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28.元妻と再会するという試練

「準備はいいですかー? それでは行きますよー」


 相変わらず脳天気な声を出しながら、エミリアが俺に右手を、パーシーに左手を差し出した。

 何だろう。

 にこにこした顔を見る限り、悪意は無さそうだけど。


「エミリアさん、この手何かな?」


「なーにー、おねえちゃーん?」


「そんな不審人物を見るような目で見ないでくださいよ。手を握ってくださいってことですー」


 エミリアがぶんぶんと両手を振り回す。


「何で? 君と手つなぐ趣味無いんだけど」


「転移呪文の効果を複数の人間に及ぼすために、必要なんですー。もー、ほら、早く早くー」


「そんな話聞いたことないんだけどなあ」


 首を捻りながら、俺は渋々自分の左手を差し出した。

 パーシーとも手をつなぐ。

 ちょうど三人で輪になった感じだ。

 ロージア家の領地までは、馬車だと二日はかかる。

 それを考慮して、エミリアが転移呪文の使用を申し出てくれたのだ。

 これには素直に感謝しているが、同時に彼女も連れて行くということになる。


 "仕方ないよな"


 改めて自分を納得させた。

 メリットとデメリットを天秤にかけた結果だ。

 旅の準備の手間や費用、往復四日の時間ロスが必要なくなるのは大きい。

 エミリアとマルセリーナが会っても、何も面倒は起きないとは思う……多分。


「さー、それでは行きますよぉ。皆さん、目を閉じてー。モニカ、留守番お願いねー」


「はい、エミリア様。パーシーちゃん、お気をつけて。クリス様は――特に何もないですわ」


「扱い悪いな、おい!?」


「またねー、モニカお姉ちゃーん」


 賑やかな会話だ。

 それが急に静かになった。

 スゥと声が消えていき、肌がチリチリとし始めた。

「では!」というエミリアのかけ声と共に、俺の意識が遠くなる。



 視界が暗い。

 気が付かない内に目を閉じていたらしい。

 ゆっくりと開けると、景色が一変していた。

 俺の家の周りとは違い、民家がない。

 広々とした草原に立っている。

 転移は無事に成功だ。


「すごいな、一瞬だ。パーシー、気分悪くないか?」


「大丈夫っ。ねえ、パパ! ここ、パーシーのお家の近くだよー! もう帰ってきたのー!?」


 びっくりするのも当然か。

 手をほどきながら、パーシーが歓声をあげた。

 くるりと回りながら、辺りを確かめている。

 石畳の街路も、立ち並ぶ家もない。

 この辺りにあるのは、草原と遠くに見える雑木林だけだ。

 人の気配が無さ過ぎて、逆に不安になる。


「うん、場所も完璧みたいですねっ。どうですか、クリス様!」


「と言われてもな。パーシーがああ言ってるから、ちゃんと成功なんだろうけど。とりあえずありがとう」


「ふふん、少しは見直してくれましたかー? 凄いと言ってください、ほらほら」


 ずいぶん調子に乗ってるな、この聖女。

「おねーちゃん、すごいねー!」とパーシーに言われて得意満面だ。

 その顔を見ていると、ふと一つの疑念が浮かんだ。

 まさか転移が成功するかどうか、自信無かったんじゃないだろうな。

 いや、まさかね。

 そんなわけないよな。


「はー、失敗して土の中に転移しなくて良かったですよぉ! はらはらどきどきスリリングでしたぁー!」


「やっぱそうかよ、コンチクショウ!」


 思った通りだったよ!


「そんなに怒らないでください、結果オーライですぅ。それよりも、さっさとパーシーちゃんのお家まで歩きましょう。多分こっちですからー」


「多分?」


 スタスタと歩き始めたのはいいけど、エミリアさんよ。

 ほんとにそっちなのか?

 こういう場合、お約束ってのがあるんだよな。


「パーシー、ここ見覚えあるんだよな。家、どっちか分かるか?」


「うん、こっちだよー」


 ピッとパーシーが指差した方向は、俺が予想した通りだ。

 つまりエミリアが歩き始めた方角とは正反対。


「全然間違ってるよ、この方向音痴が!」


「えー、そんな馬鹿なぁー」



✝ ✝ ✝



 幸いなことに、ロージア家の屋敷にはそれほど歩くこともなく着いた。

 釈然としないものの、エミリアの選んだ転移先が良かったのは事実だったわけだ。

 見覚えのある豪華な屋敷を懐かしく思う暇もなく、俺は緊張を強いられている。

 そう、元妻のお出ましだ。


「あら、徒歩でいらっしゃるとは思わなかったわ。お久しぶり、クリストフ。お帰り、パーシー」


 マルセリーナに声をかけられ、俺は一瞬返事に詰まった。

 見慣れた顔には違いない。

 露出の少ない深紅のドレスは、彼女の長い赤髪によく似合っている。

 群青色の瞳がスッと俺を撫でて、そして静かに伏せられた。

 そのすらりとした体はエミリアの方へ向いている。


「お初にお目にかかります、エミリア=フォン=ロート様。女神アステロッサの娘と名高い貴女様のご高名は、この田舎でも聞き及んでおりますわ」


「は、はぁ。光栄なのです。マルセリーナ=フォン=ロージア様でしたよね。お噂はかねがね」


 マルセリーナの非の打ち所の無い挨拶に対して、エミリアはどうにもぎこちない。

 聞いた限りこういう経験が無いらしいから、仕方ないんだけどさ。

 公式の式典などでは、にこにこ笑って簡単なスピーチくらいしかしないしな。


「あ、あのね、ママ。エミリアのお姉ちゃん、パーシーといっぱい遊んでくれたの! すごくいい人なんだよ!」


 エミリアのおどおどした様子を見かねたらしく、パーシーがフォローしている。

 俺も一言付け加えるか。

 実際、今回は彼女を巻き込んでいるしな。


「俺からも一言。エミリアさんは、パーシーの面倒をよく見てくれたよ。ほんとに助かった」


「だよね、パパ」


「うん。それでな、パーシー。ママに言うことがあるだろ? 忘れてないよな?」


 膝を着いて目線を合わせながら、パーシーを促す。

 ハッとした顔になり、パーシーはマルセリーナの方を向いた。


「あのね、ママ。ごめんなさい。パーシー、パパにね。どうしても会いたかったの」


 子供ながら神妙な顔だ。

 いや、子供だからこそか。

 別に母親に心配かけたかったわけじゃない。

 そう言いたいんだろ。

 言葉足らずかもしれないけどさ。


「だから、あの、ママが嫌いとかじゃなくって……」


「いいのよ、パーシー。でも、もうこんなことしちゃ駄目よ。皆、心配したんだから」


 マルセリーナがそっとパーシーを抱きしめる。

 母と娘の関係は、俺には分からない部分だ。

 だから、ただ黙っていた。

「良かったな、パーシー」と声をかけてやりながら、頭を撫でてやる。

 俺の手のひらの下で、パーシーはコクリと頷いた。

 ホッとしたね、本当に。

 だけど、やっぱりちょっと寂しいかな。


 "この後どうしようか"


 マルセリーナと何か話すべきなのか。

 このまま帰るのも芸が無いけど、やっぱりちょっと気まずいしな。

 悩む。迷う。

 多分、マルセリーナも同じような戸惑いを抱いている気はする。

 だがそんな悩みなど知る由もなく、この場で一人浮いている人もいる。


「いや、ほんと私頑張ったと思うんですよねー。お礼なんてそんな。パーシーちゃんと食べたご飯美味しかったので、もう十分ですよぉ。役得役得っ」とどこかの聖女が呟いていたけど、とりあえず放置しておくことにした。


 誉められて舞い上がっているのは、見なくても分かるんだよ。


 とりあえず、俺に出来ることはしたと思う。

 パーシーも落ち着いているし、もういいだろう。

 あとは無難にいこう、それがいい。

 二歩ほど下がり、マルセリーナと目を合わせる。

 穏やかに、相手の気を損ねないように。

 それだけを心がけて。


「パーシーさ、いい子にしていたよ。きっと、こっちの家の教育がいいんだろうな」


「いいえ、あなたに会えたからだと思うわ。ねえ、クリストフ。少し向こうで話しましょうか。お互い聞きたいこともあるでしょうしね?」


 ツ、と唇の端を艷やかに持ち上げ、マルセリーナがこちらに一歩詰め寄った。

 やれやれ、何事も無くとはいかないらしいね。

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