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31.鬼の逆鱗に触れた男


「ッシャオラァアァ!!」


 血走り殺気だった眼で拳を振り上げる男の一撃を軽くいなす。汚ならしいごわごわの髪に毛深くゴリゴリに鍛え上げられた身体、体格は俺の二回りほどデカい。俺はちら、と観客席のアイリスを確認する。


 アイリスは真顔で、ビッと親指を地面に向けた。はいはい、こいつもダメなんですね。


「お疲れさま。」


 大振りを首の動きだけでかわし、掌底を打つのではなく押すように、腹に叩き込む。それだけで大男の身体はぶわっと宙に浮き、場外へと吹っ飛んでいった。言っちゃ悪いが、弱すぎる。


 この大会の基本的なルールとして、決闘祭と言う名の通り、自分が欲する物を持つものに勝負を挑むのだが、今大会ではその申し込みのほとんどが俺へと集中した。

 理由は簡単、名目上あの二人が俺の物になったからだ。


 本来この祭りは、次に控える『婚姻祭』のために自らの実力を街の女性に見せつけると言う意味合いが大きいのだが、今回は皆がそれをもっとも見せたがっている者達が直接的な景品になったのだ。そりゃあ、野郎共が殺気立つのも仕方ない。


「次は俺だァ!若造、まぐれで図に乗るな……」


 相手が啖呵を切り終わる前にアイリスを確認すると、すでに合図を出していた。


「……ってな具合にてめぇをボコボッぐぉはァ!!」


 顎に炸裂、ハイキック。相手は今度は吹っ飛ばず、脳震盪で気絶してその場に倒れ付した。悪い、半分くらい聞いてなかった。


『圧倒的ィイ!!全て一撃必殺ッ!!』


 ここでアナウンスが入り、休憩を知らせる。俺がリングを降りると、駆け寄ってきたイリスがタオルを差し出してくれた。ほとんどかいてはいないのだが、ありがたく頂戴し、額を拭う。


「余裕そうね?」


「まぁな、こんくらいならいくらでもいけるぞ」


「ごしゅじん、だっこぉ」


 足元でぴょんぴょん跳ねて抱っこをせがむティアを、片腕でひょいと抱き上げる。


「ごしゅじん、つよい!かっこいいっ」


 興奮気味のティアはふんふんと鼻息荒く、忙しなく動く尻尾と耳が興奮の度合いを示していた。


「鋼兵さん、お飲み物ですっ」


「おお、ありがとな、アリス。」


 ぱたぱたと足元に駆け寄ってきて、水筒を差し出してくれるアリス。受け取って頭をポンポンと撫でてやると、嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。


「鋼兵さん、流石です!圧倒的!って感じですね!」


 メルも興奮しているのか、ややテンション高めだ。しかし、皆と反して隣のイリスだけが、心配そうな表情で佇んでいた。


「イリス、どうした?」


「いえ、あの……怪我、しないでくださいね……?」


「ここまでで怪我するように見えたか?この街じゃそれこそ王国騎士団の団長クラスにしか負ける気はしねぇよ」


 その瞬間、全員の表情が強張る。そして、不思議そうな表情の俺に、アイリスが一枚の紙切れを手渡してきた。


「それ、あんたに挑んだ奴等のトーナメント表よ。」


 馬鹿みたいに枝分かれした、二人の人気を示す表を見ていくと、俺はまだ半分もいってなかった。何回戦あるんだ、これ?何ブロックあるかわからない対戦相手を一応全て見ていくと、一番離れたブロックの一番端に、見たことのある名前が記されている。


『ディラン・ドランゲイル』


「……こいつって」


「現王国騎士団団長。突如現れ、前団長を破りトップに君臨した男よ。歴代最強と名高くて、あげた功績の数は既に歴代最高数を叩き出してるわね」


 わーすごい、能書きだけでどんだけ語れるんだろー?

 と言うか、見事にフラグ回収したな、俺。


「てか、アイリス詳しくね?」


「そりゃあ、元々イリスの夫第一候補だったもの」


 マジかよ。アイリスが認めてんなら、少なくとも俺とタメかそれ以上……?


「……俺、負けんじゃね?」


「……まあ、その時はその時」


 否定しないのか。じゃあ、結構ヤバいのね。まだこの世界に来てからモンスター以外には負けたことないけども、今回初めて負けるかも、ってか。


「こっ、鋼兵さん……」


「ん?なんだ」


「……絶対、勝ってください……!」


 ちゅ、と頬に触れる、柔らかな感触。一瞬思考が停止した。


 ややかかり、それが唇であると理解する。ぎぎぎ、と我ながら油の切れた人形のような固い動作でイリスの方を向けば、イリスは顔を必死で隠していた。しかし残念ながら、真っ赤に染まった長い耳が隠れておらず、赤面しているのがまるわかりだ。

 ちなみに、ティアはと言うと、目を大きく見開いてフリーズしていた。


「あ、え?」


「ほら、ぽけっとせずにしゃんとしなさい。イリスはあんたが良いってよ」


 混乱する俺を前に、アイリスはやたらご満悦な様子だ。その足元で、イリスに負けず劣らず赤くなったアリスは、顔を隠してはいるものの指の隙間から、ちら、とこちらをうかがっている。


「あ、じゃあついでに私も……頑張ってくださいっ!」


 少し背伸びしたメルの唇が、逆の頬に触れる。ティアはあんぐりと口を開き、更に凍り付いたように固まってしまった。


「……これ、結構恥ずかしいですね……」


 メルはしなやかな指で自分の唇に触れると、頬を桜色にそめ、上目遣いで俺を見上げた。刺激が強かったのか、アリスはしっぽの毛をぶわぁっと逆立てしゃがみこんでしまう。


「あんた、これでも負けんの?」


 アイリスはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、呆然と立ち尽くす俺をおちょくる。ちょうどその時、休憩終了のアナウンスが会場に響いた。


「ほら、行ってきなさい!」


「ああっ!!ティアだけ、まだちゅーしてないっ!!」


 背中を押され、リングへと上る。遠くの方で、ぎゃあぎゃあと騒ぎ喚くティアの声が聞こえた気がした。


◆◇◆◇◆◇◆


 気が付けば、目の前には例の男が立っていた。トーナメントの決勝戦、一番離れたブロックからお互いにストレートで上がってきたのだ。当然のように無傷で、汗一つかいていない。


 俺は威嚇の意を込めて、ゴキッと首を鳴らしながら口を開く。


「一応聞いとくが、お目当てはなんだ?騎士団長様よぉ」


 その男は他の冒険者とは違い、無駄な筋肉が一切なくしなやかな体躯をしていた。しかし、所々に見える深い傷痕は歴戦の猛者であることをありありと示し、柔和な微笑みを浮かべるその顔は、一見優男にしか見えなくとも何処か触れてはいけないような危うさを匂わせていた。


「……君の奴隷、ティアと言ったか。が、お目当てだよ。えーと、鋼兵くん、だっけ?」


 男――――ディランはふわりと微笑み、ハッキリと鋼兵に向けて、宣戦布告ともとれる言葉を発する。


 予想外の要求に会場が一瞬ざわついたように見えたが、すぐにしぃんと静まりかえる。会場にいる全員が、皆一様に空気がぴぃんと張りつめ、空気がビリッ、と震えるような感覚を覚えていた。


 事実、鋼兵と対峙しているディランでさえ、表情に出さずとも、ビリビリと空気を震わせるほどの怒気に(おのの)き、頬を撫でる爽やかな一陣の風でさえ鋭利な刃物のように感じるほどに緊張していた。


 ディランに向けられる、火を見るより明らかな二つの強大な殺気。一つは当然、眼前にて修羅の形相を浮かべる鋼兵のものだ。観客達を恐れおののかせ口を閉ざさせているのは、鋼兵の殺気である。

 しかし、もう一つ――――――観客席の、美しい少女の膝の上。小さな、それでいて剃刀よりも鋭い眼光が、ディランを真正面、射抜いていた。


 メルは、下心込みではなく、悪戯っ子のイメージです。

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