2、この娘、可愛い……
すたすたすた。
とことことこ。
ぴたっ。ぴたっ。
さっきから、少女は何故か俺の後ろを歩き続ける。歩幅も全然違うし、迷子になるかもしれないから俺も歩きにくい。それに、ここは町で一番でかく、人通りも多い道だ。背の低い少女だと前も見えず、転びやすい。どうせなら手を繋いでくれた方が楽なのだが、本人が頑なに首を横に振るこだからどうしようもない。無理矢理繋いで嫌われたくはないしな。
ずべしゃっ。
一応後ろを気にしながら歩いていたのだが、案の定おぼつかない足取りだった少女はなにもないところで見事にずっこけた。
「あーあー。服も汚れちゃって。」
服といってもぼろ布を巻いたようなものなのだが、服についた汚れをぱんぱんとはたき落としてやる。顔をみると、鼻の頭を少し擦っていた。目には大粒の涙を溜め、顔は真っ赤で小刻みに震えている。だが、自分の手をぎゅうっとにぎりしめ泣くのを必死で堪えていた。
しゃがみこみ、少女と目線を合わせる。
「……何で手を繋がないんだよ?」
そう尋ねると、しばらく言葉を探すように悩んだのち、ゆっくりとたどたどしい口調で口を開いた。
「ご、ごしゅじん、どれーさわる、だめ。きたないなる……」
カトコトだが、聞き取るのに何ら問題はない。なんだ、そんなことか。
「汚くなんて、ならねーよ。」
「ちがう、なる。おしえる、もらった!どれー、きたない」
教えてもらった?……誰にだ?あの店主はそんなことは言いそうにないし。……少し、調べる必要がありそうだ。
俺は、道のど真ん中にも関わらず、少女を引き寄せ、ぎゅうっと抱き締める。少女はひどく動揺し、あわてふためく。歩行者の視線も感じるが、俺に何かを指摘できるやつなどこの街には片手で数えるに事足りる程度しかいなかった。
「……これで、俺も汚いか?」
「ふぇえ……っ?」
手を離すと、少女は変な声を漏らした。
「お前が汚いってんなら、俺もこうやって汚れっちまえばいいだろ。今度は危なくないように、ちゃんと手を繋いで歩かなきゃな。汚れる以前に、お前が心配だよ。」
立ち上がり、再び手を差し出す。今度は、遠慮がちながらもしっかりと手を繋いでくれた。
転んでこの娘の服が汚れてしまったし、ひとまず向かうは服屋だな。
◆◇◆◇◆◇◆
「適当に、こいつに似合いそうな服を仕立ててくれ。五着くらいな。」
「はぁい、承りました!……いやぁ、可愛い女の子ですねぇ!それでは採寸しますのでこちらへお座りください!」
俺はとりあえず、目に入った老舗っぽい雰囲気の店に入ってみた。常に装備で身を包んでいた俺に、普通の服などわかろうはずもないからだ。
少女には、やけに明るい女店員の勢いに押され、終始戸惑い顔だ。手を引かれ、なすがままに椅子に座らせられる。
そして、全身をメジャーで計られ始めると、もう訳がわからないといったように涙目になっていた。
『わたし……ばらばらにされてうられちゃうのかなぁ?』
だが、そのようなニュアンスの不安であることは、誰も気づくことはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「──はいっ、採寸終わりです!」
三十分ほど経ち、全身くまなく採寸が終わった頃、少女は虚空を見つめ、絶望色に染まった眸から諦めきったかのようにただぼろぼろと涙をこぼすだけとなってしまった。どれだけ怖かったのだろうか。
「ほれ、もう終わったぞ。」
俺が頭を撫でると、ようやく意識を取り戻したかのようにはっとし、涙を拭って俺を見上げた。
「……なに、ぐるぐる?」
「服を作るんだよ。お前の服。とびっきり可愛いのになるぞ!」
「……ふく?」
少女は、自分のまとっているぼろ布を指で引っ張る。
「そう、服だ。」
俺は、ショーウィンドウに展示されているきらびやかな服を指差した。そちらへ視線を移した少女は、その大きな眸をかっと見開き激しく首を振る。
「だめ!たかい、いらない。これで、いい」
「そっちのがダメだ。せっかく可愛いんだから、可愛い服を着なさい。」
「うぅ……かわいいない。どれー、きたない。ふく、よごれる、やぁ……」
少女は、桜色に染まった頬をその小さな両手でぺたりと隠した。照れているらしい。可愛いなぁ……
俺が少女にでれでれしていると、店員から声がかかった。
「……お取り込み中、すみません。そのお洋服、汚れているようですけどお急ぎですか?」
「ん?あぁ、できれば急ぎの方がいいな」
「了解です!それなら、突貫工事で取りかかるので明日の昼にでも取りに来てください!残念ながら、その娘サイズで貸し出しの服はないんです。すいません……」
「おう。大丈夫だ。こちらこそ急がせちまって悪いな。よろしく頼む。……てことで、服は明日出来るそうだから、今日は帰るぞ」
俺が立ち上がると、少女もよいしょっ、と立ち上がろうとするが、腰が何故か上がらない。しばらく格闘し続けるが、どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「……抱き上げても、大丈夫か?」
恥ずかしそうにコクリと頷いたため、左腕に座らせるような形で抱き上げる。ちょうど、左肩辺りに頭がくる感じだ。
店を出て再び歩き始めると、少女から可愛らしい音がなった。
ぐきゅるるるる。
「…………。」
「……っ!……っ!!」
必死でお腹を押さえ、頬を真っ赤に紅潮させる。
次は、飯屋か。
……ん?いや、ちょっと待て。まず、何で俺奴隷買ったんだっけ?
……家事を、やらせるためだよな。洗い物とか、飯とか。俺に抱かれている少女を見てみる。背丈は俺の腰までにも満たないし、いかにもひ弱そうだ。
いや、家事が出来ないのは知ってたけどな……
……まぁ、いいか。後から考えれば。