20.オムライスは作るだけでも美味しそう
パーシーは俺の料理が好きだった。
もちろん、俺の料理しか食べなかったわけじゃないけどさ。
マルセリーナの実家であるロージア家は貴族、それも大貴族なので、その手前もあり召使もたくさん雇っていたからな。
普段は専属の料理人が作り、それを食べていた。
俺が作る機会というのは、週に一、二回程度だったと思う。
でも楽しみにしてくれていたのは、やはり嬉しかった。
「あのー、クリス様。おむらいすというのは、どんなお料理なんですかあー?」
「何でエミリアさんがパーシーより食いついてくるわけ? お前、大人として恥ずかしくないの?」
「大人だってお腹空いたら子供になるんですよおお! もうすっかり夜になっちゃったじゃないですかあー!」
「ねー、パパー。何でこのお姉ちゃん、こんなに暴れてるの? パーシー、パパのおむらいすできるまで、ちゃんとお行儀よく待ってるのに」
「あー、それはね、うん。大人でもさ、大人になりきれない大人ってのも世の中にはいるんだよ」
「ひっどいのですぅ! い、一応こう見えても私、エシェルバネス王国きっての聖女ですよっ。きちんとお仕事して、そこそこ皆さんからも感謝される立派な大人なのですぅー」
いや、こうさ。
変に湿っぽいよりは全然いいんだけどさ。
「ちょっと静かにしててくれるか? 飯作るの遅くなるぞ」
こう言ったとたん、シュンとなった。
ちょろいぜ、このポンコツ聖女様は。
急に静かになったエミリアを、パーシーは隣で不思議そうに見ている。
「おねーちゃん、元気出してー。失敗は誰にでもあるよ」と頭をなでなでしているが、普通これって役回り逆じゃねーのか。
"まあいいか。そんなことよりさっさと作るか"
ケチャップで炒めたご飯を薄く焼いた卵で包む、それがオムライスだ。
ご飯を卵で包む時に少しテクニックが必要だが、慣れているので問題ない。
オムライスの材料も全部揃っている。
ご飯はある。
昨日炊いた分を冷凍していたので、さっさと解凍しておいた。
ケチャップもある。
トマトを煮詰めてピューレにして、そこに砂糖、塩、酢などを加えた調味料だ。
時間をかければ自作できるが、普段はヤオロズからもらった市販品を使っている。
あとはご飯と一緒に炒める具だが、細切れにした鶏肉と玉ねぎでいいだろう。
好きなものを入れればいいのだが、一番スタンダードな具でありパーシーのお気に入りだ。
「パーシー、あっちで待ってろ。エミリアさんもな」
二人に声をかけてから、俺は包丁を手に取る。
鶏肉と玉ねぎは細かく刻み、飲み込む時に引っかからないようにした。
あんまり大きいと、子供の喉に詰まるからな。
特に玉ねぎは素早く徹底的に刻む。
リズミカルに包丁をまな板の上で走らせると、トトトトッという小気味よい音が響く。
この作業が終わると、次に移る。
あらかじめ油をひいておいたフライパンの上に、刻み終えた具を移す。
ピンク色の鶏肉がジュウとはね、透明に近い白い玉ねぎがそれより静かな音を立てていく。
すぐに香りが立ち上ってきた。
熱された鶏肉から滲み出る、脂肪が溶ける時の香り。
胃に直接訴えるその香りに交じって、玉ねぎの炒められる時の香りが混じる。
こちらは甘い。
生の玉ねぎにはない、火が通った玉ねぎが発する自然な甘い香りだ。
焦げ付かせないように、これをフライ返しでかき回す。
まんべんなく火が通ったところで、いったん火を止めた。
次はご飯を炒める番だ。
"三人分だと結構多いんだよなあ"
そう、それなりの量のご飯を使うことになる。
普段の食事と違い、オムライスの場合はご飯が主役になるためだ。
ある意味、カレーライスと同じぐらい存在感がある。
それでも、これくらいは一気に作れるけどな。
炒めた具をフライパンの端へ寄せ、再び火魔石を点火する。
解凍したご飯を、大胆にフライパンの上へとほうる。
白い湯気と共に、独特のほのかに甘い匂いが漂った。
肉でも野菜でもない、炭水化物の持つ甘さだ。
それを嗅覚で味わいながら、先ほど炒めた具とご飯を混ぜ合わせる。
味にばらつきが出ないようにするためには、こうした方がいいから。
"そこでケチャップで味付け"
ガラス瓶に入ったケチャップを、大きなスプーンですくった。
料理本によるときちんと計量スプーンを使うべきなのだが、俺は割と目分量でやっている。
その時の体調や気候によって、適量がその都度変わってくるからだ。
どろっとした濃い赤色のケチャップを見ていると、いかにも滋養がありそうに見えてくる。
それを投入すると、甘酸っぱい香りが広がった。
「あー、美味しそうー」
「ほんとですねー、いい匂いー」
あれ、いつのまにかパーシーとエミリアが背後に近寄っていたのか。
まあいいか、邪魔にならない距離であれば。
「エミリアさん、ケチャップ見たことあっただろ? 今さら驚かなくても」
この二か月の間で、何回か使っているからな。
それに俺が異世界の料理を作れる理由も話しているし。
「ええ、そうですけどー。こんな風にケチャップライスを作るのを見るのは初めてですから」
「ああ、言われてみれば」
「パーシー、このパパの作るケチャップライス大好きー。あのね、甘くて美味しいんだよっ」
「ああああ甘くて美味しいのですねええええ!」
やっぱりどいてもらおうかな。
いや、いいか、もう。
そうこう言っている間に、ケチャップライスは完成した。
ほかほかと湯気を立てているそれを、大きな白い皿に移す。
まだ人数分取り分けることはしない。
ちらっとパーシーの方を見ると、タイミングよくうなずいてくれた。
「卵焼くところ見たいか?」
「見たい見たいー!」
「よーし、じゃあ、そこのお姉ちゃんに抱っこしてもらって」
「ええっ、私がやるんですか? ちょっと不安なんですけど」
「だってパーシーの背じゃ、フライパンのぞけないだろ? それくらい頼むよ」
「うー、仕方ないのです。これも未知の料理を味わうためなのですっ」
不承不承という感じだけど、エミリアは俺の頼みを聞いてくれた。
意外に軽々とパーシーを抱っこしているので、ちょっと驚いた。
「結構腕力あるね?」
「ほ、放っといてくださいっ。神殿でのお勤め、力仕事もあるんですよー。腕が太いとか女らしくないとか言わないでくださいよお」
「いや、別にそこまでは」
「おねえちゃん、たくましー!」
あーあ、パーシーが無邪気に放った一言でエミリアが項垂れてしまった。
子供って時に空気読まない残酷なこと言うからなあ。
「そんな気にすんなよ、今さらだろ?」
声をかけながら、卵を片手で割ってボウルに入れる。
「そんなあー!」という悲鳴が聞こえたが、無視だ無視。