19.感動の再会のはずですが
モニカが帰ってからも、パーシーはしばらく眠りこけていた。
無理に起こすわけにもいかず、俺はじっと待つしかない。
ことん、とパーシーの頭が揺れる。
これで何度目だろうか。
俺が支えているからいいものの、不安定なものだ。
手のひらに触れる髪がくすぐったい。
「クリス様」
「ん?」
エミリアの呼びかけに顔を上げる。
首をかしげながら、聖女はためらうような様子を見せた。
「どうしたんだよ」
「いえ、あのですねえ。ええい、いいや、聞いちゃいます。クリス様は奥様と別れてから、パーシーちゃんに会っていなかったのですか?」
「ずいぶんはっきり聞いてくれる」
思わず苦笑しちまった。
ああ、でも仕方ないよな。
そりゃ聞きたくなるか、こんな事態になったのならさ。
「はい、どうしても気になったのですよう」
「だろうな。端的に言うと、会っていなかった。半年前にマルセリーナと正式に離婚してからは一度も」
そう、一度も会っていない。
親権はロージア家が持っていったので、俺には何も残されなかった。
エミリアと同居して二か月になるが、この辺りの事情は話さなかった。
今まで聞かれなかったし、彼女には関係ないからな。
どうしても湿っぽい話になるから、あまり好きじゃないというのもある。
「寂しくなかったのですか」
エミリアが続けて聞いてくる。
責めるような調子は無かったけれど、俺は思わず視線を逸らした。
「全く寂しくなかったと言えば、嘘になるね」
自分のことを子煩悩な父親とは思わない。
とはいえ、寝起きを共にしていた子供が手元からいなくなったんだ。
不在を実感するたびに、心の一部が妙にすかすかしたよ。
「じゃあ、きっとパーシーちゃんもそうだったんですよう。クリス様、いえ、パパに会いたかったんじゃないですか」
「パーシーが?」
「ですよ。だってまだ小さい子供ですもの」
俺に優しく諭すように、エミリアは微笑んだ。
その優しさがありがたいようでもあり、同時に痛い。
どうしていいか分からず、パーシーの髪を撫でた時だった。
「う、うううーん」
「……あ、起きた」
我ながら間の抜けた台詞だ。
そりゃいつかは起きるだろう。
じっと見つめていると、ゆっくりとパーシーは目を覚ました。
長いまつ毛が揺れ、まぶたが開く。
青く透き通った目は、記憶の通りぱっちりとしていた。
俺によく似ていると言われたことを思い出す。
いや、マルセリーナも似たような色の目なんだけどさ。
「……久しぶり」と俺が声をかければ「おはようー」とパーシーも間の抜けた声で返す。
どうにも緊張感に欠けているな、と頭の片隅で思った。
「あのお、当事者じゃない私が言うのもなんですけどお」
「うん、全部言わなくていい。言いたいことは分かる」
他に言うべきことがあるだろってね。
分かってるよ、そんなことくらい。
何か言いかけたエミリアを遮り、パーシーを俺の膝から椅子の上に下ろしてやる。
どこかぎこちない動作で、パーシーはその小さな顔をこちらに向けた。
そのままじっと見ている内に、表情にあどけなさが戻ってきた。
「本当にパパだー、良かったあー」
「そうだよ。目は覚めたかい?」
「うん。あのね、パーシーね、パパに会いにきたのっ」
「一人で? マルセリーナ、いや、ママはこのことは知っているのかな」
「ううん、パーシー、ママに内緒でおうち出てきたから! でもパパに会いたいってママに言ったから、分かってるかもー」
「そうかあ、内緒かあ」
いやあ、これ結構面倒なことになってるんじゃねえのかな。
ロージア家の領主、つまり俺の元義父でマルセリーナの父親の孫娘が失踪してるってことだ。
下手したら、大隊規模の捜索部隊が駆り出されていてもおかしくない。
いや、それは今心配しても仕方ない。
それより先に、パーシーのことを考えないといけないだろう。
「どっか痛いところとかないか? 喉が渇いているとか?」
「元気ー、パーシー強いもん。あっ、でも」
その先は言わなくても分かったさ。
パーシーのお腹がくぅと可愛らしい音を立てたから。
その音に触発されたのか、エミリアもお腹をさすっている。
眉を寄せたその表情がどうにも情けない。
「あのー、クリス様~。感動の親子のご対面に水を差すようなのですが~」
「ねー、パパー、お腹すいたよぉー。あれ食べたいあれー」
「パーシーちゃん、あれって何なのですかー!? お姉さんに教えてー!」
「えっとね、おむらいすっていうお料理! 黄色くって赤くってふわふわであまーいのー」
「何だか分からないけど、美味しそうなのですよおー!? ふわふわであまーいのー、やったあー!」
がしっとパーシーの両肩をつかみながら、エミリアは力強くうなずいている。
いや、うん。
もうぼちぼち夜だしさ、空腹なのはよく分かるぜ?
でもさ。
「おい、その今にもよだれ垂らしそうな汚い顔はやめろよ。うちの子が汚れるだろうが?」
「ええっ、ちょっと扱い酷くないですかあっ!? これでも私、それなりに見られる顔だと思って!」
「おむらいすー!」
「あっ、そうね、パーシーちゃん! 今はそんなことより、おむらいすよねえー!」
「聖女として以前に成人した大人としてどうなんだ、そのお前の反応は」
パーシーに同調したエミリアに、つい突っ込んでしまった。
やれやれ、とにかく食べさせないことにはどうにもなりそうもないな。
「分かったよ、二人とも待ってろ」
オムライスね、あれを作るのも久しぶりだな。