アポジモーターの秘密
どうもおかしい。
宇宙開発事業団の醍醐主任は、首を捻った。
どうしても、あやめの事故が再現できないのだ。
宇宙空間で爆発があったのは間違いない。
だが、部品にいくら欠陥があったとしても、同じ状況が再現できない。
アポジモーターそのものに、何か問題があったとしか考えられないが、ジェットエアロ社から提供された資料を見る限り問題は無い様に思える。
もっともブラックボックスだけあって、内部構造の詳細なデータはない。
何かがおかしい。
そうだ、固体ロケットなら日本にも専門家がいるじゃないか。
宇宙研に相談できないか。
宇宙開発事業団と文部省宇宙研は別組織であり、全く交流がない。
醍醐主任の提案で、有志による初の意見交換会が開かれた。
「固体ロケットの運用には・・・」
なるほど液体ロケットとは大分様子が違う。
泥縄式ともいえる職人業のような世界だ。
しかし、宇宙研の技術者からひとつの可能性を指摘された。
それは・・・
意見交換会から一週間後、醍醐主任は、米国ジェットエアロ社への調査チームの一員として派遣された。
「我社のアポジモーターにはなんの問題もない」
「固体燃料は、製造工程で何か問題が発生することもあるはずだ」
「我社の出荷する製品に問題はない。問題があるなら証拠を示してほしい。まあ、ムリでしょうが」
宇宙空間から回収出来る筈はない。打ち上げ前でも秘密協定でブラックボックスだ。
日本側の足元を見た発言だった。
「製品ロットごとに、抜き出しチェックした断面データがあるはずだ」
醍醐主任の発言で、渋々ながら断面データが、閲覧限定で提供されることになった。
「やはり、クラックか」
あやめのアポジモーターと同一ロットの断面データは、やはり存在していた。
ジェットエアロ社側は日本の技術者が見ても分かるまいと高を括っていたのだろうが、オレは宇宙研で固体燃料の気泡やクラック等が発生した断面データも見せて貰って、詳細な説明も受けてる。
この断面データを見れば、今のオレには分かる。
宇宙研の指摘した可能性ってやつは正しかったのだ。
日本側の勝利である。
今後のアポジモーター出荷時には、同一ロットの断面データや詳細な製品データが提供されることになった。
事実上ブラックボックスがオープンされたのである。
だが、数年の遅れは大きい。
既に、世界の最先端は液体アポジに移っている。
もはや固体アポジは時代遅れであり、小型衛星などに限定されつつある。
そして、日本は衛星の大型化にも少し出遅れてしまった。
米国にしてやられたのだ。
しかも、米国政府は関知せず、一メーカーに責任を押し付けたのである。
米国は、近々スペースシャトルも打ち上げるという。
米国の背中はあまりにも遠い・・・