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50、黒き衣


 時はやや進み、日を同じくして、アイリスの店。


「……なんだテメェら。揃いも揃ってよ」


 鎧を見に纏った王国軍小隊が、店の入口を囲っている。そこそこ大規模な隊らしく、一定の距離を取られた状態では、最後列が見えない程だ。


 国の犬が。そんなに暇かよ。そう吐き捨て、睨めつける。

 

「龍骸の丘にて、冒険者鋼兵の反逆が確認された。住処を差し押えるのは、当然だろう?」

「オイ、ひと月後って話じゃ無かったのか?まだ月は半分も欠けてる」

「─────作戦変更など、別に珍しい訳でもあるまい。何にせよ、この店を取り押さえることは決定事項だ。さっさと退け」


 通達を朗々と読み上げる部隊長を前にして、ローガンにへりくだる気は微塵もない。

 それどころか、いつ戦闘が始まってもおかしく無い様な緊迫した雰囲気を漂わせ、こめかみにビキリと青筋を立てた。


「バカ言え。鋼兵が戦ってんなら、十中八九テメェらが原因じゃねえか。何より、今この店の店主様はご傷心だぜ────さっさと散るべきはテメェらだろうが」


「そちらが従わぬというのなら、こちらにも考えがあるが。」


 その言葉を合図に、前列が剣を抜き、援護部隊が魔力の充填を始める。


 ────ほう、そう来るわけか。


 お前、俺が誰だか知ってんのか?そう吐き捨て、不敵に笑う。


「────よォしお前ら、戦争だぜ」


 その言葉を皮切りに、店内からぞろぞろと現れる冒険者達。名のあるパーティも多く、皆ローガンのお眼鏡に適った精鋭の面々だ。

 

「各部隊、基本配置展開。市街地戦は慣れていないだろうが、変則戦術として魔術師(メイジ)隊は近隣一帯に防護結界。各部隊の軽戦士を先陣として、後方から俺含む重戦士隊で潰す。個々の地力じゃあ俺らのがダントツだ。」


 言い終わるが先か展開が先か、ローガンを司令塔に置いた戦闘配置は迅速に行われる。人数では圧倒的に勝る王国軍だが、皆ローガンの言う通り、即座に片付くと────そう、思っていた。


「……がっ!?」


 声にやや遅れ、上がる血飛沫。それは、ローガン率いる冒険者隊の方からであった。

 血に濡れた剣を持ち、がたがたと震える、一人の男。ローガンのギルドに所属するメンバーの一人が────他のメンバーを、突然、背後から、斬った。


「オイ、お前何してる!?」

「ちっ、違うんです!!か、身体が勝手に────」


 異様な挙動で────さながら操り人形のごとしモーションで斬りかかった男の剣を、間一髪、大斧で受ける。


「落ち着け!何してんだ!!」

「分からないです!!身体が勝手に動くんです!!」


 ローガンは狂ったように剣を振るう男をどうにか取り押さえ、ギルドメンバーに指示を飛ばす。


「おい誰かコイツ抑えろ!!既に何らかの攻撃を受けて────あぁ!?」


「……ローガンさん」


 名を呼んだのは、一体誰だったのか。


 ─────嘘だろ。


 俺を囲む仲間たちの間隙から、部隊長の歪んだ笑みを目にした。ぶるぶると震える手は、必死に抑えてのことであろう。それでも、各々の武器を持った手は、ゆっくりと振りかぶる。


 動けない────ここから抜け出すには、殺すしかないから。この大斧を力任せに振るえば、あるいは抜け出せるだろうが、確実に殺してしまう。嶺ですら鈍器だ。


 各々頭の上で構えられた武器に、張りつめた弓弦をかさねる。手を離せば────振り下ろせば、簡単に俺は死ぬ。


 ───ああ、終わった。畜生め。


 生を諦めた、その刹那。


「うるッせェなァ……」


 酷く嗄れた声が、戦場に響く。どこか慣れ親しんだ響きを残しながら、地の底から昇り溢れたかのごとき邪悪を纏った、その声は。


 漆黒の長髪がたなびく。ひと睨みで全てを殺してしまいそうな眼光は鈍く紅い輝きを放ち、墨でも流し込んだ様などす黒い魔力が、黒煙の様に、身体の周りをくゆっていた。


 姿形は異なれど、紛うことなき、この店の主人────アイリスである。


 その実体を持った黒煙が、振りかぶった者達の全身に絡みつき、ぎしぎしと骨が軋むほどに締め上げ、完全に、物理的に、制圧する。

 潰すや否やの分水嶺、止めているのは、わずかな理性か。


 ゆらり。意思無いようなが揺らめき、掌底を合わせ、さながら固定砲台の如く、照準を定める。


 キュウン、と鋭く鳴り、黒煙が収束。


「  死  ね   !!!!!」


 割れた咆哮。辺りの空気が焼き切れるかのごとき熱量。敵味方に関わらず、周囲に漂っていた魔力ですらを全て巻き込み、超圧縮された黒い魔力が、放たれた。


「アタシが馬鹿だったんだよ!!最初っからこうすりゃァ良かったんだ!!!!は は はは ははは は は は!!!!!!!!!!!!!」


 街を覆っていた魔力障壁はいとも容易く弾け飛び、直線上に存在した王国軍も、建物も、全てを抉り、巻き込み、貫く。

 そして、その魔法────もとい魔砲は、やがて町郊外の森に着弾。一瞬の静寂の後、爆音が鼓膜を揺らし、爆風が周囲を襲った。


 森ひとつ消え、焼け野原の更地どころか、クレーターすら出来るほどの威力────まさに、桁外れ。


 視線が、唖然としたローガンへと動く。


「人間ってな、穢ェよなあ」

 

 瞬間、ローガンは全てを悟ってしまった。 異形と化したこの女が、何を成さんとしているのか。


「やめろアイリス!!取り返しつかねぇぞ!!!みんな────」


「あァ、だからみぃんな消えちまったんだよ」


 メルもイリスも、鋼兵も。


 ごぽりごぽりと黒い魔力に呑み込まれつつあるアイリスが、喉を振り絞り、叫び散らす。


 三人ともだ。纏めて消えた────もう、探知できない。


 魔力の探知が不可となる条件は、主に三つ。


 ひとつ。対象が探知不可なほど遠距離である場合。


 ひとつ。何がしかの強力な結界の内に入った場合。


 ひとつ。単純明快に────死亡した場合。


「もう、良いだろう。アタシたちァ、もう十分我慢したさ。」


 潰しちまおうぜ、人間界。


 茫然自失とはこのことを言うのであろう。言葉が耳をすり抜ける。本能が理解を拒む。突きつけられたその事実を、全力で拒否しようとしている。

 

 鋼兵自体に魔力はないが、共にいる中で、その身には僅かずつながら、ティアの魔力が染み付いていた。アイリスの探知力なら、それを探知することも可能だろう。イリスとメルの魔力量なら、尚更だ。


 可能性のひとつ、急激に距離が離れることは、転移魔法でもない限りはありえない。さらに、この際は魔力の痕跡が残る。


 かと言って、魔力の完全遮断を可能とするような、それこそ大賢者クラスの結界が唐突に発動することなど、到底考えられる筈もなく。


 結果、残る可能性はひとつとなり、それが示す事実は─────


 消しちまおう、か。


「……そいつは、いいかも知れねえな。」


 ─────起きろよ、赤鬼。


 その名で呼ばれるのは、いつぶりだったか。


 瞬間。全てが終わる、音がした。


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