ひてんの嚆矢
中国衛星環境工程研究所某所
「スン副局長、我が中国は初の人工衛星、静止衛星で、日本の後塵を拝している。
なにかいい計画はないか?」
現在使えるロケットは、長征2号
現在、我が中国の主力ロケットだ。
別に長征3号もあるが、第3段の始動に問題があり、開発が難航している。
「そうですね、無人機による月面周回はどうでしょう?長征2号で十分打ち上げ可能です」
「うーむ、少しインパクトに欠けるな、月面着陸はできないのか」
米ソのような、軟着陸は高度の技術が必要であり、我国には到底無理だ。
そうだ、ソ連のルナ2号や米国のレインジャーは月面に衝突させている。
「月面への衝突、硬着陸なら可能でしょう」
「なるほど・・・よろしい、それでいこう」
長征2号発射・・・爆発
「恐ろしい。この燃料は危険すぎるな」
長征2号の燃料は猛毒のヒドラジンである。
もし、街や村に落下すれば。多数の死者が出る悲惨な事故になるだろう。
「まあ、こんなロケットいつまでも使う訳はないだろう、まさか有人ロケットになんてな、アハハ・・・」
スン副局長は乾いた笑いを漏らした。
我が国も有人ロケットの計画があるのは知っているが、新型のエンジンを使うだろう。
ケロシンや水素エンジンも開発中だと聞くし。
さあ、気を取り直して、再度チャレンジだ。次こそ月面に到達するのだ。
「スン副局長、日本が月面硬着陸を行ないました!」
「なに!バカな。そんな計画は聞いてないぞ」
日本には多数の情報提供者がいる。そこから、日本の宇宙開発については逐一情報が入ってくるのだ。
そこには、月面硬着陸の計画なんて無かった筈だが・・・・
文部省宇宙研某所
工学実験衛星ひてんは月スイングバイ実験を終えて、月の周回軌道に入っていた。
「ひてんのミッションもそろそろ終了だな」
「提案があります。最後に月面に衝突させてはいかがでしょう」
1993年4月11日3時3分38秒、「ひてん」は「豊かの海」のステヴィヌス・クレータ付近に衝突した。
月面に達した観測機は、米ソに次ぐ世界3番目の快挙である。
日本は知らない間に、中国を出し抜いていたのである。