閑話 その頃の
その頃、部屋に戻り布団に寝転んでいたイリスは、今日の光景を何度も脳内で反芻していた。そして、思い返す度にぼふんと枕に顔を埋め、じたばたと足をバタつかせる。こうして悶えるのは、もう何度目だろうか。
顔が熱を持っているのを感じる。頭が爆発しそうだ。
「本当に、全員に勝っちゃったんだ……」
今まで一度も異性から言い寄られたことなんて無かったから、きっと私にはよっぽど魅力が無いんだなぁ、と思っていたのだが、後から聞いた話によると今大会で一番試合数が多かったのは鋼兵さんだったらしい。
私目当ての人も、メルに負けず劣らずだったそうだ。
そして、鋼兵さんが優勝を勝ち取った。つまり、実質私はすでに鋼兵さんのモノになった訳で―――――――――
堪えきれなくなり、私は再び枕に顔を埋める。心臓がばくばくと激しく跳ね、全身が熱を帯びたように火照っていた。
「ふぁあ……どうしたんれふかぁ……?」
暴れすぎたのか、お母さんのベッドで丸くなって眠っていたアリスちゃんはむくりと起き上がると、大きなあくびをしてからくしくしと可愛らしく目を擦った。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
「だいじょぶです……わ、お顔がまっかですよっ」
私の顔を見たアリスちゃんは大きなくりくりの眸を更に丸くすると、ぴょんっと私のベッドに跳び移り、心配そうな表情で私の額に手を当てた。
「あはは、熱がある訳じゃないよ。少し考え事してただけ」
「そうなのです?何を考えていたのですか?」
……どうしよう、正直に言うべきか曖昧にすべきか。しかし見てみれば、私の顔を覗き込む栗色の眸には純粋な心配の色がありありと浮かんでいた。隠せばきっと心配し悲しむだろう。
私は隠すことを諦め、正直に話すことに決める。アリスちゃんなら、言いふらしたりはしないだろう。
「……えっとね、鋼兵さんの事……かな」
「鋼兵さん……?あっ、そうでしたっ!」
「どうしたの?」
私が告白するや否や、なるほどとばかりにぽん、と手を打つアリスちゃん。そして、期待に満ちた瞳で私を見ると、突如とんでもない爆弾を投下した。
「あかちゃんは、いつできるのですか!?」
予想外の方向からの不意打ちに、イリスは思わず吹き出してしまう。
「えっ、えぇ?少し気が早いんじゃないかなぁ」
「え?でも、アイリスさんがそう言ってましたよ?あと、鋼兵さんが私のぎり?のお兄ちゃんになるとも。楽しみなのです…!」
「……詳しくは何て言ってたの?」
嫌な予感に訊ねてみると、「ええと、確か……」と考え込み、思い出しながらお母さんのセリフであろうものをゆっくりと口にした。
「ようやく孫が見れる、これでアタシの息子だ~って大喜びしてました。あと、二人っきりで部屋に入っていったときは、大切な儀式?が行われてるからはいっちゃだめよ、だったと思います!」
「……ちなみに、アリスちゃんは赤ちゃんがどうやって出来るか、知ってる?」
私の問いに、アリスちゃんはうーん、とかわいく唸って考え込んだ。そして、ややあって顔をあげると、
「……ぎしきって言うのですから、まほーで召喚するのです?」
と、驚くべき回答を放ってきた。うん、純粋すぎて直視できないや……
本人は真面目に聞いているのだろう。キョトンとして小首を傾げるアリスちゃんの頭を、誤魔化すように無言で撫でる。
一瞬驚いたようにぴくんと耳が反応したものの、すぐに質問など忘れたように目を細めごろごろと喉を鳴らす姿は非常に愛らしい。
しばらくはベッドにころんと寝転がり私にされるがままになっていたのだが、アリスはふと身体を起こすと姿勢をただして遠慮がちに口を開いた。
「……あの、ひとつお願いがあるのです……」
「ん?どうしたの?」
もう少し撫でたいな、とわきわき動く手を何とか引っ込め、イリスもアリスにならって話を聞く体勢を取る。
「今日は、アイリスさんは先に寝てなさいっていったのです。でも、一人で眠るのはとっても寂しいのです……よければ、なのですけど……」
伏し目がちでもじもじしながら、ちらちらと布団と私の間を往復する視線。恥ずかしいのか遠慮しているのかハッキリとは言わないが、何を求めているのかは聞かずともすぐにわかった。
―――――なにこれ、可愛すぎる……!こんなおねだりをされて、断れる人が居るのだろうか?
きゅうん、と無い胸が締め付けられる心地と共に込み上げてきた抱き締めたくなる衝動をどうにか押さえ、出来るかぎり冷静に布団を整える。
「えっと……おいで?」
両腕を広げて迎える体勢をとると、アリスちゃんの表情にぱあっと光が差し、ぼふんっと私の胸に飛び込んできた。
そのまま一緒に布団に潜り込み、喉を鳴らして甘えすり寄ってくるアリスちゃんの頭をよしよしと撫でる。
「うぅ、わがまま言って、ごめんなさい……っ」
心底申し訳なさそうに私の腕の中で小さく謝罪の言葉を口にしながらも、その手は私の服を掴んで離そうとしない。
もう家に来てしばらく経つが、それでも拙い敬語が抜けない辺り未だにどこか引け目があるのだろう。
私は微笑み、その小さな身体を包み込むように優しく抱き締め、耳元で囁く。
「……私はお姉ちゃんなんだから、もっと甘えていいんだよ?」
「お姉ちゃん……」
アリスちゃんは微かに頬を染め、絶対に忘れてなるものか、とでも言うように私の言葉を何度も小さく繰り返す。
普段はテキパキと店のお手伝いをしてくれているアリスちゃんだが、まだまだ幼い子供であることには変わりがないのだ。甘えたくなるのも当然だろう。
私は普段の感謝の意も込め、もう一度だけぎゅうっと抱きしめるのだった。
今回はしっかり書くのは初めてかもしれない、イリス×アリスです。そろそろ一章が佳境に入るので、一旦息抜きと思ってください。次話を境にしばらくシリアスかもです。




