35、そして動き出す
目が覚めると、見知らぬ天井が――――――いや。正確にはあまり見慣れぬ天井が、と言った方がいいか。一瞬またどこかへ転移したのかとも思ったが、きらびやかなシャンデリアが輝くとてつもなく高い天井など、この人生では一度しか見た覚えがない。
「何で俺がこんなとこで寝てるんすかね―――――王様さんよ」
むくりと身体を起こすと、やはり眼前には無駄に長い階段と、その頂点に据えられた玉座。そして、そこに深く腰掛けるヴィアナ王国国王の姿が目に入った。
一見俺たちの他には誰もおらず、広いホールに二人向き合う形だ。
「わしがミオに命じて運ばせた。主がコウヘイであっているな?」
「ああ、そうだ。で、人の安眠を妨害してまで伝えたかった要件はなんだ?俺は早く帰って愛娘の寝顔を愛でたいんだが」
「なに、貴様が最近実力を付けていると聞いて、次の任務に組み込もうとな」
明らかに裏がある面だが、当の本人はそれを欠片も隠すつもりがない。心底イラつくジジィだ。
「内容は?」
「近頃、下級魔族が増え始めているとの報告が入ったのでな。騎士団で隊を編成して大規模な討伐戦を――――――――」
大規模な魔族討伐戦。なるほど、そういう事か。
「建前はいらねぇんだよ、クソジジィ。本来の目的はなんだ」
「あまり付け上がるなよ、若造が。口の利き方に気を付けろ」
目を見開き、俺をギロリと睨めつける王を迎え撃つかの如く、俺も王から目を逸らさずに睨み返す。しばし睨み合った後、王は口角を引き攣らせる様にして意地の悪そうな笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「その様子だと、ある程度は知っているようだな。貴様が飼っている奴隷の正体まで、と言った所か?」
「撤回しろ。ティアは奴隷じゃねぇ。そんで、テメェに話す義理もねぇ」
「ふん、何を話そうとわしら二人のみだ。何を隠そうことが―――」
潜む気配へのカマかけに剣の柄に手を置くと、すぐさま耳に風切り音が届く。感覚的に初級魔法か。そのまま抜刀し薙ぐと、俺目掛けて飛んできていた火球は破裂音を響かせ、虚空へと掻き消えた。
「……何が二人だ、やっぱ護衛忍ばせてんじゃねえか」
「ふはは、気付いておったか。異界の戦士の中で、貴様だけは『鎖』が付いていないからな。そんな危険な真似をするほど馬鹿ではない」
「俺はテメェと雑談してぇ訳じゃねえんだよ。さっさと本題に移れ。……まだ何か仕込んでやがったら、暴れんぞ?」
目線の向く先は、先ほど火球の飛んできた方向だ。気配的に他にもいるようだが、全員が束になって襲いかかってきてもまず負ける事は無いだろう。
「まぁ落ち着け。貴様も、『白銀の狐』の利用価値がわからぬほど馬鹿ではあるまい」
……やはり、国と繋がってやがったか。一気に頭に血が上るのを感じ、今にもその首を飛ばしてやりたい衝動に襲われる。
「……そうか、てことはうちの娘を攫ったのも?」
「ああ、わしの命令だ。勿体無い事に、今は貴様が飼っているそうだがな。」
……今度は飼っているときたか。再び柄に伸びようとする右手を、残った理性でなんとか抑え込む。
「なんの理由があって白銀の狐を狙う?目的はなんだ?」
俺の問に、王は驚いたように目を見開き、正気か?とでも言うかのように俺と目を見合わせると、怒りを顕にした俺の眼前で隠しもせずに乾いた笑い声をあげた。
「……テメェ、何笑ってやがる。俺の質問に答えろ」
「目的も何も、利用価値しかなかろうが!その強大な戦力は兵として使ってよし、その美しい容姿は娼館に売り飛ばしてよし!強制的に服従さえさせてしまえば、後は奴隷にしようが犯そうがなんでも好きにできる!!こんな都合のいいものを利用しない手があるか!?」
ブツンと、何かが切れるような音が頭の中に響く。しかし、それでも王は狂った様に言葉を続けた。
「我が国がその圧倒的な戦力を手にすれば、他国など塵に等しい!優秀な遺伝子を孕ませ、産ませ、我が国で何世代でも利用し続けるのだ!!貴様も戦果をあげれば、その馬鹿げた愛しい娘とやらの種馬程度にはしてやるぞ!?」
視界が真っ赤に染まるような錯覚に陥る。きつく握った拳がわなわなとと激しく震え、喰い込んだ爪により掌に血が滲む。
しかし、鋼兵の口から紡がれた言葉はその意と全くもって反するものであった。
「……成程、それは素晴らしい提案だな。是非俺にも参加させてくれ」
表情自体は至極自然なものだ。しかし、血が滴る程にキツく握られた拳には圧倒的な殺意が、微動だにせず王を捉え続ける双眸にはもはや狂気とも言える程の憤怒の色が宿っていた。
「ふはははッ!所詮貴様も俗物だったということか!良いだろう、正直な奴は嫌いではない。貴様を討伐戦の分隊長に任命してやる!有難く思え!」
鋼兵の返答がお気に召した様子の王は、してやったりと高らかな笑い声をホールに響かせる。
鋼兵の眸に未だ宿る怒りの焔には微塵も気づかずに。
「決行は次に月の満ちる日。『龍骸の丘』の麓にて、レイジ、ディラン隊と合流しろ」
「……了解した。完璧に準備をしておく―――――――」
鋼兵はそう言い残し、足早にその場を去る。ホールに一人残された国王。その背後から、身を潜めていた王の付き人、ミオが姿を現した。
「……アイツ、殺気飛ばしまくってましたねー。イラつくんで、殺しといていいですかぁ?」
「ふん、態度は気に入らんが使えそうなものを棄てるのも勿体無かろう。よい、放っておけ」
「……わかりましたぁ」
聞こえぬほど小さく舌打ち、表面上は大人しく引き下がる。しかし、その不本意そう表情の内には、どす黒い感情が渦巻いていた。
……鋼兵の癖に、何を偉そうに王様に歯向かってんの?ムカつく。王様にはミオが居ればいい。雑魚の癖に王様に必要とされるなんて許せない。消えればいいのに。
そんな幼稚な思考を繰り広げ、やがてそれはいかにも短絡的で、それでいて最も恐ろしい結論に行き着いた。
邪魔なら、消しちゃえばいいんだ。
無邪気な子供は、時に平気な顔で何の悪意もなく残虐な行動をとる。好奇心のままに昆虫の脚をもぎ、身を千切り、頭をすり潰す。
もし、そんな無邪気な子供が強大な力を持っていたら?
その結論に達したミオは、王の背後で人知れず、口角を引き攣らせるようにして何よりも無邪気な黒い微笑みを浮かべるのであった。
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