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4、家が無い


 小さな身体に見合わぬ量の飯をペロリと平らげ、腹が満たされた様子の少女は、俺の膝の上でこっくりこっくりと船をこぎ始めた。

 だが、何故か必死で眠るのを耐えている。また「ご主人より先に寝るのは」みたいな感じか?

「いいよ、寝ちゃって。支えててやるから」

「……んにゅむ……ごめ、なさい……」

 限界だったらしい少女はそう言い残し、俺にもたれ掛かって寝息をたて始めた。周りの音が気になるのか、耳が時々ぴこぴこと動いている。

「さてと、そろそろ帰ッかな……」

 ギルドに、と言いかけ、口を閉ざす。俺は「家はある」とは言ったものの、ギルド二階の冒険者用宿泊施設の一室を長期的に借りていただけだ。つまり、ギルドを辞めた今、ギルドに戻るわけにはいかない──つまり。

「家が、ない……!」

 一人ならば適当なクエストを受けて夜営も考えられるが、この幼い少女を連れての夜営は危険極まりない。さて、どうするか。

「──そう言えばアンタ、ギルド辞めたんだって?」

 丁度その時、客足が途切れ、手の空いた女将が奥から出てきた。どうやら噂はすでに広まってしまったらしく、もう後戻りは出来そうにない。

 まぁ、元よりそんな気はないが。

「となると、ズバリ今アンタは今後の宿について悩んでいる!」

「うっ、……当たりだ」

 ずびしいっ!と俺を指差した女将の発言は思い切り図星をついており、俺は苦々しく頷く。

「ふふふ……そんなアンタに、この私が直々に良い話を提供してあげようじゃないの!」

 意地悪く笑う辺り、俺にとっての良い話ではなさそうだが、藁にもすがる思いで話を促す。

「あんた、うちの専属ハンターになりなさいよ。そうすればこっちも依頼の手間が省けるわ。報酬も払うし」

「女将さんよ、俺が何で引退したか……」

「まぁまぁ、話を聞きなさい。報酬といっても金じゃないわよ。アンタは金なんて幾らでも持ってそうだしね。」

「……ほう?して、その報酬とやらは?」

 俺が身を乗り出すと、女将はもったいつけて間を置く。そして、自信たっぷりにこう言い放った。

「部屋の提供、一日三食付き!その娘のお世話もするわよ!」

「おぉ!……でも、女将さんは一日忙しいだろ?じゃあ世話は一体誰が……」

 女将はふふん、と再び自信ありげに笑うと、厨房へ顔を突っ込んだ。聞こえる声から察するに、誰かを呼んでいるようだ。俺はずっと一人で切り盛りしていると思っていたのだが、他にも店員が居るのだろうか?

 女将が戻ってくると、その後ろにはもう一人、不思議と女将さんそっくりの女性が着いて来ていた。年齢は、見た感じ俺より少し下くらいだろうか。

「この私の娘、イリスが責任をもって世話するわ!」

「あぁ!?娘ぇ!?」

 思わず大きな声が出て、店中の視線が集まった。

 しかし、それも仕方ないだろう。なんせ、女将の見た目はどう見積もっても二十代前半がいい所だ。

 結婚している話や、年齢が見た目と離れていると言う話もよく聞いてはいたが、まさかこんなに大きな娘が居たとは思ってもみなかった。

「アンタ、一体いくつだよ!?」

「やぁね、レディに年齢を聞くなんて。……今年で五十だっけ?」

「もう、お母さん、鯖読まないでよ。六十五でしょ」

「ろっ、六十五……!?」

 ヤバい。目眩がしてきた。別段そう言う訳ではないのに、詐欺にあったような気さえする。

「え、じゃあ、そっちのイリス……さんも……?」

 恐る恐る向き直ると、イリスは不満げにむすっと頬を膨らませる。その仕草は幼く見え、やはりどう見積もっても精々高校生くらいにしか見えない。ここまで来ると、年齢を聞くのが怖くなってきた。

「失礼ですよ!私はまだ、ぴちぴちの三十代ですっ!」

 ヤバい、いよいよ吐血しそうだ……もしかして、この世界ってそんな感じなのか?俺、老け顔なのか?

 何かを察した様子のイリスは、示すように、おもむろに耳に髪をかける、その耳の先端は若干尖っているようだ。

「……エルフ……か?」

「当たりです。血は薄いですけど、私はクォーターで、母はハーフエルフです!」

 なお、鋼兵は二人がケタ一つサバ読んでいることなど、到底知る由もない。

 しかし、二人もまたサバを読んだところで、人間の寿命からすれば自分達の嘘がそれほど若くも無い事については、同様に知る由もないのであった。

「ま、マジか……成程?」

 え、だってエルフってかなりの希少種で、最近では滅多に見ないって聞いたことがあるぞ。

 この世界では一部、魔族やエルフなどの超長命の人種を摂理に反するものとして差別する傾向にあるらしく、大昔には魔女狩りみたいなこともあったそうだ。

 今ではその風潮も随分落ち着いてはいるようだが、今も殆どのエルフは人目に着かぬところでひっそりと暮らしている、らしい。

「まぁ、年齢なんてどうでもいいじゃない。イリス、こいつ今日から家に住むことになったから」

「はぁあ!?え、聞いてないよ!?」

「うん。今決まったもん」

 まだ決めたわけではないが──まぁいいか。どうせ、そうなるんだろうし。

 イリスは俺に向き直って俺をまじまじと観察したのち、驚いたように目を見開いた。

「え、……あなたもしかして……冒険者の、コーヘーさんでは……?」

「あぁ、まぁそうだ。冒険者の鋼兵だな」

 鋼兵はこの店の常連であり、当然、イリスが知らない道理はない。しかし、女将はあえてそれを口にはしなかった。

「元、でしょ?引退したんだから」

「え!?冒険者、引退したんですか!?」

 おう、と頷くと、イリスは更に驚いたようだ。まぁ、自分で言うのもなんだが、俺はそれなりに有名だったらしいからな。

 名が知れ渡るのは、嬉しさ半分、気まずさ半分だ。

「さ、アンタは今日から、ウチの専属ハンター鋼兵よ。ここはアンタの家も同然と考えて良いからね。イリス、空き部屋案内してやりな。」

「う、うん。じゃ、着いてきてください……?」

 カウンターを通って奥に向かう途中、女将の横を通り過ぎた、その時だった。不意に、早口で不穏な耳打ちをされる。

「イリスの事、いつでも襲っていいかんね。……あんたが婿入りすれば、ウチは安泰なんだから」

 その台詞は、母親が一番言っちゃ駄目なヤツだろう……。

 ──それにしても、この騒ぎのなか安らかな寝息をたて続けたこの娘は、ビビりに見えて案外肝が座ってるのかもしれなかった。


 ギルド所属➡冒険者(国から公認)


 ギルド非所属➡狩人、ハンター(個人)


 

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