34、因果は巡る
「……あんたまさか、この絵がティアちゃんの事だとでも?」
鋼兵に向けられるは、正気か、とでも言いたそうな瞳だ。しかし、鋼兵は真面目な表情は崩さず、ゆっくりと口を開く。
「流石にそこまでイカれちゃいないが、何かしらの関係があるのでは、とは考えてる」
鋼兵はその本を再び引き寄せ、パラパラとページを捲って行く。
「どうやらこの『白銀の狐』とやらは、数百年ごとに戦場に姿を現しているようなんだ。それも、決まって大規模な魔族討伐戦の時に。そして、戦況をひっくり返していく。もちろん、魔族に与する形で、だ」
捲っていくページの挿絵にはどれも、修羅の形相で死体の山を築き上げていく銀色の獣人の姿が描かれていた。
しかし、それはあるページから、突然様相をガラリと変える。
「これを見てくれ」
くるりと本の向きを変え差し出されたそのページの挿絵には、確かに件の獣人は描いてあるものの、まるで跪いているように描かれており、魔物の中には白旗のようなものを掲げているようなものも描かれていた。
その大戦での国側の死傷者数はゼロ。それに比例して、階級を大幅に上げられた者が多数存在しており、それはこの討伐戦で今までに無いほどの数の魔族が討伐された、という事を意味していた。
「……不自然な程に、国側の圧勝ね」
「ああ、そうだ。まるで魔族軍が降伏したようにも思える。そして、その上で国側が魔族軍を蹂躙したようにもな」
「あんたは、魔族に知能があるとでも?」
悲しんでいるようにも、俺を嘲笑しているようにも見える表情――――――いや、まるで自身を蔑むような瞳を俺に向けるアイリスを、真っ直ぐに見つめ返す。そして、俺はハッキリと頷いた。
「ああ、そうだ。奴らには知能があり、恐らく文明もある。俺には確証もある。」
「その、馬鹿げた確証とやらをお聞かせ願いたいものね」
アイリスにしては珍しい皮肉っぽい言い回しだが、きっと酒が回っているのだろうと独りごちて話を続ける。
「……アリスを助け出した見世物の移動テントに、服従させられたオーガが居た話はしたな?」
「ええ、確かに聞いたわ。反吐が出るような見世物を売りにしていたこともね」
「奴は、ティアに攻撃を加える寸前、確かに言語を発したんだ。『俺を止めろ』とな。」
その言葉に、今度は目に見えてアイリスの表情が変わる。まるで何かに怯えているような、何かを恐れているかのような表情だ。
流石にアイリスがこんな表情をするとは思っておらず、思わず動揺を露にしてしまう。
「―――――アンタ、きっと祭りで疲れたのよ。そうじゃなきゃ正気じゃないわ……これは置いてって、今日はさっさと寝なさい」
「おい待て、俺は大真面目で―――――」
反論に身を乗り出そうとした瞬間、突如手で口を塞がれる。俺はその手を剥がすことが出来なかった。思わず口を噤むと、アイリスは緩慢な動作で浮かしていた腰を戻し、額に手を当てうなだれた。
「お願いだから、今日はもう眠って頂戴……」
微かに震えた声。俯いているため表情は定かではないが、きっとアイリスは俺が見たことないような表情をしている。そして、それはアイリスが俺に見せたくないものだ。
俺は本を閉じ、残りの酒を一気に煽ると、席を立ちティアの眠る部屋へと踵を返した。
◆◇◆◇◆◇◆
何故、鋼兵が突然そんなことを言い始めたのだろうか。
―魔族には知能も文明もある―
魔族とは、知能がなくただ本能的に他種族を攻撃する野蛮な害獣である。これが、世間一般に知られている事だ。それ故、童謡には時折オーガやオークなどわかりやすい見た目をしたものが悪役として登場する。そして、民衆は愚直にもそれを信じ込み、魔族を忌み嫌った。
白銀の狐。もちろん知っている。逆恨みだとは分かっていても、それでもなお忌々しい存在だ。
初めてティアちゃんを見た時、その白銀の眸を見た時、一目でわかった。ああ、あいつらの子供か、と。
きっとこのままでは、あの日の二の舞が起こる。鋼兵ならばやりかねない。表面上は違っても、中身、心の芯はあの人にそっくりだ。
イリスがあいつに惚れたのもわかる。だって、私が惚れた男にそっくりなのだから。あの子は私とよく似ている。でも、その優しさはあの人のもの。
グラスを見つめ、数百年前の蜜月に思いを馳せる。未だに薄れることのない記憶。このグラスは、あの二人に使ってもらいたい。私には出来なかった事だから。
鋼兵が置いて行った軍事記録を捲り、先程見ていたところの数ページ先で止める。
良かった、ここを見られていなくて。それは、数百年前に起こった、なんの変哲もない戦争の記録だ。しかし、それまでとは明らかに異質な。
そのページの挿絵には、血を流し横たわる一体の魔族と、その骸に縋り涙を流す一体のエルフ。そして、その傍らに佇む大きな黒い狼と、それを遠くから見詰める件の獣人の姿が描かれていた。
投稿遅れてすいませんでした。ブックマーク300件突破ありがとうございます。
1話ごとに付くブックマークの数が徐々に増えているので、もしやそのうち日間ランキングにものれるのでは?と密かに期待している今日この頃。




