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44、黒狼の母


 ―――――――綺麗な満月だ。窓枠に区切られ、夜空はキャンパス、それを支える森はイーゼル。一筆書きで描かれた白色真円の月を主体に、月の欠片のようにも思える小さな星々が、絶え間なく瞬いていた。


 手に持っていた酒瓶を、惰性で煽る。決して美味いとは思わないが、何も面白いことのないこの孤独な森の中では、唯一の楽しみとして及第点くらいは与えてもいい程度のものだ。


 きっと、私の愚かで愛しい娘は、今宵もその身のうちで暴れる血の力に苦しんでいることだろう。誰彼構わずきゃんきゃんと吠えたて噛み付こうとする癖に、姉貴分の小さな掌にいとも容易く弄ばれ、腹を見せ尻尾を振る姿は、かけがえも無く愛おしかった。


「……来客か」


 酒瓶を置き、席を立つ。忘れもしない、この匂い。


 私の所へ来るということは、定めし、ろくな用事ではないのだろう。それでも、変わってしまった私の心は、愛しい愛しいその匂いに、いとも容易く躍ってしまう。


 目を瞑り、近場のランプに火を灯す。獣の瞳は闇を溶かすが、来客のうち片割れは、きっと明かりを欲すだろうから。

 まぶた越しにじわりと広がる灯を味わい、ゆっくりと、いつぶりか照らされた部屋を見回す。窓を開け放つと、澱んだ空気が一目散に夜空へと逃げて行った。


 何時からか骨董品(アンティーク)と化してしまった、くすんだグラスを棚から三つ取り出す。幸い、軽く磨いただけでかつての輝きを取り戻してくれた。


「……♪」


 柄にもなく、ご機嫌だ。何処で聴いたのかすら忘れてしまったようなフレーズを口遊み、とっておきの栓を開ける。

 ふわりと鼻腔を満たす、円熟した果実と、酒精の香り。気紛れに煽る手製の安酒とは、やはりどこか、風格のようなものが違っているように思える。


 靴底で、かつん、と軽快に床を鳴らすと、雑多に転がっていた物たちは自らの居場所へと帰り、薄ら積もった埃はさらさらと畝りながら、窓の外へと逃げてゆく。

 続けてぱちりと指を鳴らせば、枯れ花途端に咲き誇り、甘い蜜の香りを部屋いっぱいに膨らませた。


「何してる?夜道は疲れたろう。さ、入れ。」


 もうすぐそこまで来ていたのには、匂いで気付いていた。声を掛けると、ゆっくりと扉が開く。


「こんばんは……?」


 先に顔を覗かせたのは、私の、弟子の娘。あぁ、随分と大きくなった。ますます母に似てきたんじゃないか?双子と言っても相違ないほど瓜二つだ。


「よく来たな、イリス。おいで」


 手招き、抱擁する。背丈も、もう私より幾分か高い。最後に会った時は、まだ私の方が高かったはずなのだが。


「少し見ぬ間に大きくなったなぁ」

「えへへ、叔母さんより、背高くなっちゃいました」


 ……身体の方はあまり変化の無いように思えるが、そこは触れるまい。きっと父親に似たのだろう。わしわしと頭を撫で、隣で大人しく座っている、我が愛娘、メルに向き直る。


「ふふ、お前もでかくなったな。店は一人でちゃんと回せているか?この時期は、ドレスの注文で大慌てだろう。」


「わふ、わう!」


 メルは嬉しそうに尻尾を振り興奮気味に吠えるのだが、生憎私がヒトの姿のままでは、メルの伝えようとしていることは、ざっくりとしたニュアンス程度しか読み取れない。

 久方ぶりの再開だ。直接言葉を交わしたいのも、親心(おやごころ)と言えるだろう。

 メルの頭に左手を置き、右手でぱちんと指を鳴らす。


「ほうほう、これまた立派な……」


 いやはや、まさかここまで立派に成長していようとは。弟子の馬鹿乳には及ばないが、少なくとも私よりはでかい。何故だ?イリスとメルで、似る場所を間違えたのか?メルは確かに私が産んだと思うのだが。


「えぇ、何で!?イル姉、服!服ちょうだい!!」

「女しか居ないというのに、何を恥ずかしがることがある?」

「そういう年頃なの!!」


 メルは大慌てで服をひっかけ、激昂する。別にそう恥ず身体でもないと思うのだが。


「すまんな、まぁ二人とも座れよ。良い酒を開けたんだ。お前らも、いける口だろ?」


 かつて弟子と飲み比べた時は、樽はいくつ空いたのだったか。因みに、私が負けたことは無い。再会を祝い、乾いたグラスの音が耳を撫ぜる。

 毎夜飛ぶように過ぎていた夜も、今宵ばかりは幾らか長くなるような気がした。



 ブックマークが550件を突破しました。目標の1000件まで、折り返し地点です。

 拙い文に、他の小説に比べ遅い展開。飽きて離れてしまう方々が殆どだとは思いますが、読んでくださる方が居るうちは、完結目指して頑張ろうと思います。ここまで応援してくださった方々、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

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