45、等価交換
いつの間にやら50話目。ありがとうございます。
――――――さて、この状況をどうしたものか。
『鍋が煮えたぞ、客人。肉は余るほどある。好きなだけ喰え。』
ずい、と差し出されたのは、肉がてんこ盛りに盛り付けられた皿。眼前では、ちょっとした幼児用プールくらいはあるのでは無いかという巨大な鍋が、ぐつぐつと音を立てて煮えている。
『お、おう。ありがとう』
あまりにも自然に手渡されたものだから、思わず反射で礼を言い、受けとってしまった。
困惑を隠せずにいると、今度は別方向から、また別の腕がのびてくる。その手には、なみなみと酒を注がれた杯が。
『まあ、呑め。話はそれからだ』
一度皿を置き、大人しく受け取る。酒を勧めてきた角女の方は既に出来上がっているようで、酒精の香りを微かにまとい、白い頬を仄かに赤く火照らせていた。
おかしい。先程まで間違いなく俺は魔族の集団に囲まれ、窮地にいたはずだ。それが何故、突然飯を振る舞われ、酒を勧められ、こうも手厚くもてなされているのか。
『何をぼうっと惚けている?腹、空いていないのか?』
いや、もちろん腹は空いている。何しろ、朝に拉致られ、メルに宥められ、敵襲からの知らない土地に、辺り一面四面楚歌と来た。飯を食う暇もなかったし、一日があまりに濃厚すぎた。意識すると、思い出したように腹の虫が派手に鳴く。
『なんだ、やはり空いているのでは無いか。遠慮せず喰らえ。毒なぞ盛らなくても、殺ろうとすれば何時でも殺れる。』
かなりバイオレンスな表現ではあるが、要するに「毒なんて無いから遠慮せずに喰え」と言うことか。
元よりイレギュラーな状況だ。今更動機不明の宴会が開かれたところで、気にするのも馬鹿らしく思えてきた。
そうして、結局は空腹に抗えず、鋼兵は眼前の馳走に手を伸ばしたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
結論から言おう。魔族の飯、すげぇ美味い。腹が減っていた事もあり、警戒していたことも忘れてがつがつ食ってしまった。
『……口に合ったかは、聞かなくても良さそうだな……』
『ああ、めちゃくちゃ美味い……ぞ……?』
隣に座る村の長――――――名を『ドウ』と言うオーガの男から向けられたその苦々しげな表情に辺りを見回してみると、皆一様に、なんとも言えぬ視線を俺に向けている。その様子にはさすがの鋼兵も食い過ぎたと反省し、一旦箸を置いた。
『それだけ喰えば腹も十分に膨れたろう。我々も心待ちにしている。そろそろ話してはくれないか?』
ひと段落ついたのを見計らい声をかけてきたのは、ドウとは俺を挟んで逆隣に座る、名を『ルナリア』という例の角女だった。二人で俺を挟んでいるのは、俺を監視する目的もあるのだろう。
『話すって、何をだ?』
『ティリア様のことに、決まっているだろ?』
鋼兵の頭に疑問符が浮かぶ。先程囲まれていた時も『ティリア』という名詞は聞こえてきたが、なんせ俺には魔族の知り合いなどおらず、つい今の今までコミュニケーションが取れることすら知らなかったのだ。
『それだけティリア様の匂いを振り撒いておいて、知らぬという事はないだろう。それとも、この状況でシラを切るつもりか?』
……俺から、匂い?その、魔族の?
『いやいや、俺に魔族の知り合いなんて居ないぞ』
『あー、そうか。違うんだ。ティリア様は魔族じゃあない。それにしても、お前は察しが悪いな。こう、銀色の髪で…』
アバウトな説明の通りに、酔いが回り呆けた頭の中にイメージを浮かべる。純真無垢な笑顔、銀の髪、ふわふわのしっぽに、三角の耳。
ほどなくして、脳裏に、見慣れた笑顔がぽわんと浮かんだ。
『……そりゃもしかして、ティアの事か?』
『ティリア様お前にどう名乗ったかは知らないが、同じ特徴を持つ者はそう居るまい』
おいおい、なんで澪に飛ばされた先の知らない土地の住民が、ティアのこと知っている?
澪の魂胆は、既に何となくわかってはいた。定めし、魔族共の群れに丸腰の俺を放り込んで始末しちまおうって算段だろう。唯一の誤算は、俺がコミュニケーションを取る手段を持っていたことだ。
しかし、この集落とティアとの関連については、恐らく完全に偶然の事なのだろう。それにしても、あまりにも出来すぎている。
『……その前に、あんたらとティアの関係を話してくれ。信頼しかねる。』
『ほう、あくまで情報は等価交換で、という事か?』
その刹那、鋼兵は終わりを予期した。
この圧倒的にアウェーな場で相手の要求を飲まず、自分から条件を突きつけると言うことは、一種反抗とも取れる。俺の立場は、現段階ではあくまで捕虜と変わらないのだ。
―――――――利用価値が無ければ、排除される。
『くく、そうだ。お前が考えている通り、この場面でその返しは失言だった。自分の身を案ずるならな。』
『……何が言いたい』
視線が交錯する。
『正解、という事だ。もしお前が考え無しにティリア様の情報をぺらぺらと話していれば、この場で首をもいでいた。』
この一言は、鋼兵に警戒の杞憂を悟らせ、なおかつ全面の信頼を置くことを決意させるに十分過ぎるものであった。ティアを間に置いた時、ルナリア以上に頼りになる者はいないだろう。
『……俺の名は鋼兵だ。互いに腹を割って話そう。よろしく頼む。』
ルナリアは、僅かにではあるが、鋼兵の前で初めて笑みを見せた。
どうやらこのニンゲンの男は、頭は悪くないらしい。ルナリアの中で、ほんの少しではあるが、鋼兵に対する認識が更新されたのであった。
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