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57、


 大きな破片を瓦礫の山に投げ、額の汗を拭う。街のどこからでも見えた城は、今や僅かな残骸のみを残し、瓦礫の山と化していた。

「──おい鋼兵、こっちにデカいのがある。手伝ってくれ!」

「おう、今行く!」

 向こうで作業しているローガンの声に、瓦礫の山を乗り越え向かう。

 山に登り視線が高くなると、各々の持ち場で黙々と作業する、屈強な男たちの姿が目に入った。

 普段は何かと張り合っている各ギルドも、今回ばかりは力を合わせ、街の復興に尽力している様だった。

「今更聞くのもなんだが、もう動いていいのか?」

「お前こそ、ミイラみたいじゃねえか。」

 ローガンは全身を包帯で巻かれ、表情も窺えない有様だ。

 聞くところによると、俺の居ぬ間に、何故かアイリスとローガンが壮絶な戦いを繰り広げたそうな。

 そんな馬鹿なと言いたいところではあるが、店の前の惨状を見れば、与太話だと笑い飛ばす気も起きなかった。

「ああ、ありゃちとやり過ぎたな」

「やり過ぎたも何もあるか、森まで吹っ飛んでんじゃねえか!」

 店の周囲は損傷が酷く、特に酷かったのは、幾つもの建物を貫通した痕跡だった。それは信じ難いことに街の外まで一直線に穿ち抜き、郊外の森に巨大なクレーターを作り上げていたのである。

「ありゃアイリスだ。俺ァ必死で食い止めてただけだぜ」

「食い止めてアレかよ……むしろ、よく生きてたな」

「それはお互い様だろうよ」

 二人して傷だらけの顔を見合わせ、笑う。それもそうか。

 驚くべき事に、目が覚めると、澪司にカッ捌かれた筈の腹の傷は綺麗に閉じ、腕まで見事に引っ付いていた。

 傷跡はあるから、どうやら夢ではないらしい。

 初めはまたアイリスの仕業だと思ったのだが、聞けば、みな口を揃えて俺を治したのはティアだと言う。

 それに関しては、今だにひとつの疑問として、俺の脳裏にへばりついていた。

「──お、鋼兵。嫁さんたちのご登場だぜ」

「嫁ぇ?」

 ローガンが指し示すのとほぼ同時、不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、視線を向ける。

 その先には、向こうから大きな包みを幾つも提げこちらに向かってくる、イリスとメルの二人が見えた。

 彼女らを嫁と呼ばれたばつの悪さに、ローガンを睨む。

「あんだよ、間違っちゃねえだろ?」

 さも面白そうにニヤつきながら言われ、言い返そうにも言葉が出ない。

 二人はきょろきょろ辺りを見渡し、瓦礫が撤去され拓いたスペースに荷物を下ろすと、その大きな包みを開いた。どうやら、中身は大量の食料らしい

「うちの店から、皆さんにお昼の差し入れですー!」

「沢山あるので、並んでくださーい!」

 その声に作業をしていた冒険者連中がぞろぞろと集い、二人は一人一人に食料を手渡した。

 ──渡された者たちは、みな一様に、どこか表情が緩んだように見えた。

「おいおい、鋼兵。今にも噛み付きそうなツラしてんぞ」

「……別に。」

 そうは言ったものの、二人が他の男に良く見られているのを目の当たりにするのは、なにか引っかかる所があるのも事実である。

 そうこうしている間に、あれ程あった食料は、取りに行く間もなくあっという間に影も形もなくなってしまった。

 皆腹が減っていたのも有るだろうが、二人の集客効果は絶大であった。

「……完全に、貰い損ねたな。」

 落単の籠った声でローガンが呟く。しかし二人は空になった包みを畳むと、笑顔で手を挙げ、こちらに向かってきた。

「はいどうぞ、お二人の分!」

「ああ、取っといてくれたのか。悪いな」

 それぞれ受け取り、包み紙を解く。中身は、分厚いローストチキンの挟まれた、美味そうなサンドイッチだった。

 ただひとつ特質すべき点をあげれば、俺の肉だけが、真っ赤に染っている。

「……これ。」

 にまにまと、何やら楽しそうなメル。肘でつつかれたイリスは、微かに頬を染め、照れくさそうに微笑んだ。

「……あの、鋼兵さんのだけ、お母さんに頼んで私が別に作ったんです。その──私ももう、……ですし。お口に合うといいんですけど……」

 何とも形容しがたい感情が込み上げる。慣れない類のソレにたじろぎ、せめて何か返さねばと開いた口は何を言うでもなく閉じた。

 誤魔化すため、無言のまま、サンドイッチにかぶりつく。香辛料の香りが鼻を抜け、濃厚な旨みの拡がるそれは、確かに俺の好物の味だった──しかし、いつもより数段美味く感じるのは、果たしてただの錯覚だろうか?

「──すげえ美味いよ。有難う。」

「……は、はい!そ、それは何よりです……ッ」

 さらに頬を初め、俯くイリス。照れくささが伝播したのか、はたまた香辛料のせいか、顔が熱を持つのを感じた。

 脇から「おアツいことで」と茶化すローガンの声が聞こえる。しかしそれも、今やどうでもよかった。

「あ、そうだ!おアツいと言えば──」

 声を上げたのはメルである。

「ついさっきエルザさんってキレイな人が、ローガンさん探しにお店まで来てましたよ。」

「げ、エリーが……!?」

 その名を聞き、明らかにローガンの様子が変わる。

「……で、どうしたって?」

「まーた無理して。怪我だらけなんだから大人しくしときなさいって言ったのに!って、カンカンでした。恋人さんですか?」

「──いや、嫁さんだよ。クソッ、やっちまった……」

「え、お前結婚してたのか!?」

 衝撃の事実である。

「悪い、鋼兵。俺はもう帰る……」

「お、おう。」

 その様子を見るに、随分と怖い嫁さんらしい。

 しかしあの巨漢が嫁さんの尻に敷かれている様子を想像しても、どうにもピンと来なかった。

「鋼兵さんも、早く帰った方がいいですよ?アイリスさんとティアちゃん、カンカンでしたから。」

「げ。そう言えば、ティアどうしてた?」

「ティアちゃんは、アリスちゃんと一緒にお店の前でご飯配ってましたよ!二人とも大人気で、人だかりまで出来ちゃって!」

 メルは相変わらず快活で、そんな様子を嬉々と話してくれる。しかし、どうしても気になる点がひとつだけ目に付いた。

「……コレ、また何か無理したのか?」 

「ひゃい!?」

 つっ、とメルの目の下に触れる。そこには、いつぞやを思い出す濃い隈が染み付いていた。メルは妙な声を上げ、飛び退る。

「ええええーと、別に!何も!わ、私達そろそろ帰りますんで!用事あるので!鋼兵さんも、早く戻ったげてくださいね!行こ、イル姉!」

「ちょ、ちょっとメル、引っ張らないでよっ!それじゃ、鋼兵さん、また後で!」

 二人は嵐のように現れ、嵐のように去ってしまった。

 かつてアイリスと組んで一芝居打ったときの演技力はどこへやら。あの様子を見るに、どうやらメルは、隠れて何かしているらしかった。

 あの慌てよう。俺となにか関係あるのだろうか?

 何にせよ、アイリスとティアを怒らせたら後々大変だ。ローガンも帰ってしまったことだし、今日はここらで切り上げ、さっさと引き上げることにした。


◆◇◆◇◆◇◆


時刻は、太陽が頂点に達し、やや落ちてきた頃合い──大体、十四時程度だろうか。帰路を歩いていると、街に微妙な違和感を感じた。

 人通りが少ない──と言うよりは、女性が少ない……?

 それは普段賑わっているはずの大通りも同じで、特に若い年代に至っては、店に着くまで一人も見ない程だった。

 かと言って街が寂れている訳ではなく、こんな状況でも出店はいつもより多い程だし、街を歩く男たちは皆どこか浮き足立っている様子だ。

 首をかしげつつ、店に到着。店の前には、店から引っ張ってきたらしい椅子を仲良く並べ、ティアとアリスが並んで座っていた。

「おう、二人ともよく手伝ったってな。お疲れ様。」

「──あ、鋼兵さん!おかえりなさいです!」

 二人は高い椅子から身軽に降りて、一目散に駆け寄ってくる。元気だ。

「──お……おかえり。こーへー。」

「んん?おう。ただいま、ティア。」

「……だっこ、してっ」

「いいよ、ほら」

 せがまれるまま抱き上げる。

 あの日から、ティアの態度が少し変わった。例えば今のように名前を呼び捨てたり、色々と遠慮がなくなったり──奴隷として染み付いていた部分を、無理やり抑えているような感じだ。

 別段嫌という訳ではなく、むしろ嬉しいくらいなのだが、やはりまだ少し違和感があった。

 足元から視線を感じ、アリスも抱き上げ店に入る。

 ──店も今や休憩中の客で賑わい、いつもの様子を取り戻していた。

「──あ、鋼兵ッ!」

 その声に、思わず身体が跳ねる。見れば、アイリスが肩をいからせ厨房から出てくるところだった。

「アンタねえ、動いて傷が開いたらどうするのよ!死にかけたのよ!?分かってるの!?」

「わかってるって……平気だろ、もう治ってるし」

「そういう問題じゃないの!ベッドに縛り付けられたいの!?」

 あの日から様子が変わったのはアイリスも同様で、ずっとこんな調子である。それだけ心配を掛けてしまったということなのだろうが、すっかり過保護になってしまった。

「悪かったよ……それより、気になることがあるんだが」

「それよりって……まあいいわ。何が気になるってのよ」

 促され、街の様子について問う。アイリスはそれを聞くなり、何とも呆れたような、苦笑いにも似た表情を浮かべた。

「──ああ、アンタあんまり興味無さそうだったものね」

「……?なんだよ、わかるなら教えてくれよ」

「ダーメ。後のお楽しみよ。ま、あえて言うならイリスとメルにも、変わったところがあったんじゃない?」

 妙に慌てた様子で立ち去る、二人の姿を思い出す。街の様子と、二人に一体なんの繋がりが……?

「そう言えば、なんか慌ててたな。帰ってないのか?」

 店を見渡しても、二人の姿は見当たらない。アイリスはいよいよ深いため息を吐き、踵を返した。

「朴念仁。私はまだ店があるから、アンタはふたりと遊んであげてて」

「お、おう……」

 辺りから、ニヤついたような視線を感じる。今日は何だか、みんな様子がおかしいぞ。

「……アリス、なんか知らないか?」

「し、知らないです……?」

 腕に抱いたアリスに問うと、アリスは目を伏せ、妙に語尾の上がった返答をした。落ち着きなくしっぽが振れている。揃いも揃って嘘が下手だ。

「……俺だけ仲間はずれかよ……」

 いたたまれなく肩を落とし、二人を連れてとぼとぼ裏庭へと向かうのであった。



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