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36、選択


 どうにも上手くまとまらなかったので、文がかなりクドくて読みにくいです……ごめんなさい……


 来店を告げるドアベルの音が店内に響く。今日は通常運行している為、朝にも関わらず既に店内には多くの客が居た。

 現れたのは、朝方から姿を消していた鋼兵だ。普段ならば鋼兵が店に顔を出せば皆声をかけるのだが、今日の鋼兵に声を掛ける者は一人として居ない。

 いや、正確には掛けられない、と言った方が正しいだろう。


「あんた、朝からどこ行って―――――――?」


 厨房から足早に出てきたアイリスの足は、鋼兵の数歩手前で自然と止まってしまった。


 鋼兵は、本来温厚な性格だ。事実、鋼兵が本気で怒りを顕にした姿を見た事がある者は非常に少ない。

 しかしその表情には、厨房から出てきたアイリスでさえ言葉を詰まらせるほどの、純然たる憤怒が克明に刻まれていた。


「……少し、散歩してきただけだ」


 そんな訳無いだろう。誰もがそう思いつつ、口に出すものは居ない。あれほど騒々しかった店内は、水を打ったように静まり返っている。

 それより何より、アイリスですら気圧される威圧感の中、声を上げられる者が居る筈も無かった。


「そんな訳無いでしょう、あんたいま酷い表情(かお)してるもの。そんな顔でティアんとこ行ったら泣かれるわよ?」


 しかし、流石はアイリス。その突っ込んだ発言が吉と出るか凶と出るか、客達は固唾を飲んで見守るしか無い。


「ああ、悪い……少し裏庭で頭冷してくる」


 しかし、鋼兵はその言葉にふっと気が抜けたように表情を緩めると、拍子抜けするほどあっさりと店の奥へと消えて行った。あとに残された客達からは、安堵を含んだ深い溜息が漏れる。


「どうしたのかしら、鋼兵(あいつ)……」


 どう考えてもただ事ではない雰囲気。とは言え、アタシが行ったところでどうにか出来るとも思えない。

 取り敢えず、イリスを派遣しておこうか。まぁ、イリスなら事情を聞いてどうにか解決に―――――――――


 その時、唐突に再びドアベルの音が静寂を切り裂いた。


「アイリスさん、昨日も徹夜でお腹空いたよぉ……ひらひらフリルはもう見たくないぃ……」


 背後から聞こえてきた、よく聞き慣れた声。振り返ると、静まり返った店内をきょろきょろと不思議そうに見回すメルが。


「あれ、どうしたの?なんかあった?」


 目が合うと、アイリスがニヤリと微笑む。そして、それを見たメルが微かに表情を歪めた。


「アイリスさん……?もしかして、また何か企んでる?」


 客たちは、皆静かに目を逸らすのであった。


◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃、店に帰ってきたことで一気に怒りによる緊張が解けた鋼兵は、裏庭の適当な石に腰掛け、虚ろな表情でぼうっと自らのつま先を見下ろし、思考を巡らせていた。


 当然、鋼兵に王国側に協力するつもりはない。しかし、それはある意味日常の終わりを意味していた。鋼兵がいくら強いとはいえ、所詮は叩き上げの一般人。一国を敵に回し立ち回るには、明らかに力不足すぎる。


 ティアを故郷に還す。その為には、国軍を潰す、もしくはティアの一族が逃げるだけの時間を稼がなくてはならない。前者はどう考えても非合理的だ。

 ティアの一族が伝承の通りならば、恐らく国軍など一瞬で潰せるだけの戦力を持っているはず。しかし、何故か数回前の大戦から戦うことを辞めた。

 この国―――――ヴィアナの歴史は古い。最後の記録は約300年前のもので、それ以降この国には平和が続いていた。しかし、今回は国側がその均衡を崩そうとしているのだ。


 どちらにせよ、この店に迷惑はかけられない。完全に関係を絶たなければ。


 実際問題、鋼兵にとってはこれが一番辛かった。この世界での唯一の居場所を失うのが怖かった。

 何より、この店との関係を絶った以上、もし生き抜いたとしてももう戻っては来れない。それはつまり、この世界での完全なる孤独を意味していた。


 行動を起こした以上、責務を果たして死ぬしかない。帰ってくる未来はない。これが最後の仕事となる。

 もしこの店に残れば、ティアの本来の幸せ(かぞく)を踏み台に自らの安寧を望めば。それは恐らく簡単に手に入るものだ。この世界のルールに則ってイリスとメルを娶り、家庭を築く。


 幸せだ。これ以上ないほどに。だが、俺は一生後悔するだろう。ティアは、俺に恨み言を言ったりはしない。それでも、ティアに甘えられるたび、本来の家族に向けられる筈だった屈託のない笑顔を見るたびに、俺は過去の自分を責め立てるのだ。


『自分優先のゴミ野郎。少女の人生を壊して手に入れた幸せは甘いか?』、と。


 ティアの為ならば、命をなげうつ程度の覚悟はある。


 あの二人に関しても、俺より良い男などごまんと居るだろう。


 後は俺が覚悟を決めるだけだ。


 それなのに、何故行動に移せない?決めたのならば今すぐにでも店を出なければならない。一刻も早く関係を断たなければならないのに。


 未練タラタラかよ、情けねぇ。


 ふと、俺の横にすとん、と影が落ちる。緩慢な動作で視線を向ければ、至近距離に見知った顔が。


「どしたんです?そんなに落ち込んで」


 メルは俺の横にしゃがみこみ、俺の顔をのぞき込んでいた。突然の接近に反射的に顔を逸らしてしまい、慌てて平静を装った声音で返事を返す。


「……メルか。何でもねぇよ」


「何でもなくないですよ、背中がすごくちっさく見えましたもん。もう一回聞きますよ、どうしたんですか?」


 逸らしてもなお、その漆黒の眸は俺の視線を掴んで離さない。長い睫毛に縁どられた、気丈さを感じさせながらも柔和な印象を与える、不思議な魅力を持った綺麗な瞳。


「あー、なんか余計な事考えて拗らせてますね。そういう顔してます」


 ふと口を開いたメルの言葉があまりにも的を射ていて、思わず面食らってしまった。そして、俺の反応を見たメルは、歯を見せ悪戯っ子のように笑う。


「当たりですね?」


「どうだろうな」


「ハズレじゃないなら当たりですよ。」


 再び視線を落とした俺の隣に、メルは居続ける。それ以上メルから言及することは無かったが、時折こめかみに感じる視線は俺の言葉を待っていた。

 まるで行動そのものが、「言うまで居座ってやる」とでも言っているようだ。


「……話してくれるまで居座り続けますよ?」


「なんだお前、心読めんのか?」


「なんですかそれ。そんな大それた事、出来ませんよ」


 思わず漏れた言葉に、メルはこてんと首を傾げる。


 それから暫くして、とうとう根負けした俺の口は自然と言葉を紡ぎ出し始めるのであった。


 ブクマ340件突破、ありがとうございます。コツコツ続けて行きますので、今後も何卒よろしくお願いします。

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