7、プレゼント
「よし、準備はできたか?」
「ん、できたっ」
準備といっても、今日は特に持ち物も要らないので、顔を洗って歯を磨いただけだ。ちなみに、歯を磨いてあげたのは俺である。膝の上に膝枕の要領で頭をのせて寝転ばせ、しゃかしゃかと。
「じゃあ、そろそろ行くか。」
そろそろ、注文していた服を受け取れる時間帯。薄汚れたぼろ布のような服を着ていた少女に、ようやくきれいな服を着せてやれる。心なしか、少女もうきうきしている様に見えた。
いつぞやのように、手を差し出す。少女は
今度こそ転ばぬよう、しっかりと手を繋いで町へと繰り出した。
◆◇◆◇◆◇◆
「ひぁっ、ごめんなさ……あぅっ、ごめんなさいぃっ!」
今日は、何故か大通りがひどく混んでいた。
少女は馬鹿正直に、人とぶつかる度、いちいち丁寧に頭を下げる。おかげで、なかなか前に進めない。
この人混みの先に、一体何があると言うのだろうか?
「おい、はぐれないよう、だっこしてもいいか?」
迷子の危険があると判断し、少女に声をかける。少女もこの人混みには参っていたようで、大人しく俺に手を伸ばした。
脇の下に手をいれ、ひょいと抱き上げる。丁度、左腕に座らせるような感じだ。
「なぁ、お前のこと、何て呼べばいい?おいとかお前とか、あんま好きじゃないんだ」
少女は少し考え込み、やがて、ゆっくりと口を開く。
「……ティア、よんで。」
「おう、わかった。そんじゃ、ティア。肩車するから、この先に何があるか教えてくれるか?」
「かたぐるま?」
百聞は一見にしかず。説明するより早いと持ち上げ、肩にまたがらせる。高さに少し驚いたのか、ぎゅうっと髪を掴まれた。禿げないかだけが心配だ。
「怖くないか?」
「ふぁあっ……すごいっ!たかいよっ!」
怖がって動けなくなるかも、と心配していたのだが、杞憂だったようだ。普段と異なる視点に、可愛らしくきゃっきゃとはしゃいでいる。
「そりゃあよかった。そんで、何が見える?」
「えっとね、おっきい……てんと!ひとがね、いっぱいはいってくよ」
「あー、移動サーカスかなんかのショーかな?帰りに見てこうか」
「なぁに、それ。たのしい?」
「実は、俺も行ったこと無いんだよな。きっと面白い思うぞ」
改めてここ数年を思い返せば、マトモに娯楽じみたことをした覚えがない。今回は、いい機会かもしれなかった。
ずいぶんと喋るようになった少女とあれこれ喋りながら、服屋へと向かう。
時の頃はお昼過ぎくらいで、丁度いい塩梅の時間帯だ。きっと素敵な服が完成していることだろう。人混みを掻き分けながら歩を進め、ようやく目的地のドアを押し開けた。
◆◇◆◇◆◇◆
「こんにちは〜……あれ?」
店にはいると、例の店員がカウンターに突っ伏し、寝息をたてていた。他に店員も居ないようなので、内心申し訳なく思いつつ、肩を控えめに揺する。すると店員は慌てた様子で、跳ね上がるように飛び起きた。
勢いよく上がった顔には、無理をしたのであろう、濃い隈染み付いている。
「えっ、あっ、うわっ!寝ちゃってた!すいませんっ!……あっ、昨日ぶりですねぇ、鋼兵さん、お嬢さん!」
「いや、こちらこそ無理させたみたいで申し訳ない。……というか、俺名前言ったっけか?」
昨日来たときは名前を呼ばれなかったため、てっきり俺の事は知らないと思っていたのだが。店員は、ぐいーっと伸びをしながら返答する。
「いやー、ずっと引っ掛かってはいたんですがね。昨日、鋼兵さんが帰った後に思い出したんですよ。まさか、うちみたいな端っこの無銘店にあの有名冒険者様が来るとは思っていなかったもので」
「おいおい、よしてくれよ。それに、冒険者はもう引退したんだ」
「えっ、それは初耳ですね。世間話には疎いもので。まぁ、どちらにしても今更態度を変えるような真似はしませんよ。お客さんには平等に、がモットーですからね!」
この店員さん、かなり若く見えるが、サバサバしているように見えて、礼儀はしっかり怠らない。
居眠りも、全力で仕事に取り組んでくれた証拠だろう。客によって態度を変えないと言うのも好印象だ。
ショーケースには、確か男物の服もあった筈だ。自分の服が要り用になったときはここで仕立てようと、口にこそしないが心に決めた。
「あっ、それで服の方、完成してますよ!着て帰れるけど、お嬢さん、どうする?」
しゃがみこんで直接ティアに聞く辺り、細やかな気配りを感じる。この店員さんの株が、俺の中でうなぎ登りだ。
見上げてくるティアと顔を見合わせるが、申し訳なさそうな表情をしながらもその大きな眸はきらきらと輝き、明らかに「着たい!」と激しく主張していた。
「自分で言いなさい」と言う意を込めてとん、と軽く背中を押す。その意を汲み取ったらしいティアは、人見知りを発動させながらも一生懸命、言葉を発した。
「えと……ふく、きたい、です。……いい、ですか?」
おずおずと踏み出し、たどたどしい言葉、上目遣いでのおねだり。
恐らく俺が喰らっていたら卒倒していただろうレベルの可愛さに、店員さんは手で顔を覆い、たたらを踏んだ。
きっと、「か、可愛すぎる……!」とでも思っているに違いない。実際、小声で呟いているのが耳に入った。
「じっ、じゃあ、奥で着替えようか!」
「……はいっ、おねがい、しますっ」
案内するために差し出した手を、遠慮がちにきゅっと握られたことで完全にハートを射抜かれたらしい店員は、ぎこちない動きでこちらへ顔を向ける。
「……えっと、お着替えを手伝う過程で、意図せず抱き締めてしまう可能性がありますけれど、ご了承ください……!」
俺は親心にどこか誇らしく、黙って親指を立てた。この可愛さを前にしては、それも仕方が無いだろう。俺もときどき──いやほぼ毎日、危なくなる時がある。
すでに呼吸がやや荒めの店員は、きょとん顔のティアの手を引いて、店の奥へ消えていった。
そして終始挙動不審だった店員さんに対し、その気持ちがよく分かってしまう俺は、共感しこそすれ一切咎めることは出来なかった……。
店員さんが主要キャラになるかどうかは作者の気分次第です。