1、奴隷を買いました。
ギルド脱退やらなんやらの手続きも済み、特に宛もなく街をぶらつく。
普段ならばとっくにダンジョンへ潜っている時間帯、なんの用事もないのは久し振りだった。
──さて。有名冒険者から一転、ちょっと金持ちの一般人になったわけだが。
なんだかんだ言って、一番大変なのは家事だろう。
異世界に来てからは住居はギルドに住み込みで、ひっきりなしに任務に出るため、自然と外食ばかりになった。そのせいで、家事の類はなにもかもさっぱりだ──となると。
「……奴隷、か。」
この世界には、奴隷文化が存在する。奴隷とは、主に動物とはまた別の動物因子をもって産まれた人種、『獣人』のことだ。
彼らは、商品として売買される。故に、雑用とかをやらせるのには丁度いい。
いくらで買えるのかと言うと、多少幅はあるが大抵が地球換算で十万円程度。そこそこ名の知れた冒険者ならば、それなりに気軽に買える値段設定となっている。
ちなみに俺は、冒険者として稼いだ収益をほとんど使わずに貯蓄し続けたため、一財産を築いたと言える程度には蓄えがあった。
考えを固め、何にせよ奴隷は買っておこうかと、奴隷専門店へ足を運ぶ。
辿り着いたのは、建物と建物の間に挟まれた、寂れた様子の店だった。まぁ、仕事ができればそれで良いだろうと、なんのこだわりもなく入ってみる。
「いらっしゃい。……ん?あんた……」
頬杖をついてカウンターに座っていた店主が、俺を見て姿勢を正す。俺が辞めたのを知ってか、単純にそういう主義なのかは定かではないが、やはり商売人。客は贔屓しない質のようで、別段媚を売りもせずに接客してくれた。
「今回はどんな用件で?」
「ああ、家事をさせる奴隷が欲しいんだ。」
奴隷にも色々な種類があり、労働奴隷や、身の回りの世話をさせるメイド用奴隷。加えて、声を大にしては言えないが、性奴隷などが主なところだ。
今回の場合、目的は家事のため選ぶ奴隷は一番ポピュラーなメイド用奴隷となる。
「ほら、カタログだ。奥の檻にいるから、気になった奴の情報を見て選んでくれ。」
店主は俺に冊子を手渡すと、店の奥へと消えていった。俺もそのあとに続くと、整然と並べられた十数個の檻が目に入る。
「そっちは性奴隷の区画だ。んで、こっちが労働系。それ以外は普通の奴隷だな。好きに選ぶといい」
「ああ、ありがとう。……随分と商品の質がいいんだな。みんな健康そうだ」
「当然だ。念入りに健康管理してるからな。その分、管理に金をかけすぎてずっと赤字続きだよ」
多種多様な檻の前を見て回る。
──労働奴隷は男のみか。性奴隷は、総じてスタイルがいい。普通の奴隷は……まぁ、普通だ。
「どうせ買うのは女だろ?安心しな。ちゃんと全員生娘だからよ」
店主はさらりといい放つ。奴隷は、生娘か否かも価値を大きく分けるから重要なところ、らしい。
病気がどうのと聞いたことがあるが、異世界にも性病があるのには驚いたものだ。
「んー、どれも捨てがたいな。……こいつは、猫の獣人か。」
檻に記されている番号のページをパラパラとめくる。
種族 猫の獣人(7)♀
名前 なし
性格 明るい 人見知りなし
言語理解 8
値段 二十万円
「ほう、言語理解が高いな。一般会話は出来るのか?」
「ああ。普段はもっと饒舌なんだがな。今日は緊張してるみたいだ。檻から出してみるか?」
「いや、まだいい。もう少し見て回るよ」
更にうろついていると、先程の檻の隣に、隠すようにして置いてある、他の檻よりやや小ぶりな檻を発見。
──そして俺は、その獣人に目を奪われた。
檻の中で、女の子座りでぺたんと座り込む、白銀の髪をした少女。頭には大きな獣耳、腰からはフワフワの中太な尻尾が生えている。
その少女は、檻の前に立つ俺を見上げ、怯えるようにふるふると震えていた。
種族 銀ぎつね(5)♀ 稀少種
名前 なし
性格 人見知り(強)引っ込み思案
言語理解 3
値段 百五十万円
うぉお、めちゃめちゃ条件悪い……
「言語理解3っつーとどんなもんだ?」
「単語はわかるが、会話は難しいな。単語を並べる位ならできるやもしれんが、そいつはやめとけ。条件が悪いし、まだ小さいから家事なんてできねぇぞ?貴族の観賞用がやっとだろ。稀少種だから値も張るし。」
この時点で、俺の脳内でこいつを買うことは既に決まっていたのだが、さすがに百五十万は高い。
──少しばかり、値切ってみるか。
「この悪条件だと、流石になかなか売れないんじゃねえか?ちなみに、売れないとどうなる?」
「……三年も売れねぇと、見せ物小屋か娼舘に売り飛ばされるな。こいつは既にウチに一年は居る」
「そりゃ可哀想だな。ちなみに、俺は今日、こいつを買える程度の金は持っているんだが……」
「だったら、買ってやれば良いだろう?」
「まぁ待てよ。このあと服と首輪も買ってやりたいんだ。旨い飯も食わせたい。結構、そっちでも金がかかるんだよな」
この店主はこの管理体制から見るに、相当商品を大切にしている。ならば、できる限り質のいい客に売りたい筈だ。
これだけ商品の質が高いのに売れないのも、恐らくそれが理由だろう。
首輪と言うのは、その飼い主の奴隷であることの証明だ。一般の奴隷は鉄の手枷に鎖を繋ぐのが普通だが、首輪のみで、あまり拘束しないのはかなり信頼されている奴隷かよい環境の奴隷のみ。
つまり、服、更に首輪と言うのは奴隷にとって、最も好条件と言えるだろう。
「……百三十万でどうだ?」
「こいつの顔、今度見せに来てやるよ」
本来、店側と商品は売れてしまったらそこまでだ。あとは、干渉する権利を持たない。だが、飼い主の意思で会わせた場合は、話は別だ。
「……ッ!足元見やがって……クソッ、百万でどうだ!?」
「よっし、買った」
「チッ、次会うときにコイツが幸せにしてなかったらぶっ殺すからなッ!」
ガチャガチャと檻の鍵を開け、手を掴んで引っ張り出す──のかと思ったら、しゃがみこんで出てくるように交渉を始めた。余程、大切と見える。
少女は涙目で嫌々と首を振るが、それでもなお手を合わせ、頼み込む店主。手を引かれてようやく檻から出てきた少女は、やはり震え、すでに半分泣いているような状態だった。
「……服、脱がせて確認するか?」
「いや、いい。どうせあんたの事だ。完璧なんだろ?」
「はっ、当然だ。傷ひとつないことを保証するよ」
「じゃ、これが金だ。きっかり百万。こいつはもう連れていって良いのか?」
「……よし、確かに受け取った。もう、連れてってもらって結構だ。」
札束をペラペラと数え、店主は俺に向き直る。それでは連れて帰ろうと店を出ようとするが、途中で店主が俺を引き留めた。
「……本当に、幸せにしてやってくれな。こいつは、心を開くまでが大変だが、気長に待ってやってくれ。こいつはすでに一年ウチに残っているが、今だに殆ど感情を出さない。」
こうやって、泣いちまうのは別だがな、と、少女の頭にぽんと手を置く。
「おう。任せてくれ。まぁ、自分でも不安は尽きないんだがな……」
俺が繋ごうと出した手は、掴んでもらえなかった。俺が踵を返して店を出ようとすると、三歩後ろをとことこと着いてくる。
この距離が埋まるのは、一体いつになるのだろうか。