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38、しっかり者の猫娘


 カランカラン、と入店を知らせるドアベルが鳴る。普段ならばベルだけだった入店の知らせであるが、最近ではもうひとつ、可憐で元気な声がベルの後を追うようになった。


「いらっしゃいませっ!」


 溌剌とした声の主は、その小さな身体で大きなお盆を抱え、せわしなく駆け回りエプロンを翻す少女。この店の看板娘、猫の獣人であるアリスだ。

 かつてティアと並び奴隷として売られていた少女は今ではすっかり店に馴染み、客達にも可愛がられながら日々お手伝いに精を出していた。


「おまたせしましたっ!ごゆっくりどうぞ!」


 注文の品と共に添えられるのは、にぱっと可憐に咲いた笑顔。それはサービスなどではなく、アリス本来の純真無垢な実直さだ。その笑顔を向けられれば、つい先程まで仕事(クエスト)で武器を振るい疲れ切っていた冒険者でさえ思わず頬を緩める。

 道楽も殆ど無い血なまぐさい職業故に、このほんの僅かな癒しが唯一の楽しみとなっている者も居るほどだ。


「おうアリス、こっち来い」


 ふと、一人の冒険者がアリスを手招いた。

 筋骨隆々、左目に付いた大きな傷が特徴的な大斧使いのローガンは古くからの常連の一人であり、この街の冒険者組合の会長でもある。本来ならば近付くことも躊躇われるほどの強面であるが、アリスは呼ばれるがままに人懐っこく駆け寄った。


「どうしたのですか?」


「今日の仕事中に偶然見つけてな。土産だ」


「はわわっ!?」


 どさりと手渡されたのは、かごいっぱいに詰められた野いちご。重さに一瞬よろめくが、かごの中身に気づいた途端にアリスは「ふわぁ……!」と目を輝かせた。


「こんなに沢山、いいのです? 」


「ティアと二人で仲良く食べろ。余りはアイリスさんに菓子にでもして貰えば良い。」


 アリスの脳裏に、お菓子のイメージが次々と浮かぶ。いちごのケーキ、タルト、ジャムたっぷりのパイ。そのどれもが、本でしか知らないお菓子達だ。アリスの瞳はさらに輝きを増す。


「ありがとなのです!!」


「あくまで偶然見つけただけだ。礼なんか要らん。」


 ローガンはアリスのあまりにも嬉しそうな反応に緩みかける頬を必死で引き締めながら、素っ気なく会話を終わらせ酒を煽る。周りからすれば、何とも判りやすい照れ隠しだ。


「……ローガンさん、めっちゃ探してたよな?」


「しッ!聞こえたら殺されるぞ!」


 ギロリと睨みつけられ、咄嗟に口を噤む。しかし、冒険者達のそんなひそひそ話はいちごに目が釘付けになっているアリスの耳には届いていないようだった。


「……命拾いしたな?」


 肩に手を置きボソリと囁かれ、短く息を呑む。ローガンは、あくまで素っ気ない態度を貫き通す気らしい。


 不意に、アリスの耳がぴこん、と動いた。


「今日の仕事は終わり、か?」


 ローガンの問にアリスは申し訳なさそうにこくりと頷くが、微かに緩んだ表情やピンと立ったしっぽは紛れもなく喜びを表していた。

 とは言え、アリスはなんの嘘偽りもなく店の手伝いが好きだし、自らを可愛がってくれる客達にもよく懐いている。それ故、この店に来たばかりの頃は、止められるまで日がな一日働き続けていたため客達にもよく心配されたものだ。

 その為、アリスが唯一仕事よりも優先したがるものを勤務時間の基準とした。

 

 アリスが働く時間は、店が開いてから「ティアが泣くまで」。アリスは今日も、可愛い妹の救難信号にいち早く駆けつけるのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆


 貰ったいちごを胸に抱え、足取り軽く廊下を歩く。目指すはティアの待つ鋼兵の部屋だ。


 寂しくて泣いているティアには悪いと思いながらも、可愛い妹と遊べるという事実には喜びを隠せない。なんせ、普段は鋼兵にべったりで、人見知りだから一人じゃ部屋から出てこない。だから、こうやって泣き出してしまった時しか遊ぶことが出来ないのだ。

 しかし、部屋を目前にしてアリスの足はピタリと止まった。


「おお、アリスか。どうした?」


 部屋の前でばったり出くわしたのは、まぁ当然といえば当然なのだが、アリスと同様にティアの泣き声で駆けつけた鋼兵だ。

 ティアにとっては鋼兵が戻るのが一番なのだが、それではアリスの役目がなくなってしまう。それは困る。非常に困る。

 しかし、元は奴隷という身な上、鋼兵は命の恩人。アリスは今でもわがままを言うのは苦手だし、相手が鋼兵となれば尚更だ。


「えと…あの、ティアちゃんが泣いてて、お土産もらったので……っ」


 なんとか絞り出した言葉は、みるみる細くなり消え入ってしまう。アリスは唇をきゅっと噛み、俯いてしまった。

 胸に抱えた野いちごと、微かな主張。さすがの鋼兵もアリスの言わんとすることを察することくらいは出来る。


 ……なるほどな。となれば俺は邪魔者か。さて、どうしよう。


「あー、これから風呂入りたいんだが、その間ティアのこと頼めるか?」


 先程あんな事があったこともあって、今俺の服にはメルの匂いがべったり付いている事だろう。このまんまで部屋に入ってもティアを余計不安にさせるだけだろうし、別に嘘は言ってない。

 しかし、鋼兵の咄嗟の機転は効果てきめんだったようだ。


「いいのですかっ!?」


 アリスの瞳は途端に輝きを取り戻し、情けなくへにゃりと垂れていたしっぽは再びシャキッと立ち上がる。


「おう。たっぷり遊んでやってくれな。着替えたら戻るから」


「まかせてくださいっ!」


 元気よく返事をしてアリスが部屋に入ると、あれほど響いていたティアの泣き声はすぐに止んでしまった。さすがはお姉ちゃんと言ったところか。


 この調子なら、俺が居なくなっても―――――――――


「……それは考えない約束だったな」


 明日は二人を外にでも連れ出してやろう。アリスは仕事熱心で遊べていないだろうし、ティアは最近引きこもり気味だ。

 ……イリスにも、ちゃんと返事をしなきゃな。あれだけ根性見せてくれたんだ。俺も、男としてしっかりケジメを付けなきゃならない。まだまだするべきことは山程ある。死ぬ事を考えている暇はない。


「さてと……じゃあさっさと風呂入って、可愛い娘共と遊ぶとするかね」


 王宮での胸糞の悪さは娘達と戯れて癒すとしよう。そう心に決め、鋼兵は風呂へと歩き始めるのであった。


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