21、最強冒険者の、意外な一面。
「―――――で、こうなったわけか……」
店のカウンターで椅子に座る鋼兵の膝の上では、ティアがぎゅうっとしがみつき、しゃくりあげながら甘えるように身体を擦り寄せていた。鋼兵は、宥めるようにその背中を撫でながら、イリスへと訊ねる。
「ごめんなさい!突然泣いちゃうとは思わなくてっ!」
つい先程まで、先に帰ってきていた鋼兵は店のカウンターで飯を食いながら図書館で借りてきた本を読んでいた。その時、突然大号泣するティアを抱えたイリスが大慌てで飛び込んできたのだ。そして、今に至る。
「いや、任せたのは俺だしな。気にしないでくれ」
「……鋼兵さん、なんだか嬉しそうですね?」
イリスの指摘通り、内心鋼兵は大喜びしていた。今日一日、とうとうティアが自分から離れてしまったのではという考えが頭から離れず、落ち込み続けていたのだ。
それが、自分が居ないことを寂しがって大号泣。喜ぶべきではないのは理解しているが、喜ばずには居られなかった。
本来ならば、今すぐ頭を撫で繰り回し抱き締めてやりたいくらいだ。しかし、店では他の冒険者の目もある。自分は一応『最強』の名を冠しているゆえ、下手に情けないところを見せるわけにはいかなかった。
「そんなことねぇよ?まぁ、今日は疲れたから、部屋に戻ることにする。おやすみ」
「え?まだ早い時間ですけど……」
イリスの言葉など意に介さず、鋼兵はしゃくりあげるティアを抱きあげると、あっという間に部屋の方へと消えていった。
不思議そうなイリスの後ろで、ニヤリと意地悪く笑ったのはアイリス。それは、ただのその場での思い付き。
―――――少し、悪戯してみましょうか。―――――
そして、アイリスは客の前に立つと、たった一つの言葉で、全ての客の心を掴んだ。
「鋼兵の意外な一面、知りたい人いる?」
その一言に、一気に店がざわつく。仕事においてストイック、鬼神のような強さを誇る鋼兵しか知らない冒険者の面々。それらの興味を引くのには、それは十分すぎる一言であった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……ごしゅじん、おこる……?」
部屋につきベッドに腰かけると、ティアは少し赤くなったうるんだ眸で、不安そうに鋼兵を見上げた。
ティアのなかでは、「奴隷にも関わらず我が儘を言ってしまった」と言う不安が、今更になって激しく渦巻いていたのだ。
当然、鋼兵はティアのことを奴隷などとは全くもって思っていないのだが、自らを奴隷と考えるティアは鋼兵に見捨てられることを最も恐れる。そして、先程から鋼兵が一言も言葉を発さないことで、その不安はより大きく膨らんでいた。
一方、鋼兵の思考。
これまた当然のごとく、「ヤベェ可愛すぎる」一色である。ティアが寂しがって泣いてしまった事実。そして、先程の涙目上目遣い。その全てが、見事に鋼兵の心臓を打ち貫いていた。ティアと暮らしてきたこの期間で、とうに鋼兵は一人の強大な『親馬鹿』へと変貌していたのである。
「……ティアは、寂しくなって泣いちゃったのか?」
「……ごめ、なさい……ごしゅじんいない、こわくてっ」
不安で一杯の表情、今にも再び泣き出してしまいそうな震え声。ぷつりと、鋼兵のなかで何かが断ち切れる音が響いた。所謂、我慢の限界である。
「……わけないだろ……」
「……ふぇ?」
「俺がティアを怒れる訳ないだろうが!」
鋼兵は、そう言ってティアを突然ぎゅうっと抱き締めると、頭をわしゃわしゃと撫でまくった。当然、その声音に怒りの色は一切含まれていない。それ故、ティアは更に混乱した。
「あーもう、可愛いなぁお前は!何で俺が怒るんだよ?むしろもっと好き勝手言ってもいいんだぞ?」
その柔らかな頬を両手でむにっと挟み込み、親指で濡れた目元を優しくぐしぐしと拭ってやる。泣き腫らした目はかすかに赤く充血していた。
「……ティア、わがままいうした、わるいこ……おこる、しない?」
「我が儘?むしろしなさすぎだ。もっとおねだりしていいし、欲しい物とかあったら遠慮せず言えよ?」
「でもっ、ティア、どれいだよ……?」
これまで以上に、もっと甘えたい。そういう気持ちはティアにもあったが、自分は大金で買い取られた商品だという事実だけが、ティアの行動を邪魔していた。
鋼兵のそのあまりの優しさに、ついつい甘えてしまうこともあったが、その後には毎回後悔が付きまとっていた。
だが、鋼兵は意図も容易くティアの壁を取り払う。
「お前を奴隷だなんて思ってねぇよ。そう思ってんならさっさと首輪つけて、小さかろうが何だろうが無理矢理働かせてるかもしれないだろ?俺が、そんなことしたか?」
鋼兵と出会ってからの日々を思い返し、ティアは迷いなく首を横に振った。
「だから、俺に遠慮はいらん。して欲しいことは何でも言え。したいことは何でもしろ。何なら、これは命令だ」
「……ごしゅじんん……っ!」
がたん。「うわっやべぇっ!」
感極まったティアの眸から涙がこぼれるその刹那、ドアの方から物音と、複数人のざわつきが。ティアは驚きぴくんと小さく跳ねると物音の方向を凝視し、鋼兵はつかつかとドアの方へ歩み寄ると、一気に開け放った。
ドサドサと部屋に知り合いの冒険者の面々が雪崩れ込む。それらが顔をあげれば、無表情で仁王立ちした鋼兵が。その瞬間、多くの者は死を覚悟した。
「お、おう、まあ落ち着いてくれ。これは違くてだな?」
「主犯は誰だ……?」
弁解は耳に届かず、その問いに全員の指先はある一点を指差した。その先にいるのは、当然のごとくアイリスだ。うつむき口を押さえ、ぷるぷると震えている。
「どういうつもりだてめ」
「ぶはぁっ、あっはははっ!く、苦しいっ!!」
アイリスには絶対に勝てない。それを知った上での精一杯の凄みは、アイリスの大爆笑に掻き消された。
「あ、あんた、デレすぎ……てか、あんな声出せたの……!」
アイリスは笑いすぎて身体をくの時に折り曲げ、目の前の冒険者の山からも、我慢できずに吹き出す音がいくつか聞こえる。
そして、鋼兵はこれまでの会話を全て聞かれたのだと悟り、その場にがくりと膝をついたのであった。
デレデレです。暴走しました。(鋼兵が)
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