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55、

 先程投稿した話に物凄いPVが着き、こんなに残ってくれていたのかと驚きました。

 批判も増えるやもしれませんが、供養と思って書けるとこまで書こうと思います。

 本当にありがとうございます。


 謎のふたりの襲来直後、店の前には黒狼メルと、その背に乗ったイリスが到着。イリスは意識を失っており、メルも超長距離の全力疾走による消耗でマトモに動ける状態ではなかった。

 そしてその頃店の中では、ギルドの魔導師たちが懸命に鋼兵の治療に当たっていた。

「──ダメだ、傷が深すぎる……ッ」

 身体の上下が泣き別れになるほどの深手に加え、左腕が切断された事による相当量の失血。度重なる防壁発動により魔力を消費した状態の魔導師たちでは、出血を抑えどうにか現状を維持するので精一杯だった。

 とは言え、例え魔力が十分だったとしても治せる確率は五分もないだろう。あくまで回復魔法は、自己修復能力を極限まで高める魔法である。

 今なお微かに呼吸を続けているのが不思議な程の衰弱状態で回復魔法を掛け続けたとして、いつ事切れてもおかしくはなかった。

 そして意外なことに、この状況でティアは鋼兵の傍には居らず、店の外で両親であるらしい二人と何やら話をしていた。魔術言語による会話であるため、内容は伺えない。

 本来傍に居るはずのティアに代わって、アリスが残った鋼兵の右手を祈るように握っていた。

「──ッ、かはッ」

「アイリス、起きたかッ」

「……ローガン……?私、どうなって──」

 目覚めるやいなや、アイリスは消えたと思っていたはずの魔力が微弱ながら自らの側にあるのを感知し、跳ねるように身体を起こす。

「イリス?メル?鋼兵は!?魔力が──」

「……落ち着け、皆、帰ってきた」

 全身に包帯を巻いたローガンはアイリスに肩を貸し、イリス、メルの元へと運ぶ。

 店のソファには、既にある程度回復したメルと、つい先程意識を取り戻したイリスが居た。二人を見るやアイリスはローガンの腕を離れ、二人に駆け寄り抱きしめる。

「イリス、メル──よく無事でッ」

 感涙にむせぶアイリスに対し、二人の表情は変わらず暗い。それに加え違和感を覚えたアイリスは、ローガンの方へと向き直った。

「……ねえ、鋼兵は?」

 ローガンは押し黙ったままである。そこでアイリスはようやく、店内の喧騒が歓喜のソレではなく、緊迫感に満ちたモノであることに気付いた。

 嫌な心臓の高鳴りをかき消すように、アイリスは店の中央、何かを囲むように固まった人混みを掻き分ける。

 果たしてそこには、満身創痍の鋼兵が、土気色の顔をして、力無く横たわっていた。

「──何やってんのよ」

 必死で治癒魔法を掛け続ける魔導師たちを押し退け、そばに膝を着き詠唱する。

『全てを知りし神霊よ、全てを(あた)う精霊よ、我が内腑に宿りし魔力を糧に、万象を司りし御手を現し、癒しの御験(みしるし)、干天の慈雨とその光を差したまえ──癒光(ヒール)ッ!』

 かつて披露した独自の簡略詠唱とは異なる、全身全霊の完全詠唱。発動までのプロセスから異なるその魔法は、本来ならば段違いの効力を発揮する筈だった。

 しかし現在アイリスの魔力は、先刻の暴走により枯渇しきっている。当然、魔法が発動するはずもない。

「──なんで……これじゃ、あの時と……ッ」

 それでも、何度も何度も詠唱する。熱に浮かされたように何やら呟きながら、手を変え品を変え、その知識の全てを注ぎ、鋼兵の傷を塞ごうとする。

「おい、もう止めろ──」

 ローガンが肩に置いた手は、すぐさま叩き落とされる。アイリスは本気だった。ただ一点、その傷口を見つめ、尋常ではない速度で詠唱を重ねる。

「お母さん、ごめん──邪魔になっただけだった。護れなかった……ッ」

「……アイリスさん、もう止めよう?鋼兵さん、きっと疲れてるから。眠らせてあげよう?」

 泣きじゃくるイリスと、澎湃と涙を流しつつ、震える声で、宥めるメル。それすら意に介さず、アイリスは取り憑かれたように詠唱を止めることは無い。

 そんな最中、鋼兵が薄らと目を開いた。何か声を発しようとし、口からごぽりと黒い血の塊が溢れ出す。

「……あ"、アイリス、悪い──護れなかった……」

「──喋るな。今治すからッ」

 右腕を上げようとして、アリスがそこにいるのに気付く。鋼兵は力無くアリスの頭を撫でると、傷口に掲げたアイリスの腕を掴み、退けた。

「……有難う。も、いいから……みんな居るのか?」

「──い、イル姉も、私も無事です。」

 メルはイリスの肩を抱き、精一杯声の震えを抑え、言う。鋼兵は微かに安堵を浮かべると、二人の頬に手をあてた。

「そうか……不甲斐ねえな。護れなかったし、結局、応えられそうにねえ」

「大丈夫です。私達、こう見えて結構強いんですから」

「……そうだったな。なら安心だ──」

 メルは涙に濡れたまま気丈に不格好な笑みを浮かべ、鋼兵は指で二人の涙を拭い、笑い返す。

 そして、ゆっくりと頭を廻らすと、アイリスの後ろに立つローガンに顔を向けた。

「……ローガン、ティアは?」

「今は外だ。親だっつう二人と話してるよ」

「そうか──親が来たなら、安心だな」

「馬鹿言うな。アイツの保護者はお前だろう。今連れてくる」

「いや、いい。再会を邪魔するこたねえだろ」

「そりゃそうだが──」

 その時だった。

「おうおう、邪魔だお前ら、退け」

 人混みを割り、件のティアの父親だという男が現れる、その足元にはティアもおり、足早に鋼兵の元に駆け寄った。

「……アンタが、ティアの親か?」

「ああ。言えって言われたから一応言っとくぜ、娘が世話になった──うぐっ」

「お礼くらいちゃんと言いなさいよ!ごめんなさいね、うちの旦那が」

 追って現れたシルヴィアが、父親の脇腹を小突く。

「──改めて、うちの娘を有難うね、鋼兵くん」

「……いえ、俺の方が随分助けられました」

「うちの娘は可愛いでしょう?」

「ええ、とても」

「当たり前だ──ぐっ」

 男は再び脇腹を小突かれ、すごすごと後ろに下がる。

 不意に、ティアが鋼兵の額にぺたりと手を当てた。

「……ごしゅじん、おかえり」

「おう、ただいま……遅くなったな」

 ティアはいつもの様に擦り寄るが、撫でようとしても、もう鋼兵の腕は上がらなかった。視界も徐々に暗くなり、音がどんどん遠くなる。

 それでも、鋼兵はなるべく平静を装い声を紡いだ。最後の瞬間まで、愛すべきこの世界の家族達と時間を共にしたかった。

「……悪い。抱き締めたいけど、腕、片っぽ取れちまった」

「だいじょぶだよ、ティアがくっつけてあげる」

「はは、そりゃ頼もしい」

 ティアが父の方を振り向きなにか目配せすると、後ろに下がっていた男は再び現れ、ティアに声を掛ける。

「もういいのか?」

「……ん、おねがい。」

 それを合図に、男は横たわる鋼兵を勢いよく持ち上げた。

「どこに運べばいい?」

「ティアのにおいのするへや!」

「わかった。早くしろよ、おっ死んじまう」

 鋼兵をもちあげたまま、無遠慮に店の奥に進もうとする男。その肩をローガンが掴み、道を阻む。

「……おいアンタ、何を勝手してやがる」

「何もかにも、娘が頼み込むから助けてやろうってだけだ。不本意極まりねえがな、こんなヘタレ。」

「──何だとテメェ!!」

 激昂するローガンを後目に男は腕を払い、ずかずかと進んで行く。なおも追い縋ろうとするローガンを止めたのは、ティアの母、シルヴィアだった。

「夫が馬鹿ですみません。後でしっかり叱っておきます。それは別として、鋼兵さんを助けようとしているのは事実です」

「どうするってんだ、もうどうにもなんねえだろうがよ!最後くらい看取らせやがれッ!」

 不意に腕がくいと引かれ、息もつかぬまま視線を落とす。そこには、まっすぐにローガンを見上げるティアがいた。

「ろーがんさん。だいじょぶ、ティア、たすけるよ」

「そんなこと──、くそッ」

 さしものローガンもティア相手に声を荒らげることは出来ず、荒々しく踵を返すと、店の外に出ていった。

 その後ろ姿を見つめるティアの小さな肩を、勢い良くイリスが掴む。

「──ほ、ほんとうに助けられるの?ねえ、ほんとうに?」

「やめなよイル姉ッ」

 イリスは明らかに取り乱していた。メルが慌てて引き剥がすが、ティアに動じた様子は一切ない。それどころか、イリスを真っ直ぐ見つめ返すと、ゆっくり、ハッキリ言葉を紡いだ。

「だいじょぶ。ぜったい、たすける。」

 毅然とした態度でそう言い残すと、ティアは足早に店の奥へと駆けて行った。


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