22、甘えたがり
あの一件から、何故かやたらと俺に店の客が話し掛けてくるようになった。
それは大抵クエストの同行依頼などで、俺もアイリスからの依頼があるためそれの消化目的もあり、頼まれればだいたい受けることにしている。
そうなれば当然、今までなかった他の冒険者との交流も増え、今では店での食事や酒の席に同席することも多くなっていた。
しかし、そのせいで最近はティアと過ごす時間が大幅に少なくなっていき、その代わりに俺がいる間の甘え方がより強くなっていった。そして、俺ももう遠慮する必要性がないため、人目を憚らずティアのおねだりを受け入れていた。
「……おっと、ただいま、ティア。」
「おかえり、ごしゅじんっ!」
今日もクエストの同行依頼があり、随分夜遅くなってしまった。帰るとすぐさまティアがパタパタと駆け寄ってきて、抱きついてくる。俺もしゃがみこみ、頭をわしわしと撫でた。ティアは嬉しそうに目を細め、自然と俺の表情も緩む。
「今日もお利口にしてたか?」
「うん!ちゃんとおべんきょうもしたし、おみせもてつだった!」
俺が図書館で借りてきた本のなかには、ティアのための絵本もあった。最近はアリスに教わりながらその絵本を使って毎日熱心に言葉を勉強しているのだ。
「そうか、がんばったな。」
「うん、ぎゅーしてっ」
再びわしわしと頭を撫でてやると、少しはにかみ、両手を広げておねだりしてきた。俺はティアのおねだりを受け入れ、その小さな身体をぎゅうと抱き締めてやる。そうしてやるとティアは身体を弛緩させ、ほぅ、と幸せそうに息を吐いた。
そのまま抱き上げ、部屋へと向かう。ティアはその間も、時間が勿体ないとでも言うかのようにすりすりと身体を擦り寄せてきた。
「ごしゅんじん、あしたは……?」
ティアをベッドに降ろし装備を外していると、ティアが遠慮がちに訊ねてくる。ここ最近は俺の外出中もぐずることは無くなったが、やはり寂しいのだろう。
「明日は、一日空いてるからな。ずっと一緒に居れるぞ?」
着替えた俺が隣に座りながらそう返すと、その表情に途端にぱあっと光が差し、立ち上がって俺の首に抱きついた。
「ごしゅんじん、だいすきっ!」
突然、頬にちゅっ、と柔らかい感触が。俺が驚きティアの方へ顔を向けると、怒られると思ったのか獣耳をぴくりと反応させ、やや距離をおく。そして、俺の顔色を伺うように、恐る恐る訊ねた。
「……いや、だった?」
恐らく、この行動は喜びの余りと言ったところだろう。当然嫌なわけがない。と言うか抱き締めたい気持ちで一杯なのだが、今抱き締めれば感極まって力加減を間違えそうだ。それほどまでにティアは、細く小さく柔らかくて、か弱い。
仕方なく、俺はティアの頭を手で引き寄せ、そのさらさらの前髪を手でかき上げた。
「……ひゃうっ!」
今度こそ怒られるのかと思ったのか、ティアは肩をビクッと縮こまらせ目をつぶる。俺は、その白くすべすべな額に、お返しとばかりに優しく口付けた。
しかし何故かティアは俺が顔を離してからも俯いたまま固まり、顔を上げない。ようやく動き出したかと思えば、緩慢な動作で額に小さな手をぺたりと当て、顔を上げると呆気に取られたような表情で俺の顔をじっと見つめた。
「えっと……嫌だったか?」
心配になり訊ねるも、ティアはふるふると首を横に振る。
「……じゃあ、どうしたんだ?」
そう訊ねると、今度は無言で、再び俺に抱きついた。今度は俺の膝の上に座って身体に抱きつく形で、俺にぎゅうぎゅうと顔を押し付けている。何を考えているのか判らない俺は、取り合えず丁度胸板辺りにある頭を撫でた。
それでも反応は返ってこない。が、そのもふもふの尻尾が千切れんばかりに振り回されている事に気がついた。
なるほど、そう言うことか。
「なに照れてんだ?ティア」
悪戯っぽく俺がそう言うと、ゆっくりと顔が上がり、目が合う。ティアは蒸気が出そうなほどに顔を真っ赤にし、ぷくっと可愛らしく、拗ねたように頬を膨らませていた。
「だって、いきなりっ」
「ティアもいきなりだったろ?」
「でもっ……うぅう……」
言葉に詰まったティアは、もう一度ぐりぐりと頭を押し付けた。行動は拗ねているのに、今だに尻尾は振られているのがあまりにも可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「わらわないでっ!」
「だって可愛いんだもんよ」
「……ッ!もう、やめてぇ……」
思わず口をついた本音に、ティアは両手で顔を覆い隠してぽてん、と俺にもたれ掛かる。優しく撫でてやると、拗ねながらも甘えるように身体を擦り寄せた。
ティアを抱き、そのままベッドに寝転がる。
「明日は何がしたい?」
「……えほん、よんで」
「おう。他には?」
「おそとであそぶ……あと、べつのえほん、ほしいな」
「いいぞ。一緒に本屋さん行こうな。」
「あと……」
そこでティアは顔を上げ、真っ直ぐ俺と視線を合わせる。そして、遠慮がちにだが、はっきりとこう言った。
「あしたは、ティアだけといて?ほかのひと、だめ。あしたは、ティアだけ……おねがい」
この願いには、ティアの切実な思いが込められているのだろう。思えばここしばらくティアとは夜しか居られなかったし、我慢して今までは前のようにぐずりはしなかったが、随分寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。
「……もちろん。明日は二人っきりで、一日中一緒にいれるぞ。一杯遊ぼうな。」
「……!うん!だいすき、だよ。ごしゅじん……」
ティアは俺にしがみつき、既にうとうとと微睡み始めている。俺もその温もりに、睡魔が押し寄せてくるのを感じていた。優しく包み込むように抱き寄せる。
「あぁ、俺もティアの事大好きだ。明日は朝から遊ぼうな。だから今日はもう、おやすみ、ティア」
「うん、おやすみ、ごしゅじん……」
そうして、ティアは鋼兵の温もりと大好きな匂いに包まれ、鋼兵はティアの規則正しい寝息と鼓動を感じながら、深い眠りに落ちていったのであった。




