10.炊き出しのメニューを決めよう
「なあ、ゼリックさん。貧民街の炊き出しの件て、俺がどうにかしなきゃいけないんだよな?」
「もちろん。引き受けるから安心しろと、あなたがおっしゃっていましたからね」
「そうか、そうだよな」
分かっちゃいたけど、やはり悪あがきは無駄に終わった。
他に共同責任者がいたなら、一緒に悩むことも出来る。
けどその可能性も消えたようだ。
安請け合いした自分が悪い。
しかも多忙にかまけて、引き受けたこと自体忘れたのはもっと悪い。
「自分で自分を殴ってやりたい」
悪態つこうにも、その対象は自分自身しかいないんだけどな。
顔をしかめた俺を見て、ゼリックさんがその口ひげを捻る。
「もしどうしても無理なら、今回は不可とのことで見送ってもよろしいのですよ。私の名前で正式に断れば、クリス様の名にも傷はつかないでしょう」
「それはそうだろうけど、やっぱり格好悪いだろ。主にゼリックさんの体面的にって意味でな。それに」
「それに?」
「一度引き受けた案件だ。俺の名誉に賭けても、何とかするさ」
それくらいはやらねばならない。
エミリアに悪いという気持ちもある。
たまの施しを楽しみにしている人達に、ちょっとは美味い料理を出さねばという使命感もある。
今から準備しても、どうにか間に合うだろう。
余裕は無さそうだけど!
「流石ですな。では、人手や物資が必要なら早めに申請してください。早急に手配しますから」
「助かる」
こういう理解が速くて助かるよ。
ま、神殿の連中に恩を売っとけば何かと後で便利――そのくらいは腹の底で考えているんだろうけれどな。
「さぁて、じゃあどうするかな」と呟きつつ、俺は椅子に腰掛ける。
基本は一人で考えるつもりではある。
だが誰かに話した方が、思考がまとまりやすいんだ。
それをゼリックさんも分かっているので、相手をしてくれる。
「もう具体的に何を作ろうかというのは、決まっておりますか?」
「それを今考えているんだよ。炊き出しだから、凝ったものは無理だ。出来るだけ簡単に作れて、一皿で提供できる料理がいいかなとは思っている」
「なるほど。対象となる人数もそこそこ多いですしね。詳しくは当日にならないと分かりませんが、最低でも数十人は来るでしょうな。食器の用意だけでもそれなりになります」
「そうだね。まあ、神殿の方でもパンとスープは用意するって言ってるからなあ。俺の方は補助的に追加される一品だ。量は本来の一人前を半分にして、出来るだけ多人数に配れるようにしよう」
やっぱり一人で考えるよりはいい。
大体イメージ出来てきた。
パンとスープだけだと腹は満たされるだろうけれど、彩りがない。
それでも貴重な施しには違いないが、どうせならもうちょいがつんとくるメニューが欲しい。
その条件に一皿で提供出来るものという条件を加えると、やっぱりあれか。
決定する前に、一応ゼリックさんにも話してみる。
確認しておきたいことがあるから。
「なあ、ゼリックさん。その施しを受ける人達ってさ、好みのものでないと食べないとか言わねえよな?」
「まさか言いますまい。彼らが普段食べている物は、残飯や野菜くずなのですよ。味付けがどうであろうが、贅沢など言うはずがありません」
「そりゃそうか。じゃ、ちょっとくらい辛くても問題ないか」
激辛じゃなきゃ食えるだろ。
それに、初めての人でもあれは口に合う。
香辛料に変な癖がないから、鼻につく感じがしないし。
よし、決めた。
あれでいこう。迷っている時間もない。
椅子から立ち上がった俺に、ゼリックさんが声をかける。
「その様子だと決まりましたか」
「ああ」
俺の頭にその料理が浮かぶ。
茶色いどろりとしたルーが湯気をあげ、爽やかな辛みを帯びた香りがそこから立ち上っている。
あの料理なら大鍋一つあれば作ることも出来るし、今回のような機会にはぴったりだろうよ。
その料理の名を俺は口にする。
「カレーライスって料理に決めた」
✝ ✝ ✝
初めてヤオロズにその料理を教えてもらった時、俺は衝撃を受けた。
まさにガツンと頭を殴られたかのようだった。
見た目ははっきり言って、あんまり良くない。
白いご飯の上に、どろどろの茶色い液体がぶちまけられている。
その中に角切りにした肉や野菜が煮込まれていたが、全体的な色合いが地味過ぎる。
けれどその第一印象を覆したのは、まずは匂いだ。
後で聞いた話だが、相当多くの種類の香辛料を混ぜ合わせてその茶色い液体――ルーを作っているらしい。
辛みを予期させながらも爽やかなその匂いは、複雑であり尚且つ食欲を刺激した。
俺のカレーライスの記憶は、その匂いの鮮やかさから始まると言ってもいい。
"調理方法の簡単さから言っても、カレーしかあり得ない。それに食べたっていう満足感が大きい"
自分を納得させつつ、俺は自宅の地下にいる。
もう夜更けだ。
目の前には、食材が詰め込まれた樽がいくつも転がっている。
最低でも五十人分は作ろうと思うが、流石にそれだけのカレーの材料は手元にない。
ヤオロズに発注するしかないのだが、間に合うだろうか。
食材の優先順位を考えつつ、自分で調達できる分は何とかしようと決めた。
その決意が鈍らない内に、俺は隠し通路へと足を踏み入れる。
カツン、といつになく自分の靴音が反響した。
"悪い、ヤオロズ。緊急発注したいものがある"
ランタンの灯火に向かって、俺は話しかける。
ほどなく返答があった。
いつもの聞きなれた声に、訳もなくホっとする。
"やあ、クリス。どうしたんだい、切羽詰まった顔をして"
"カレーライスの食材を頼みたいんだけど、出来るか? 相当大量なんだけど"
俺にはヤオロズの顔は分からない。
けれども微かに戸惑ったような調子があった。
"物自体は難しくないけど、何人分? それによるね"
"五十人分だ。肉、じゃがいも、玉ねぎ、カレー粉、あと白米。普通のカレーなら、それで作れるだろう"
"え"
うわ、ヤオロズが絶句してしまった。
うーん、これは俺の交渉次第か?
我ながら神様相手に交渉なんてよくやるよな。