27、母の悪戯
「ちょっとメルどういう事!?私が鋼兵さんの事好きなの、知ってるでしょ!?」
バンッと机に手を叩きつけ声を荒げるイリスを、メルがまあまあとジェスチャーで押さえる。
「だったら早くガッと行けば良いのに」
「私はメルみたいに思いきりが良くないの!それに、あんな突然……!」
実力が魅力と直結し、まず恋愛と言う概念が存在しないこの世界ではむしろメルが取った行動の方が一般的と言えるのだが、引っ込み思案で人見知りなイリスは昔からそんな風習に馴染むことができなかった。そうして、エルフとして生きてきた長い人生でここまで純潔を守れてきたわけだが。
「普通でしょ?鋼兵さんは強いし優しいし格好いいし。狙ってる人は山ほど居るんだから、攻めないとすぐとられちゃうよ」
実際、今私に先越されてるしね、と言葉を括ったメルに、イリスはぐうの音もでない。確かに、モタモタしていた自分が悪いのだ。
かといって、「じゃあ諦める」とスッパリ諦められるほどイリスは気が弱くもなかった。
メルはとても魅力的であるため、私がここでなにもしなければとんとん拍子で話が進み、やがて二人は結婚同棲妊娠出産……
悶々とした気持ちで好きな人と幼馴染みの間に産まれた子を抱くつもりはない。いや、きっと堪えられない。来る所まで来て、後がないならば取る行動は一つだろう。
「ちょっと私行ってくる……!」
「おー、がんばれー」
気合いの入った表情で店の向こうへ歩いて行くイリスの背中を、メルは手を振り見送る。そして、姿が見えなくなるとふぅと溜め息をついた。
「こんなもんでいいの~?」
「上出来。約束通りご飯タダね」
「やったぁ!ありがと、アイリスさん」
テーブルに約束の食事を置くと、メルは手を合わせて即座に食べ始めた。
どうやら、発破は上手く行ったようだ。後は、我が娘の根性次第。孫の顔を見れるかがかかっているのだ。頑張ってもらわなければならない。
「ところでメル。あんたは鋼兵狙いじゃないの?」
「んー?まだ結婚はいいかな。イル姉の想い人横取りなんてエグい真似する気ないし。それに」
「それに?」
アイリスが聞き返すとメルは一旦食事を止め、手に持った匙を気だるげに振りながら苦笑した。
「ティアちゃんが怖くてとても手ぇ出すなんて出来ないよ。」
「あー、ティアの嫉妬、凄いからねぇ」
同じく苦笑いしたアイリスに、メルはまたもや訂正をいれる。
「それもそうだけど、ティアちゃんが噛んで鋼兵さん痛がってたんだよ?歯形もガッツリ付いてたし」
「そりゃ噛んだら痛いし、歯形くらい……あっ」
メルの言う意味を理解したアイリスは珍しく驚きを露にし、目を見開いた。良く良く考えてみると、鋼兵にはメルの鋭く巨大な爪でさえ通らなかったのだ。それを、あんなに小さな少女が――――――
「……確かに、そりゃ怖いわ」
どうやら、あの不思議な少女もただ者ではないらしい。全く、うちの居候はことごとく厄介事を持ち込んでくる。
そうして、アイリスは今日何度目ともしれぬ溜め息を吐くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「告白する、告白する……!がんばれ私!」
鋼兵の部屋へと向かいつつ、イリスはぶつぶつと自己暗示をかける。何しろ、この長い人生で初めての事だ。緊張せずにはいられない。
「今日こそは鋼兵さんに……ッ!?」
やや俯き加減で歩いていると、突然何かにぶつかり歩行を妨げられる。マトモにぶつかりじんじんと傷む鼻を押さえつつ顔をあげると、そこには何故か鋼兵さんが立っていた。
「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫ですっ!」
大慌てで少し距離を置く。さっきまでの恥ずかしい呟きを聞かれていたらどうしようと言うネガティブな考えが思考をジャックするが、どうせ告白してしまえば一緒だろうとすぐに開き直った。
「……さっきのメルの、どうするんです?」
「あぁ、その件なら今から話しに行こうとしてた所だ。やっぱり断ろうかとな」
「何でですか!?」
思わず、自分でも驚くほど大きな声が出た。鋼兵さんも少し驚いている。
でも、仕方がないだろう。だって不思議でしょうがない。メルは美人で明るくて、……鋼兵さんの好みなんだから。
「……部屋でティアに言われちまったんだよ。やっぱり、ティアは寂しがってる。せめてティアが自立できるまでは、しっかり相手してやらねぇと」
ティアちゃんの為。何とも鋼兵さんらしい理由だ。しかし、私はそれでも引き下がれない。
待てと言うならエルフの私はいくらでも待てる。しかし、人間の時間は短く儚く、私が待っているだけで老いてしまうのだ。
「ティアちゃんが大人になれば、メルと結婚するんですか?」
「きっとその時にはもっと良い男捕まえてんだろ。それに、十数年も待ってる訳ねぇよ」
「私なら待てますよ。……いえ、待ちます。」
顔を見れず俯いていたからか、不意に言葉がポロリと零れた。一度私の口から滑り落ちた言葉は止めどなく溢れてしまう。
「……何年でも何十年でも何百年でも待ちます。待てます。そのためのエルフの寿命です。初めて店に訪れた時から好きでした」
下を向いたまま、感情のままに吐き出す。顔を見ることができない。それでも必死で言葉を紡ぐ。
「結婚するなら私を選んでください。私と、結婚してください」
……全て言ってしまった。反応はどうだろうか?顔を見れないのがもどかしい。が、同時に恐ろしくもあった。
しばらく待つが反応は帰ってこない。……やっぱり、玉砕か。
「……俺、部屋に戻るわ」
鋼兵さんは、突然ポツリとそれだけ言って踵を返す。
それはないだろう。思わず私は背中に叫んだ。
「フるならフッてください!!あんまりです!」
「……後ろ、見てみろよ」
「……!?後ろがどうか―――――」
勢いに任せ背後を見た私の体は、瞬時に硬直した。
「あ、バレちゃった」
「ヤバい。退散よ」
鋼兵は話の中盤から気づいていたのだが、イリスの告白によりようやくその意図を理解した。
壁の影から覗く二人組は、バレたとわかるとそそくさと逃げて行く。まるでドッキリ番組でも見せられているようだ。
「……嵌められた、ってことか?」
「……たぶん、そうですね」
「どこから」
「……母のすることですから恐らく、メルの告白から、です」
流れる沈黙。何とも言えない雰囲気。穴があるなら入りたい。
「まぁ今日の事は無かった事にして、明日からは普段通りに……」
鋼兵さんは私に気を使い、遠慮がちな笑みを浮かべそう言ってくれる。そして、再び部屋へと歩きだした。
ああそうか、優しいな。ここで黙って見送れば、全部無かった事になるのか。
―――――ふざけるな。私のなけなしの勇気まで無駄にされてたまるか。
「……待ってください!」
私の声に、想い人は振り返る。私はしっかりと、聞き逃されぬよう、真っ直ぐに目を合わせた。
「私の告白は本気ですから。待ちますよ?ずっと」
イリスは振り向き様に美しく微笑むと、呆気に取られる鋼兵を尻目に長い髪を翻し、店の方へと戻っていった。続いて廊下まで響いてきたのは、二人の爆笑。しかし、それはやがて悲鳴に変わり、最終的に全力の謝罪へと変化した。
ちなみにその間、鋼兵は未だに状況が理解できず、目を白黒させて廊下に突っ立っていた。長い間そうしていたが、ようやくでた言葉は
「……女って怖ぇえ……」
の、一言であった。
ラブコメタグが仕事しましたね。泥沼には(たぶん)なりません。
メルは噛ませ犬(狼)で終わるんですかねぇ?展開は遅いのでごゆっくりどうぞ~




