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19、三人で街へ


 最近、ティアには新しい、重要な仕事ができた。


 それは、鋼兵の番犬―――――鋼兵は気付いていないようだが、実は鋼兵この世界ではかなりモテるのである。

 それもそのはず、理由は単純に『強いから』。獣人、亜人が人口の過半数を占めるこの世界では、ルックスよりも性格よりも、何より強い子孫を残すための実力が重視されるのだ。


 更に、近々あると言う婚姻祭に向け、鋼兵に出来るだけ印象を残しておきたい女性も多い。中には直接店を訪ね、部屋にまで来る猛者もいるくらいだ。


 そして、それを防ぐのがティアの仕事である。しかし、何より厄介な伏兵は身近にいた。


「……何でティアちゃんそんなに睨んでるの?」

「……なんでもない、ですっ」


 それは、店の看板娘であり、店主アイリスの娘でもあるもっとも身近な存在、イリス。豊満でないが、すらりとしたスレンダーなスタイルは、到底ティアに勝ち目はない。更にそのルックス。少しキツい印象を受けるアイリスとそっくりでありながら、それをマイルドにした柔らかい雰囲気。

 そして何より、明らかに鋼兵に好意を持っている。


 その他の獣人や亜人は、大抵がティアによって念入りに匂い付けされた鋼兵を見れば、顔をしかめて逃げて行く。相手ティアが幼いとは言っても、ここまで明確に主張されれば、本能で近寄りたくなくなるらしい。

 そうして、ティアはこれまで常に鋼兵を独り占めしてきたわけだが、エルフであるイリスには縄張り主張が通用しないようで、ティアの領域にづかづかと踏み込んでくるのだ。鋼兵も別段嫌がっている訳でもないから、昨日のアリスの件同様にティアにはそれ以上どうすることも出来なかった。


「お、居ないと思ったら部屋の外に居たのか。おはよう」

「ん、おはよ、ごしゅじんっ!」


 鋼兵に向ける笑顔はいつでも最高のもので、部屋を出てきた鋼兵に両手を伸ばして抱っこをせがんだ。そして、鋼兵も当然のように抱き上げる。

 ティアを抱く腕に昨日のアリスの匂いが少しだけ残っていることに気づき、身体をごしごしと擦り付けた。


「ティア、今日は図書館に行くけど、お前もくるか?」

「……!うんっ、いく!」


 久し振りの二人きりのお出掛け。前回は服屋のお姉さんやら見世物小屋やらで滅茶苦茶になってしまったが、今度こそは最後まで独り占めで甘えきれる!と、思ったのも束の間。


「鋼兵さん、図書館行くなら私もご一緒して良いですか?幼馴染みの店が忙しいらしくて、弁当届けるように頼まれて。」


 噂をすれば何とやら、話しかけてきたのはイリスだ。


「ん?別にいいけど、俺といると(男連れだと)勘違いされるかも知れないぞ?婚姻祭の準備で屋台も出てるし、人も多い」


「何を勘違いされるんです?」


 キョトンとして聞き返したイリスは、どうやら本気でわかっていない様子だ。


「……わかった。じゃ、準備出来次第行こうか」


 鋼兵は、ティアがあまり良い顔をしていない事には気づいていた。しかし、鈍い鋼兵はそれを単にティアがイリスの事を嫌っているのだと思い込み、仲良くなって貰おうとの事で快諾したのだった。


◆◇◆◇◆◇◆


 最初はイリスが来る事にしかめっ面をしていたティアだが、結果的に言うと――――――


「はいティアちゃん、あーん」


 ……はむっ。むぐむぐ……


「おいし?」

「ん、おいしいっ!」


 あっという間に、仲良くなっていた。今は、二人の要望で俺が買ってきた屋台の串焼きを、イリスがティアに食べさせているところだ。何なら、俺の方が蚊帳の外状態である。

 仲良くなったのは良いことだが、流石に寂しいところがあるぞ……


「あ、お口にタレ付いてる……」


 そう言ってイリスは、ティアの口許をハンカチで拭った。ティアもされるがままだ。こんな感じで、イリスに優しく世話されているうちに、あっという間に溶け込んでしまったらしい。


「私、ティアちゃんに嫌われてると思ってたよ……よかったぁ」


 イリスがそう言うと、ティアは一瞬ハッとして考え込んだ。今気づいたと言うことは、本心から楽しめていたようだ。


「……イリスおねぇちゃんは、いいひと……だけど……むぅ……」

「あまり深く考えんな。ティアは今日楽しいか?」


 ティアは迷いなく頷く。それに安心した俺は、その白銀の髪をわしゃりと撫でた。


「じゃ、それで良いんだよ。目一杯楽しめ」


 俺の言葉に納得した様子のティアは、深くこくりと頷いた。そして、ティアは今日も人混みを理由として俺の腕に抱かれていたのだが、俺と出会ってから初めて、降ろして欲しいと言ったのだった。


「危ないぞ?大丈夫か?」

「うん……おねぇちゃんと、て、つなぎたい……いい?」


 イリスは、ティアの突然のデレにやや戸惑ったようだったが、伸ばされた小さな手を遠慮がちに握る。その姿はまるで仲の良い姉妹だ。

 ティアが心を開くのは、俺の時もだったが結構突然のようで、またひとつ成長したのが喜ばしくもありつつ、俺はいよいよ仲間はずれらしい事に気づいて肩を落とした。


「じゃ、俺はそろそろ図書館に向かうよ」

「あっ、え?ティアちゃんは」

「子供が図書館なんて行ってもつまんねえだろ。幸い慣れたみたいだから、ティア頼む。適当な時間になったら先戻っててくれ」

「それは構いませんが……ティアちゃん、それで大丈夫?」


 ティアは何の迷いもなく、屈託なく頷く。


 ふふふ……もう俺の出番も終わりかな……?


 そうして、俺と二人は別行動を開始したのだが、仕事以外でティアがいないのはここ最近で初めてだ。しかし残念ながら、全くもって清々したりはしないようだった。


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