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20、始めての別行動。




 ティアは、イリスに手を引かれ到着した目的地を前に、驚きを隠せずにいた。ドアの上にかかる古びた看板、店全体が纏う老舗の雰囲気。自分は間違いなく、ここに来たことがある。

 そう、イリスの目的地とは、鋼兵と出会った初日に、ティアの服を仕立てに訪れた店そのものであった。


「ここの今の店主がね、私の幼馴染みみたいな子なんだ。ちっちゃい頃からお世話したげてて」


 そう言って、イリスはドアを押し開け慣れた足取りで店内へ入っていく。しかし店内には誰もおらず、良く響くドアベルがより静けさを引き立てているようだ。

 そんな中、イリスは自分の腕にしがみつき震えるティアに気がついた。その眸には微かに涙まで滲んでいる。


「……どうしたの?」


「ぐるぐる、こわい……」


 イリスの頭に疑問符が浮かぶ。実はティア、この店で採寸した事で、全身を謎の紐でぐるぐる巻きにされたと言うトラウマを持っているのだ。

 ティアは未だにあれが採寸であった事を知らず、脳裏でその光景を思い返しながらまたされるのでは、と怯えていた。しかしイリスは当然それを知らず、店の奥へと声をかける。


「メルー?お弁当持ってきたよ」


「久しぶり、イル姉。お腹すいたぁ……って、あれ?」


 呼び掛けにより程無くして店の奥から現れた店主。ティアは驚き全身の毛を逆立て、即座にイリスの後ろへと隠れた。そして、ティアを発見した店主は不思議そうにティアを指指し、イリスに訊ねる。


「……どうして、ティアちゃんがイル姉と一緒に居るの?」


 その店主の問いに、イリスも首をかしげ、疑問を返した。


「……なんでティアちゃんの事知ってるの?」


 二人は驚き顔を見合わせ、その視線はティアへと移動する。そして、二人の視線の先で、ティアは更に怯えて身体を縮込めたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆


「――――はい、ティアちゃん。あーん」


 ……はむっ、むぐむぐ……


「おいし?」

「おいしい……」


 ティアは弁当を分けてもらったことであっという間に胃袋を掴まれ、今ではあれほど怯えていた店主の膝の上にちょこんと腰かけていた。胃袋を掴まれてさえしまえば、ティアはかなりちょろい。

 自身も、「あれ?前にもこんな事あったような」とは思うものの、目の前に美味しそうなご飯を差し出されれば食い付かずには居られないのだ。食欲の前には警戒心も職務を手放してしまう。


 そして、昼食も食べ終わり一段落ついたところで、店主――――メルは、ニヤニヤしながら顔をあげた。


「それにしても、居候に来たって言う意中の相手が、まさか鋼兵さんだったとはねぇ?」


 イリスはその言葉の意をやや考え、気付いた途端に一気に頬を朱に染めた。

 普段から度々会って相談をしたりする仲の二人は、当然プライベートな相談を持ち込むこともしばしばある。その件でイリスが興奮気味にこの店に駆け込んだのも、まだ新鮮な話だ。


「ティアちゃんの前で何言うの!?ち、違うからね!?」


 好奇心に溢れニヤついたメル。そして、「ヤバイ」と明らかに浮かんだイリスの視線の先で、ティアは可愛らしくこてん、と首をかしげた。


「……いちゅーって、なぁに?」


 単純に、ティアの語彙の少なさに助けられたと言って良いだろう。更に、満腹のティアはメルの膝の上でこっくりこっくりと船を漕いでおり、瞼もほとんど落ちかけていた。イリスはほっと息を吐き、ほぼ平坦な胸を撫で下ろす。


「いや、忘れていいよ。眠いならこのまま寝る?」

「んぅ……ねるぅ……」


 メルの提案を素直に受け入れたティアは、メルの胸にぽふん、と顔を埋め、普段鋼兵にするようにすんすんと鼻を鳴らした。


「……やぁらかい、いいにおい……おかぁさん、みたい……」


 そして、その言葉を最後に、聞こえるのは寝息のみとなる。しかしメルは驚いたような表情で、穏やかに身体を上下させるティアを見つめ続けていた。


「どうしたの、メル?」


「……ティアちゃんのお母さんって、たぶん獣人だよね?」


「そりゃそうだろうけど……あっ」


 当然メルには獣の耳も尻尾も生えておらず、かといって耳も尖ってはいないが、その問いの真意に気づいたイリスの表情にも驚きの色が浮んだ。しかし、それはすぐに訝しげなものに変化する。


「……考えすぎじゃない?」


「んー、まぁどっちにしろ、近々分かることだけどね。」

「そっか、あの日(・・・)、もうそろそろかぁ……」


 そう呟き二人が見上げた窓の外では、太陽が落ち、迫り来る夜の藍の中で、ほぼ真円に近づいている月がうっすらと浮かび上がり始めているのであった。


◆◇◆◇◆◇◆


 それから暫く時間が経ち、メルの胸で眠っていたティアは、ゆっくりとまぶたを開き、むくりと身体を起こした。


「お、ティアちゃん起きた?」


 ティアは掛けられた言葉を完全に無視し、またもや鋼兵にするように肩口に顔を埋めると、困惑するメルには目もくれず、すんすんと匂いを確認し始めた。そして、緩慢な動作で顔を離すと、メルの顔をじぃっと見つめる。


「……ちがう……」

「え?」

「ごしゅじん、ちがう……っ」


 ティアの銀色の眸には、すでに限界まで貯まった涙が。更に周りを見渡し、鋼兵が居ないことを確認する。しかし当然そこに鋼兵は存在せず、とうとうティアは肩を震わせしゃくりあげはじめてしまった。


「ごっ、ごしゅじんっ、どこぉ……」


「あああ、やばい!!イル姉、どうすんの!?」


「とっ、取り合えずもう帰るね!お弁当箱は次来るときでいいから、じゃあねっ」


 そうしてイリスは慌ただしく店を出ていったものの、程無くして遠くの方から大きな泣き声が聞こえ、それは夜の街へと響き渡っていったのであった。


 展開が一気に変わると、やっぱり読者の方々は離れてしまいますかね……?

 まだ暫くはほのぼのです。まだ、暫くは……

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