閑話 少女の見た夢
『ティア、あなただけでも逃げなさい……私達が、絶対にあいつらを食い止めるから』
私の母は、私の肩に手を置いて、必死に、出来るだけ冷静を装って私に逃げろと言い聞かせた。母の白く美しかった肌は煤に汚れ、銀色の、私とおんなじ色の髪は所々焦げてボロボロになっている。
そして、その背景は、火を放たれた家々と、突然侵攻してきた人間の王国の人達。それを食い止めようとする大人達は、次々と切り捨てられていく。他の子供達はすでに避難したようで、この村に今私以外の子供はいない。つまり、私一人のために皆が傷ついているのだ。しかし、私は母から離れられずにいた。
『なんでっ、なんで戦わないの!?私達は、白銀の狐は戦えば絶対に負けないんでしょ!?お母さんは強いんでしょ!?』
お母さんは、私の必死な訴えに、寂しそうな顔で首を振った。私は、もう溢れる涙で前が見えない。
『……私達はね、強くなりすぎたの。これも、きっと壊しすぎたご先祖の分の罰だわ。どうか貴女は、逃げて、良い人を見つけて、幸せになってちょうだい。』
貴女は、私に似て美人だもの、と母は微笑った。
『シルヴィア!もうそっちまで行っちまうっ!お前も……ぐぁッ』
声を張り上げたお父さんは、後ろから斬りつけられて倒れてしまった。お母さんは勢いよく立ち上がる。
『お母さんッ、行っちゃやぁぁっ!』
お母さんは、必死で足にしがみつく私の頭をまるでこれで最後かのように何時もより力強くわしわしと撫でた。
『大丈夫。私達は人間の武器じゃ死なないわ。でも、戦えば必ず人が死んじゃう。だから、負けてるフリをしてるだけなの』
それが、本当だったのか私を安心させるための嘘だったのかは今はわからない。だけど、その時私は、目の前のお母さんを守るために、人間の前に立ちはだかった。
無事とは言っても、大好きなお母さんが斬られるのなんて見たくなかったから。
『ティアッ!何して……』
『私が我慢するから、もう止めて……』
人間の兵士は、私を乱暴に、厳重に拘束して、なにもしかれていない、固い鉄の檻に閉じ込め、馬車につみ込んだ。
「これが最後のガキだ!チッ、他にガキはいねぇみてえだな。逃げちまったか……仕方ねぇ、ずらかるぞ!」
人間の兵士達は、私を捕まえると馬車を出発させる。
そこで、私を買い取った人間の手によって、夢は途切れた。