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23、突然の来訪者


 それは、とある日いつも通り皆での朝食が終わったときの事だった。ふいにアイリスが俺に声をかける。


「あ、鋼兵。悪いけど今日一日開けといて」

「ん?別に構わないが……」

「ちょっと面倒な客が来るのよ。今日は店も開けないわ。」

「ふーん……俺の手を借りるほどねぇ……」


 俺の膝の上では、ティアがもふもふの尻尾を振っている。一日俺と居られるのが嬉しいのだろう。ここ最近はティアといる時間を増やしてはいたが、それでも居ない日は多い。


「やったな、今日も一日一緒に居られるぞ」

「あたらしいえほん、よんでっ」

「おう、いいぞ。」


 俺とティアが部屋へと向かうと、後ろからパタパタと小さな足音が追いかけてきた。振り向くと、足元にはアリスが。


「どうした?」


「えっと、アイリスさんは準備があるから鋼兵さんに遊んでもらえって……」


「そうか。じゃあ、一緒に本読むか?」


「はい!ありがとうございますっ」


 そうして、俺達三人は部屋へと向かったのであった。


◆◇◆◇◆◇◆


 例の客とやらが来たのは、日が暮れてからの事だった。この日は真円を描いた美しい満月が空にぽっかり浮かんでおり、その時俺は客の居ない店のテーブルで、二人が言葉の勉強をしているのをぼうっと眺めていた。


「ごしゅじん、かけた!みて!」


「おー、上手になったなぁ」


 ティアが差し出したのは、拙い字が一生懸命に書かれた紙だ。その頭を撫でてやると、とろんっと何とも幸せそうな表情に変わる。


「あ、あの、私も良いですか……?」


 そう訊ねてきたのは、ティアに文字を教え、今のやり取りを眺めていたアリスだ。俺が手招きすると、嬉しそうに椅子を降りて俺の元までかけよってきた。


「いつも教えてやってくれてありがとな。」


「はふぅ……やっぱりなでなで、きもちいいです……」


 ティアとは少し違う栗色の癖っ毛を優しく撫でてやると、アリスはへにゃりと柔らかく微笑んだ。

 アイリスとイリスが忙しい時は俺がよくアリスの相手をしているから、俺とアリスは結構仲がいい。


 その時突然、店のドアベルが響いた。その場にいる全員が、ドアの方へと注目する。


「あれ、イリス?」


 入ってきたのはイリスだ。そう言えば、朝から何処かへ出掛けていたな、と思い出す。しかし、イリスは俺達を見つけると血相を変えて声を荒げた。


「逃げてくださいっ!」


 その直後、何やら馬鹿でかい物体が、イリスの横をすり抜け俺へと躍りかかった。突然の事で、その姿はよくわからない。


「ティア!アリス!俺の後ろに!!」


 叫んだ直後、強い衝撃が襲いかかる。どうにか膝から崩れ落ちるのを堪えるも、靴が木の床へめり込んだ。

 そして、俺が攻撃を食い止めたことで、相手の姿があらわになる。ティアに僅かに似た三角の獣耳、肉食獣特有の大きな前脚。大きく裂けた口から覗くのは、肉を引き裂くことのみに特化した牙。


 ――――――その姿はまさしく、かつて図鑑で見た狼そのものだ。


「……躾がなってねぇな。うちのティアのが利口だぞ」


 床から足を引き抜きつつ、肩を万力のような力で押さえつけている巨大な爪を持ち上げる。まさか力負けするとは思っていなかったらしい狼は、一瞬怯んだようだ。


「……お座り」


 決して大きい声ではない。だが、確実に耳に届く重低音。それは、命令と言うには余りにお粗末な『威嚇』であった。狼も流石は獣である。真っ向から戦えば確実に負ける(死ぬ)事を一瞬で悟った結果――――――――


 驚くべき事に狼は、腹を見せその場にごろんと寝転んだ。命令とは違うが、それは獣にとって最大限の服従のポーズである。


 敢えてここで言っておこう。この世界には、純粋な獣は存在しておらず、その代わりに大多数を占めているのはティアのような獣人だ。

 更に、鋼兵は元の世界に居た頃から重度の動物好き(ケモナー)である。正直言って動物の居ないこの世界は鋼兵にとって、ある意味結構キツかった。しかし、目の前に腹を見せて寝転んでいるのは間違いなく純粋なでかい犬()だ。

 そして、鋼兵の思考回路はショートした。


「ああああっ!!犬だぁあ!!全身もっふもふ!!」


 鋼兵は、周りの視線など意にも介さず目の前の腹に抱きつき、頬擦りをした。ここに客がいれば、ティアの件など比にならぬほどにドン引きされたであろう姿だ。


「あら、来たの?……って、何してんのよ鋼兵…」


 店の奥から出てきたアイリスも、その鋼兵を見てかなり引いている。しかし残念ながら、すでに鋼兵の目に辺りの様子は写っていなかった。


「可愛いなぁ……!」


 起き上がった狼の顎の下をわしゃわしゃと撫で、頬をベロンっと舐められた鋼兵は、普段ティアに見せる顔よりもデレデレだ。そして狼も、撫でられたことで大きな尻尾をブンブンと振り、まるでただの人懐っこい犬のように鋼兵に擦り寄っていた。


―――――――――


「アイリス、そんで俺の仕事ってのはなんなんだ?」


 数分後、ようやく落ち着いた鋼兵は、テーブルに座ってアイリスと話していた。そこにはイリスも同席し、ティアとアリスは離れたところで固まっている。そして、狼は鋼兵の足元に大人しく待機していた。


「いや……あの狼、私達の知り合いなんだけど、狂暴で私たち以外にはすぐ襲いかかるのよ。だから、丈夫なアンタに相手して貰おうと思って……」


 そこまで言って、アンタなら問題なさそうね。とため息を吐いた。その時、離れていたティアとアリスが、鋼兵に近付いてくる。


「……だめなの?」


「ん?どうした?」


「ティアのおみみとしっぽじゃ、だめなの……?」


「そうです……私のでよければ、いくらでも……!」


 二人は涙目でそう訴えかけた。しかし、鋼兵はあっけらかんと驚きの発言をする。


「お前らのもいいけど、やっぱ全部もふもふには負けるよなぁ」


 鋼兵は、何の気なしにそう呟いた。その台詞にイリスは目を丸くし、アイリスは呆れたように再びため息を吐く。そして、ティアとアリスは、ダムの決壊の如く大号泣してしまった。


「……!?お前ら、どうした!?」


 鋼兵は、理由を本気でわかっていない。そして、なだめようと伸ばした手が、初めて払い除けられた。


「ごしゅじん、きらいっ!もぉやらぁ……!」


「酷いです……!あんなに撫でてくださったのにっ」


 流石に、手を払われた後のこの台詞は心に刺さるものがある。


 イリスはティアを、アイリスはアリスを抱き上げて部屋へと向かう。そして、アイリスもイリスも今まで向けたことのないような、蔑むような視線を残していった。

 その時突然、狼が立ち上がって鋼兵の頬を慰めるようにぺろっと舐める。


「……慰めてくれんのか?」


 そして、鋼兵はやけくそとばかりに、一晩中狼とじゃれあったのであった。




 新キャラ登場と言うかなんと言うか……

 まぁ、正体はわかる人にはすぐわかる。結構前から書きたかったんですよね、この話。

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