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24、意外な人物


 翌日、早朝。俺は目を覚まし、もう一度もふもふの感触を味わおうと、隣で俺にくっついて眠っている狼に、目閉じたまま手を伸ばした。


 しかし、指先に触れたのはふかふかの毛並みではなく、想像とは全く違う生々しい柔らかな質感だ。余り筋肉のついていない、しなやかな、まるで人間の女性のような――――――――

 驚き、反射的に目を開いてしまった。視界を覆うは、一面の肌色。俺は即座に目を閉じた。


 改めて思い返してみよう。


 俺は昨日、狼と遊んでいたはずだ。あのあと疲れて眠くなってしまった俺は自分の部屋に移動して、俺に懐いてついてきた狼と寄り添って寝落ちした。そこまでは覚えてる。

 しかし、いくら思い返してもこの状況に行き着く想像が出来ない。


「どういう状況だこれ……」


 目を覚ましてみればあら不思議、一糸纏わぬ裸の女が俺にぴったりくっついて隣で寝ていたとさ。


 そんな馬鹿な話があるか。到底信じられず、もう一度恐る恐る薄目を開くも、一瞬で視界が肌色に埋め尽くされたため、瞬時に目を閉じた。

 取り合えず、この状況を人に見られたら不味い事だけはたし


「……失礼します。鋼兵さ……」


 ……終った。背後で突然ドアが開き、声をかけてきたイリスの声は言い切る前に固まった。傍目に見ればまぁ間違いなく事後にしか見えないだろう。


「……あの、鋼兵さん。起きてます?」


「……ああ、起きてる。いきなりで悪いが、言い訳してもいいか?」


「あー、大丈夫ですよ。分かってます。それは後で説明します。と言うかそれより重要なのは―――――――」


 俺はむくりと身体を起こし、イリスの方へ向き直る。幸い、俺まで服を着ていない何て事はなかったようだ。


「重要なのは?」


「……しちゃいましたか?」


「何の事だ?」


 まぁ大体の予想はつくが、念のために聞き返す。すると、イリスは手をもじもじさせながら頬を染め、消え入りそうな声で一言ポツリと呟いた。


「……えっち、です」


「してねえよ。ついでに言うと、怖くてまだ顔も見てないぞ」


 俺が返答すると、心なしか一瞬イリスの頬が緩んだ気がした。それは一瞬で元に戻ったが、気のせいだろうか。


「それならいいです。じゃ、取り合えず店にいっててください。私はその娘に服着せてからいくので。……あと、二人にはちゃんと謝ってくださいね?」


 ……二人?そう言えば、昨日ティアとアリスに何か言って、二人を泣かせてしまったんだった。何て言ったんだっけか。


 確か、ティア達が代わりに自分達のもふもふを触っても良いって言ったことに対して、俺は―――――――


「全部もふもふの方がいい。」


 とか言った気がする。……そりゃ泣くわな。しかも、そのあとティアには「嫌い」って言われて手を払い除けられた……


 思い返すと、かなりヤバイこと言ったな、俺。


◆◇◆◇◆◇◆


「―――――すまん!この通りだ!!」


「……やだ。おおかみさんのほうがすき、いったもん」


 店に行った俺は、ティアを見つけるなり即座に土下座で謝罪した。しかし、ティアはふいっと顔を背けたきりこちらを向いてもくれない。


「あれは魔が差したんだ!許してくれ!」


「いや!ぜんぶもふもふ、すき、いった!!ティアちがうもん!」


 困った事に、どうしても許してくれないようだ。まぁ、それだけの事を俺はしでかしたと言うことだろう。

 その時、少し離れたところでアイリスと話していたアリスが、足早に駆け寄ってきた。

 

「私だってショックだったんですからね。獣人が、尻尾とか耳とか触らせるって意味、わかってますか?」


 ……それも、思い返せば最近図書館で借りた図鑑で読んだ。


「……最大限の友好と親愛の証で、時には愛情表現……」


「そうですっ!私の場合は友好!ティアちゃんの場合は……その……とにかく!それを無下にするのはとんでもないことですっ!ティアちゃんなんて一晩中泣き明かしてたんですよ!?」


「うう……本当にすまない……」


 アリス、何だか最近やたらとアイリスに似てきてないか?ビシバシ言うところとか、謎の威圧感とか……


「それに!まずはそのベッタリこびりついた狼さんの匂いを落としてから来てください!そんなの、頬に他人のキスマークつけたまま妻に愛を囁くようなもんです!!」


 それはもう物凄い剣幕だった。気分は叱られる子供だ。まさか異世界に来てこの歳になってまで叱られるとは。

 おじ……お兄さん、ちょっとショックだなぁ。


「わかった……風呂いってくる……」


 そうして、俺はとぼとぼと風呂場へと向かった。流石にティアに嫌われるのはキツいし、今思うと何であんなこと言ったのか分からん。しっかり謝って許してもらったら、謝罪の意を込めてティアのもふもふを堪能しよう。

 そう心に誓い、俺はざばっと身体を流した。


◆◇◆◇◆◇◆


 風呂を上がり、匂いも何度も確認した。服も清潔なものに着替えた。そして、満を持して店の方へと向かう。

 するとそこには、意外な人物がいた。


「あれ?あんたは確か……服屋の?」


「あはは……どうも、お久し振りです」


 そこに居たのは、ティアの服を仕立てた店の店主だった。


「どうしてこの店に?」


 そう訊ねると、店主はキョトンとした表情を浮かべ、アイリスも驚いた様子。俺としては正直、なぜそんな反応をするのかさっぱりだ。


「……まだ気付きません?」


「ほんと、鈍い……」


「何だよお前ら?ハッキリ言えよ」


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、ティアを膝に乗せて頭を撫でていたイリスが遠慮がちに声をかけてきた。


「昨日の狼、この娘ですよ」


「……はぁ?」


 俺は完全に混乱した。イリスの言うことを鵜呑みにすれば、要するに昨日俺が撫で回してた狼はこいつで、俺は今朝全裸のこいつと添い寝してた事になる訳か。


――――――そう言えば、人間と動物の姿を行き来できる亜人が居ると聞いたことがあったような―――――――


 もう一度店主の方を見ると、店主は照れたようにカリカリと頭を掻いた。

 そして、すべてが頭の中で繋がった瞬間、早朝の街に俺の絶叫が響き渡ったのであった。



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