3、ケモミミ少女と飯を食う。
「うーす、昨日ぶり」
見慣れた木製の古いドアを押し開けると、相変わらず良い雰囲気の店がそこにあった。冒険者御用達の店で、飯は毎日ここで食っている。なんと言っても、旨いし安い。
女将は、結構な年のはずなのだが見た目はずいぶんと若々しい。そして、料理の腕も一流ときた。狙っている輩も多いが、なんでもこの年齢で未亡人だという噂だ。
「まーたアンタ?……この店の利益半分くらい、アンタからなんじゃないの?」
「まぁまぁ。俺はいつもので、この娘には子供でも食えるようなヤツ、作ってやってくれよ」
「はいよ。その子は奴隷?」
「んー、まぁな。」
「へぇ、あんたが奴隷買うなんて意外ねぇ。」
俺はカウンターの席に座る。が、屈強な男共用に設計された椅子は、この小柄な少女には少々高すぎた。
俺が持ち上げて座らせるも今度はギリギリカウンターに顔が出るくらいで、仕方なく俺の膝の上に座らせた。それでやっと丁度良いくらいだ。ちっこいなぁ。
「はーい、お待たせ。あんたはいつもの激辛定食ね。女の子には、チーズリゾット。熱々の内に召し上がれ!」
俺たちの前にコトリと皿を置き厨房に戻る前に、女将は少女の頭を一撫でしていった。多いにわかるぞ、その気持ち。
「おお、来た来た」
俺が食うのはいつもこの、個人的に頼んで作ってもらった裏メニュー『激辛定食』。メインのチキンは真っ赤っかで、香辛料をたっぷり使った代物だ。
それでも旨いのは、料理人の腕前だろう。辛党の俺を満足させ、更に旨い。文句なしだ。
「ほー、チーズリゾット。ほれ、食べていいぞ?」
だが、少女はぶんぶんと首を横に振る。が、その目はリゾットに釘付けで、口の端からはよだれがたらりと垂れていた。
「……どれー、たべもの、ざんぱん。ふつーの、たべない!」
が、俺が自分の料理を口に運ぶのをずっと目で追っているし、既に口元はもの凄いことになっていた。
俺は自分の分を半分ほど食い終わって、一旦手を止める。リゾットは触れた様子もなく、そっくりそのまま残っていた。
「食べないのか?」
……こくり。
「じゃ、仕方ねぇな。俺が食っちゃおう。」
リゾットにスプーンを差し入れる。
少女はそのリゾットが俺に咀嚼され、嚥下されるまで、一切たりとも瞬きせずに見詰めていた。
──いや、食いずらすぎるだろう。
リゾットを一口食べ、そのままスプーンを置く。
「いやあ、腹一杯になっちまったよ。残したら勿体ないから、食べて貰えると有難いんだけどな〜」
三文芝居もいい所である。
しかしちらと見れば、少女はすでにスプーンを握り締め、こちらを凝視していた。なんだか、待ての躾を思わせる構図だ。
よし、ここはひとつ。
「待て、待て、待てよ〜……」
少女は鼻息荒く、涎をぽたぽた落とし、今か今かと待っている。
そして。
「──よしッ!」
言うが早いか、少女は器を引き寄せ、猛烈な勢いでリゾットに匙を入れた。
がつがつがつがつ……
「早っ!?」
スプーンを妙な持ち方で持っているにも関わらず、少女はものすごい勢いで飯を掻き込み始める。先程まではあんなに遠慮してたくせに、その食いっぷりに遠慮は全く見えない。
「美味いか?」
返答はないが、千切れんばかりにそのもふもふの尻尾を振っているのが答えだろう。美味そうに飯を食うやつは、見ていて気持ちが良い。
「ぅぐっ……!……!!」
あまりに勢いよく食べるから、喉に詰まらせたようだ。差し出したグラスの水を一気に飲み干す。
口一杯に飯を詰め込む姿は、狐にも関わらずハムスターを連想させてくれ、とても癒された。
そして、俺はちょっとした│悪戯を思い付く。俺の激辛チキンを、一口サイズに切り分け、一切れをこっそりリゾットに放り込んだ。
少女はそれに気づかぬまま、再び掻き込み、咀嚼。
「……!?ひぅっ、あぅあぁっ!」
数度噛んだのち少女は停止、舌をべぇっと出して悲鳴をあげた。水を飲もうとするも、先程一気飲みしてしまったためコップは空。チーズリゾットだから辛さも半減しているとは思うのだが、子供には酷だったようだ。
「ごめんごめん。ちょっとしたイタズラ心でな」
俺の分の水を渡すと、再び一気に飲み干す。そして、少女は珍しく感情を露にすると、涙目で俺をキッと睨み付けた。
「いたずら、やぁっ!いたい、あじ、わからないなった……!」
手をぶんぶんと振り回して怒るが、舌足らずの口調では微笑ましくしか映らず、思わず頬が緩んでしまう。
「悪かったって。いいもん食わせてやるからさ」
店の奥に向かって声を掛ける。これも、俺が提案した裏メニューのひとつだ。元の世界ではどこでも食えるものだが、この世界に本来そんな文化はない。
「アイスクリーム、一つもらえるか?」
「はいはい、アレね。ちょっと待ってね」
少女は俺の膝の上で、可愛らしくこてんと頭をかしげる。
「あいす、くりーむ?」
「そうだ。美味いモノだから楽しみにしてろよ?」
十数分後、目の前には真っ白で半球状のアイスクリームが皿に載って出てきた。アイスクリームと言ってもシャーベットに近いものだが、味は元の世界と大差ない。
どんなに興味津々でも、やはり残ったものしか食べる気がないらしい少女は、スプーンで一掬いしたアイスを直接俺の口へと持ってきた。
──良いぞ、だんだん遠慮が無くなってきた。
「んー、甘いな。お腹一杯だ。あとは食っていいぞ。」
一口食べてそう言うと、納得したらしい少女はこくりと頷き、恐る恐るアイスを口に含む。しゃくっ、と軽快な食感と共に、驚いた表情からみるみる蕩けた表情へと変化してゆくのが面白い。
どうやらお気に召した様子で、少女はいかにも幸せそうに、時々キーンと痛む頭を不思議そうに押さえながら、結局は全ての飯を完食したのだった。