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51、合流


 木々の間隙をすり抜けるようにして、一迅の黒影が、薄金の軌跡を残し駆け抜ける。次々と迫り来る障害物など意に介さず、みるみる加速度を増し、頬を掠る風が鋭い刃のようにさえ感じられた。 


「イル姉、掴まって!!」

「なに!?聞こえな─────」


 突如イリスを襲う、暴力的なまでの重力。首がもげたのではないかと錯覚する程の勢いに、必死でしがみ付き耐える。


「────見えたっ!!」


 謎の浮遊感の中、訳も分からず瞑っていた目を、メルの声に恐る恐る開く。まず目に入ったのは、遥か下方を埋め尽くす、先程まで居たであろう森林の濃緑だった。


「……うっわ、何あれ」


 遠くを見渡し、メルが唸る。しかし私に周りを見る余裕などなかった。

 自分は現在空にいるのだ、と認識した瞬間、本能に刻まれた恐怖に気が遠のきかける。しかしそれも、いつの間にやら人に戻っていたメルに襟首を掴まれる事により、半ば物理的に引き戻されることとなる。


「イル姉、ごめんね!」

「……なにが?」


 ─────ここで意識を失えていたのならば、どれほど良かっただろうか。


「ねえメル。まさか違うよね?そんな事しないよね?だってそんなことしたら私、死─────」


 早口で捲し立てる命乞いは、果たして耳に届いていたのだろうか。否、届いていなかったのだと信じたい。

 誰だって、可愛がってきた妹分が姉の決死の命乞いを右から左へと聞き流しつつ、槍投げ宜しく振りかぶるような暴虐極まりない奴だったとは思いたくないだろう。


 あ、その前に、妹にぶん投げられる機会がないか────現実逃避、終了。


「五秒で追いつく!」

「絶対許さないからあああああっ!!!!!!」


 恐ろしい速度で遠ざかる声を後目に、イリスは呪詛を絶叫するのであった。



◆◇◆◇◆◇◆



 刃が交わるその刹那。石化でもしたかのように止まった相手の動きに、先んじて敵兵の首筋に届かんとしていた剣閃を引く。


「……なんだ?」


 どうやら怖気付いたとか、そういう風でもないらしい。焦点の合わぬ目をして、泡を噛み、筋が切れてしまうのではという程に巨腕に血管を浮かして、藻掻こうとしている。


「うわわわ、止まらないッ!?」


 突如、背後から絶叫。次の瞬間、視界の端を勢いよく黒い閃光が走り、眼前の兵士をボーリングよろしく吹き飛ばした。

 倒れた兵士の肉の壁に勢いを殺され姿を顕にしたのは、一匹の大きな黒狼である。


「……お前、メルか?」


 なんでこんな所に?なんで後ろからぶっ飛んできた?疑問は尽きないが、次いだメルの言葉が更に鋼兵の思考を掻き回す。


「先着いちゃった!イル姉受け止めて!!」

「イリスも居んのか!?」


「受け止めてええええええええええええ!?!?!?!?」


 どこに、などとは考える暇もない。降ってきた( ・・・・・)声の方向へ反射で視線を向けると、悲痛な悲鳴を上げながら、半泣きで真っ逆さまに落下してくるイリスが目に入った。


「うおおおおおッ!?」


 あまりにも目まぐるしく流転する状況に狼狽えながらも、咄嗟に抱き留めたたらを踏む。 


 メルがぶっ飛んできて、イリスが降ってきた。次は地面からティアが────などという事は流石にないようだが、既に十分混乱に値する状況であることに変わりはない。

 しかしもどかしいことに、それを問い質す時間も無いらしかった。動きを止めていた兵士たちが、再び動き始める。


「……何故、とは聞かねえぞ」

「有難いです。目的は奥の二人ですね」


 応答するメルに、剣を構え頷く。


「イル姉、雑魚お願い」

「わかった。すぐ援護行くから」

「は?」


 おいおい、何を言ってるんだ?比較的戦闘寄りの特性を持つメルならまだしも、イリス一人でこの数は────


「鋼兵さん。私、そんなに弱くないです」

「お前なぁ……!」 


 一歩踏み出そうとすると、メルに襟首を噛み引かれ、半ば無理やり背中へ跨らせられる。一切踏ん張りが効かなかった……?


「ここは任せて、少し私と共闘しましょ?」


 返答を待たず、がくんと恐ろしい程のGが襲いかかり、気付けば敵兵の群れが眼下にあった。


「着地と同時に二手に別れましょ。どっちやります?」


 この期に及んで、実力を疑うのも不躾というものだろう────信じろと言うなら、信じるしか無い。


「ディランを頼めるか?もう一方───澪司には因縁がある。」

「了解です。じゃあ────」


 接地間際、一瞬にしてメルがその身をヒトのソレへと変貌させる。全く同じタイミングで地を踏み鳴らし、本丸の眼前へと着地。


「「健闘を祈る」」


 二人の声が重なり、各々の敵へと突貫。面食らった表情を視界に収め、奇襲の成功に内心ほくそ笑む。

 二人の考えることは同じだった。


「ぐあっ!?」


 鋼兵渾身のラリアットがクリーンヒットし、澪司が濁った苦悶の声を上げる。


「うおおっ!?」


 メルに襟首を掴まれ、イリス同様力任せに遠投されんとするディランが、驚愕に目を見開いた。


 鋼兵は澪司を、メルはディランを、各々真逆方向へと吹き飛ばす。互いにそれを追随する形で散開。場に残されたのは、大量の兵とイリスのみである。


「────『狂戦士化(バーサーク)』に『強制治癒(オーバーヒール)』……禁呪のオンパレードだ」


 人格破壊が条件の肉体強化。生命力を直結で回復に前振りする旧世代の禁呪。使い捨てる気満々の戦法には吐き気がする。なにより、鋼兵単体で刃を交えていた場合どうなっていたかを考え、血の気が引いた。

 しかも、それぞれ装備に掲げる紋章は他国の物である。誘拐兵であることは目に見えていた。


「私に解呪はキツいなぁ……取り敢えず────『付呪剥奪(エクスト)』!」


 キュウン、と電子的な収束音を立て、ドス黒い魔力が兵から剥離。掲げた手のひらの上で球を形成する。それと同時に、魂を抜かれたかのように、敵兵が次々と膝を着く。

 ────この時点で既に勝負は決しているのだが、これだけではまだ終わらない。


「今帰してあげる────『転移(テレポート)』!」


 バシュッ、と音を立て、夥しい数いた兵士たちが一瞬にして姿を消す。

 本来、正式な王国部隊の装備には緊急離脱用に各国へと繋がる魔法式が刻まれているのだが、当然のごとく逃亡防止の阻害魔法が重ね掛けされていた。

 そこで、イリスはその上から『転移』の魔力を流し、なかば強制的に発動させたのである。


 『解呪』ではなく、圧倒的魔力量による『術式の暴発』。エルフの技術ではない。

 ─────さながらこれは、膨大な魔力を産まれ持つ魔族を思わせる力技なのであった。

 

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