になる」


 思い出と呼ぶには血生臭く。

 懐古と呼ぶにはまだ月日が経過していない。

 そんな話を語ろうか。



✝ ✝ ✝



 俺、クリストフ=ウィルフォードは最初から勇者だったわけじゃない。

 血筋から言えば、武門の名門でもなければ王族でも貴族でもない。

 実家はしがない農家だ。

 前にも一回話したけどね。

 村全体が貧しかったから、特にうちだけが酷かったわけでもなかった。

 それが普通だと思っていた。

 そんな状態だったから、俺が実家を出たのもある意味当たり前だった。

「じゃ、行くわ」と両親に声をかけて、一番近くの町へと向かったんだっけ。

 古ぼけた剣が一振り、それに革鎧が一つ。

 それくらいしか荷物は無かったね。


 町に着いてからは、そこを拠点としていた傭兵団に加入した。

 多数の群れで動く魔物がいたから、それに対抗するための傭兵団はたくさんあった。

 二年もすれば、そこそこ腕が立つようになっていた。

 食っていくには十分と判断し、俺はそこで抜けることにした。

 飽き飽きしていたってのが半分、違うことをしてみたかったというのが残り半分だ。


 次に選んだ職が冒険者だから、そんなに変わらないと言えば変わらなかったけどね。

 それでも新鮮ではあったよ。

 護衛や魔物退治だけではなく、人探しや薬草採取もやった。

 金にはならなかったけど、そういった経験自体が楽しかった。

 受注したクエストを完遂して、気の合う仲間と酒を飲む。

 あの解放感はそれまでの生活には無かったな。


 ライアルと出会ったのはその頃だ。

 俺もそこそこ名が通るようになり、ひとかどの冒険者になっていた。

 それまで加入していたパーティーが解散した時に、あいつの方から声をかけてきてくれたんだよ。


「うち前衛が足りないんだ。アタッカーとして一緒にやっていかないか?」


 ライアルに声をかけられ、俺は二つ返事で承諾した。

 俺が二十一歳の時だ。

 あいつがその一つ下だったけど、冒険者としてはあいつの方が格上だったな。

 複雑? 

 いや、そんなことは無かったね。

 ライアル=ハーケンスは紛れもなく天才だったからな。

 比べることさえ思いつかなかったよ。


 ライアルとパーティーを組んで数ヶ月後のことだ。

 俺達は予想外の事態に直面した。

 知っているかもしれないが、王国勅命による魔王討伐隊に選ばれたんだ。

 大軍の運用がままならないので、野戦に長けた冒険者による少数精鋭の部隊ってわけ。

 王国公認となったこともあり、俺達は一躍時の人となった。

 その中心にいたのが、ライアルだ。


 冒険者ランクは最高の10をマーク。

 闘神グアリオアッテの加護を受け、その広範囲攻撃は古今無双としか言いようがない。

 いつしか人々が勇者とライアルを呼び始めたのも、自然な成り行きだと思う。

 俺? 

 俺はその時はパーティーの準エースだったよ。

 聖狼ヘスケリオンの加護も受けていたし、十分戦力にはなっていたさ。

 うん、その時は勇者でもなんでもなかったね。


 仲違いも特に無く、ライアルを中心としてよくまとまったパーティーだった。

 幾多の魔物をなぎ倒していく内に、戦況は徐々に好転していった。

 これならいける。

 魔王の首は、きっと勇者ライアル=ハーケンスが獲るに違いない。

 俺も含め、誰もがそう信じていた。

 だけど、それは実現しなかったんだ。


 ある一つの事件が、ライアルから勇者の資格を奪い去った。

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