25.フレンチトーストで迎える親子の朝
「んん、おはようございましゅ……あっ、これは」
「おはよ、パーシー。よく寝たか?」
「はい、パパ! ねー、これもしかしてパーシーが好きなやつ!」
起きてくるなり、パーシーがとてとてと俺の側に寄ってきた。
ぐずりながら寝た割には、機嫌がいい。
ほっとしつつ、フライパンを傾けてパーシーに中身を見せる。
ちょうど朝食を作っていたところだ。
「フレンチトースト、好きだったろ」
「うん! 朝ごはんの中では一番好きー!」
そう、俺が作っていたのはフレンチトースト。
作り方は至って簡単だ。
溶き卵、牛乳、砂糖を混ぜ合わせ、その中に食パンを浸す。
適当な頃合いで引き上げて、熱したフライパンで焼くだけだ。
食べる前にお好みで、粉砂糖やシナモン、蜂蜜などをかければいい。
「ねー、パパ。何でこのふれんちとーすと、皆作ってないの? 特別な材料、必要ないよねー」
パーシーはフライパンと俺を交互に見ている。
その間に、卵の黄身に染まった食パンがジュッと音を立てた。
茶色い焦げ目がいい感じについて、いかにも美味しそうだ。
「多分、こういう柔らかい食パンが無いからだろうなあ。やろうと思えば、多少固いパンでも出来ると思うけどね」
「あー、そっかあ。向こうの世界のパンってふかふかしてるもんねえ」
そう、多分それだけが理由だ。
ヤオロズからもらっている食パンは、専用の機械で焼かれたパンらしい。
「地球では一々手で焼くパンは少数派だね。お店に行けば、こっちの機械で焼かれたパンがたくさん並んでいる」と聞いた時は驚いた。
もちろんこちらの世界でも、パンはメジャーな食べ物だ。
けれども比較すると、柔らかさと食感の均一さに大きな差がある。
多分、小麦の種類や焼き方が違うのだろう。
技術の差というのは、やっぱり大きいね。
そんなことを考えていると、ばたばたと背後がうるさい。
振り返らなくても誰だか分かるよ。
「おはようございまーす、遅れましたー」
「エミリアのおねーちゃん、おはようございまーす。髪の毛、しゅっごい爆発してるねえ」
「えへへ、いつものことなんですよう。私、寝起きは特に酷くって。でもこの寝乱れた感じが、ちょっとセクシーだったりしませんかぁ?」
「四歳児に何を言ってるんだ、お前は」
振り向きもせずに言ってやった。
別に意地悪してるわけじゃないぜ。
フレンチトーストが焦げるから、目を離せないだけだ。
どうせエミリアの寝起き姿なんか、いつもと一緒だろ。
見る価値無し。
「ああっ、今見る価値無しとか思いましたね! ひどいのです、クリス様! 婚約中なのに冷たいー!」
「何でこんな時だけそんなに勘が鋭いんだよ! もっと別のことに回せよ、というか偽装婚約だろ!?」
「そこはお約束ってやつじゃないですかぁ。いやですねー、歳を取ると頭が固くなってー。こんな三十路にはなりたくないのですぅ」
「おまえのそのヤレヤレってポーズ、すんげえイラッとすんな!?」
エミリアがふらふらと寄ってきたので、ちょっとだけヒートアップしてしまった。
「おねーちゃん、おもしろい人なのねっ」とパーシーが目をキラキラさせている。
釘を刺しておくか。
「ちげーよ、面白いんじゃねーよ。ただの変な聖女だよ。こんな大人になっちゃ駄目だぞ、パーシー」
「そーなの? おねーちゃん、駄目な大人なの? 誰よりも遅く起きてきて、髪もぼさぼさで色気も欠片もなくて、おまけにがさつで将来性もないの? お先真っ暗なんだ、かわいそう……」
「止めろよ、パーシー。エミリアの瞳孔開いてるから。というか、そんな言葉どこで覚えた?」
「あのね、ママが教えてくれたの。相手との交渉のコツは、まず相手の弱みを握ることだって!」
ロージア公爵家では何を教えているんだろう。
教育方針に口出す気は無いけど、怖くてたまらない。
✝ ✝ ✝
パーシーにぼこぼこにされたエミリアだが、フレンチトーストを食べたら元気になった。
まったく単純な女だ。
ほら、今もまだ騒がしい。
「このフレンチトーストというパン、美味しいですねー。卵の柔らかい風味が、パンの柔らかさを引き立てているのですー。はー、幸せ」
「でしょー、パパ、これ上手なんだー。パーシー、よく食べさせてもらったの!」
「いいですねえ。私もクリス様の子供に生まれたかったなぁ」
「いやだ断る」
「そんな!?」
当たり前だろうが。
うるさい聖女は無視して、俺もフレンチトーストをつっつく。
パリッとところどころ茶色い焦げがあり、それがいいアクセントになっている。
柔らかさと香ばしさが組み合わさっているのが、この料理のいいところだ。
あとは個人的な好みにより、ちょっと変わるかもな。
ちなみに俺がふりかけるのは、シナモンだったりする。
"ニッキとも言うらしいな。これ、独特な風味なんだよな"
たっぷりとやっちゃおう。
細かい茶色い粉をスプーンですくい、フレンチトーストにふりかけた。
フッと香りが立ち上る。
鼻をくすぐる強い甘さ、そこにほんのりと辛みが混じる。
大人向けのスパイシーな甘さと言えばいいのか、ちょっと癖になるんだよな。
「パーシーは砂糖だよな?」
「うん! シナモンは大人の味だもんねー!」
「エミリアさんは、いや、聞くほどでもないか。好きにしろよ」
「扱い悪くないですかあ!? ど、どーせ私は子供の味覚なので、お砂糖派ですよぉーだ」
ぶちぶち言ってるが、フレンチトーストの味自体は気に入ったらしい。
満面の笑みを浮かべながら、元気よく食べているじゃないか。
「ほわっとした優しい味ですねぇ。卵と牛乳でやわらかーくなったパンに、お砂糖の甘さが心地よいのですぅ。はー、幸せ」
その横で、パーシーも同じような顔をしていた。
「おいしーねー、パーシーもこれ好きー」
「たくさん食べろよ、まだあるからな」
二人に声をかけながら、ふと思った。
エミリアの精神年齢は四歳児と同じなのか?
いや、さすがに失礼だな、そんなわけあるか。
それよりパーシーへの対応だ。
昨夜寝る前に考えたことがある。
とにかく、まずはマルセリーナに連絡を取らねばならない。
本人にも話さなくちゃな。
朝食が落ち着いた頃を見計らい、声をかけることにした。
「なあ、パーシー。昨日さ、パパとママに仲直りしてほしいって言ってたよな」
「うん」
コクリと娘はうなずいた。
見慣れた小さな頭が見えた。
二ヶ月くらいでそんなに変わりはしない。
「その、なんだ。完全に仲直りするのは難しいと思う。でも、お前が一人でこんなところまで来たんだ。それに応えなきゃとは思う」
「ふえ、じゃあパパはどーしたいの?」
「何日かさ、パパとこのエミリアお姉ちゃんと一緒に過ごそうか。ただし、ママにはパーシーがここにいることは連絡するぞ。心配してるだろうからな。それでいいか?」
「うんっ! やったー、パパと一緒だー!」
パーシーが満面の笑顔を浮かべ、両手を広げた。
良かった、とりあえず納得してくれた。
もしかしたら、追い返されるかもしれないと心配していたのかも。
ホッとして気が抜けたまま、ちらりとエミリアの方を伺う。
「というわけだ。事後承諾だけどいいよな、エミリアさん」
「いいですよー、もちろん。こんなちっちゃい子が、頑張ってパパを訪ねてきたんですもの。追い出したりなんかしませんよー。それにですねぇ」
「何か言いたいことがあるなら、早めに頼む」
「いえ、クリス様が娘さんにデレデレしてる様子見るの、楽しみなんですー」
「ちっ、いい性格してるぜ」
顔をしかめたのはわざと。
本当はさ、ちゃんと感謝してるんだぜ。
こんな突然の話にも理解を示してくれたことに。