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41、旧友


「ローガン、ちょっといいか?」

「あぁ?……鋼兵か。どうした、珍しい。」


 声をかけ、向かいの席へ腰を下ろす。確かにギルドを脱退してから、こうして話すのは久しぶりだ。


「お前から声掛けてくるってことは、厄介事か。それも、期待しねぇほうがいいタイプの」

「ああ、そうなるな。実は――――――」


 開きかけた口は、ローガンのゴツい手に遮られる。


「俺も大体は把握してる。後で俺ん家に来い。思い出すだけで酒が不味くなるからよ」


 言いながらチラリと俺の方で寝息を立てるティアに目をやるあたり、どうやらハッタリではないらしい。

 それならば、一体どこで――――――?


「組合のトップにもなると、面倒な事に国の会議にも呼び出されんだよ。まぁ、この国の収入の殆どは冒険者ギルドで成り立ってるからな」


「……気持ちわりぃ、心でも読めんのか?」

「馬鹿言え、お前みたいな単細胞の考えてることなんざ見てりゃあ分かる」


 再び酒を煽ったローガンのジョッキがカラになったのを確認して、一杯奢ろうと、店に出てきている店員―――――普段ならばイリスかアリスが出てきているのだが――――――を探すが、何故か見当たらない。厨房を覗いても、居るのは大急ぎで鍋を振るうアイリスだけだ。


「アイリス、イリスとアリスはどうした?」

「イリスとメルがなかなか戻らないから、アリスに呼び行かせてるとこ。……まったく、この忙しい時に何してんだか……!」


 噂をすれば何とやら、慌てた様子のアリスが突然厨房に飛び込んできた。


「どうしたそんなに慌てて?」

「こっ、これっ!!大変なのです!!」


 そう言ってアリスが掲げるのは、どうやらメモされた羊皮紙の切れのようだ。手を離せないアイリスの代わりに受け取り、内容に目を通す。


『しばらく家を出ます。いつ戻るかは分かりません。』


 その短い文の下には、イリスとメルのサインが記されている。さらに視線を下にずらすと、今度はイリスの筆跡で、追伸が綴られていた。


『鋼兵さんへ。メルのおっぱい大好きという件については、後で詳しく聞かせてください。』


 ああ、完全にあの二人だ……特に、メルがなにか吹き込みやがったな。


「何だって?」

「家出するんだと。いつ戻るかはわかんねぇってさ」

「はぁあ!?この忙しい時に…ッ!」


 アイリスのこめかみに、ビキリと青筋が浮かぶ。これは相当ご立腹のようだ。まぁ、それもそうだろう。店の方へ目をやれば、盛況も盛況。大抵いつもこの時間帯はクエスト終わりの冒険者達が立ち寄るため、満席の上、立っているものや地べたに座っているものさえいた。いくらアイリスと言えど、この状態の店を一人で回すのは至難の業だろう。


「俺もなんか手伝うか?」

「要らないわ……あぁもう、アレは疲れるから嫌なのに…!」


 そういうや否や、店中の空のジョッキがひとりでに宙に浮かび、ふわふわと酒樽の元へと飛んで行く。さらには酒が勝手にジョッキへと注がれ、満たされたジョッキは客の元へと戻ってゆく。

 ひとりでに切られた食材は自ら鍋へと飛び込み、鍋もまた自らを火の上で踊らせる。完成したそばから宙を舞い届けられる料理達は、音も立てずテーブルに置かれた。

 その繊細かつ広範囲に及ぶ魔力操作はアイリスならではの物で、到底その辺の魔導士(メイジ)に為せる芸当ではない。


「手抜きで悪いわね!お代は半分でいいわ!」


 この街の冒険者の間で誰よりも名を知られ、しかし誰もが魔導士としての名を知らず。実力は紛れも無くトップクラス。それでいて、戦う姿を見たものは一人として居ない。


「何者だよ、本当に…」


 繊細優美な魔力操作に目を奪われ、口から自然と言葉が漏れた。それは皆同じのようで、客の誰もが届けられる食事に手をつけることなく、ただ呆然と宙を舞う皿を見上げていた。


「アリス!追加注文は!?」

「はっ、はい!無いのです!」


 同じく見とれていたアリスは、突然かけられた声に慌てて返事をする。アイリスはそれを聞くと、大きく息を吐き、近場の椅子を手で引き寄せ、力無く腰を下ろした。


「そう、なら少し休憩するわね。……はぁ、しんどかった。」

「部屋戻って休んだらどうだ?流石にこれ以上注文する奴は居ないだろうし」


 何にせよ、ここまで疲弊しきったアイリスをさらに働かせようなんて奴がいたら、俺がつまみ出す。

 アイリスも流石にこれ以上働く気は起きないようで、ひとつ溜め息をつくと、アリスに表の看板を裏返すよう頼んだ。


「余程疲れんだな、魔法ってのは」

「打っ放すだけなら簡単なのよ。でも、繊細な操作ってなるとね」


 なるほど、魔力に関しては、俺はイマイチ分からないが、普通に紙を切るか精密な切り絵を作るか、みたいな話か。


「そんなに疲れてんなら、抱えて部屋まで運んでやろうか?」

「嫌よ、あんたに抱えられるだなんて。屈辱的だわ」


 冗談めかした俺の提案に、これまたどこか芝居がかった仕草で受け答えるアイリス。他愛のない会話。まるで、親子のような――――?


 は、馬鹿らしい。


 そうこうしているうちに、いつの間にか戻ってきていたアリスが、どこか落ち着かない様子で足元に佇んでいた。


「おかえりアリス、ありがとね」


 手馴れた様子で頭を撫でるアイリスと、声にならぬ声を上げて喜ぶアリス。

 思わず頬を緩めてその光景を眺めていると、見られていることに気づいたアリスは、たちまち頬を染め、ぷいっと顔を背けてしまう。しかし、何かを思い出したのか、すぐさま弾かれたように顔を上げた。


「どうしたの?」

「あの、お客さんが来てしまったのです。今はお外に」

「そう……申し訳ないけど、今日は帰ってもら―――――――」


 気配もなく、足音も無く。気付けば、概念のようにそこに居た。まるで、鏡に自らの姿が映るのが必然であるように。


「あら、気付かなかったわ。ごめんなさいね。でも、今日はもう店仕舞いなの」


 声音も顔色も変えず、それでも知っているものにはわかる程度に、肌に触れる空気がピリつく。アイリスは既に、臨戦態勢に入っているらしい。


「あはは、私がこんな安食堂にー?そんな訳じゃないですかぁ」


 聞き覚えのある、独特の間延びした喋り方。それと同時に、その粘つくような敵意にも、覚えがあった。


「ぐるるぅ…」


 耳元では、気配に当てられ目を覚ましたティアが低く唸る。


「アリス、悪い。ティア連れて部屋戻っとけ」

「わかったのです……!」


 ローガンを始め、数人の手練もその異様な気配に気付き始めたようだ。悟られぬよう、こちらに意識を向けているのがわかった。

 俺は来訪者へと向き直り、かつてそれが当然だった頃のように、ゆっくりと口を開く。なるべく平成を装って。


「よう、久しぶりじゃねぇか――――――――(ミオ)。」


 そこに佇んでいたのは、紛れもなく、かつて元の世界で共に日々を過ごしていた同級生の一人――――――――澪の姿であった。


 ようやく、ずっと書きたかったストーリーに辿り着けました。ここからは少し更新ペース上がるかもです。

 待っていてくれた皆さん、また新たにブックマークしてくれた皆さんも、ありがとうございました。

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