閑話 国の裏
きらびやかなシャンデリアに煌々と照らされる大きなホール。そのなかで一際目立つは、階段の上に据えられた王座だろう。数多の宝石に彩られ、それ自体が輝きを放っているような存在感だ。
そして、今日はこの王座にヴィアナ王国の王が座り、その足元――――――とは言っても、階段のはるか下だが。に、任務から帰還したヴィアナ王国騎士団の一個小隊の隊長である兵士が膝まずいていた。
「……貴様が呼び出された理由、わかっているな」
遥か上からのし掛かる威厳ある重々しい声に兵士はゴクリと生唾を飲み、こめかみを冷や汗が伝う。
「は、例の任務の件、でしょうか」
「その通りだ……して、その結果は如何なものだ?可笑しな事に、儂に報告が入っとらんでのう」
例の任務、それは全くもっておかしなものだった。山奥にかくれて暮らす獣人の一族を生け捕りにしろ、というものなのだが、それを王国騎士団の任務にするだなんて前代未聞だ。
さらに、奴隷用の獣人ならば王国地下で絶え間なく繁殖させているし、まず大抵の獣人村は王国の統治下にあり野生の獣人と言うのがほぼ存在しないのだ。
「……誠に申し上げにくいのですが、幼体を一体捕獲するも帰還の途中で下等魔族の群れに襲われ、逃してしまいました。」
その報告に、国王は特に気にしていないようすで表情一つ変えずに、たくわえた顎髭を指先で弄った。
「ふむ……成体はどうした?幼体も一体のみとは思えぬのだが」
「それが……ほとんどの幼体は一部の成体と共に逃亡、残った数体は激しく抵抗したため捕獲は不可能と判断、斬殺しました」
「つまり君は全くの役立たずだった、と」
間髪いれず言い渡されたその台詞に、膝まずく兵士は肩をびくりと震わせた。
理解してしまったのだ。この後自分がどのような目に遭うのかを。それを理解したとたん、額に脂汗がにじみ、膝はがくがくと震え始めた。
そして国王は、最近別世界から召喚したと言う側近の人間の女を手招きし、兵士を指差してハッキリとこう言い放った。
「今回の任務は極秘でなぁ……成功失敗にかかわらず消えてもらうことになっていたのだよ。すまないな。」
「は、は!?ふざけるなッ!!」
「さぁミオ、退場させろ」
「はぁい、了解しましたぁ」
ミオと呼ばれたその女の気だるそうな返事を皮切りに、兵士は勢いよく立ち上がり、剣の柄へと手を置いた。こうなれば、生きるためには戦うしかないと判断しての事だった。
別世界から召喚した人間は、特殊で強力な能力を持っていると聞いた覚えがあるが、相手はどう見ても二十歳に届くか届かぬかの小娘だ。自分も王国騎士団で隊の隊長まで上り詰めた身。そう簡単に殺される筈がない。
階段を勢いよくかけあがり、まずは女に斬りかかる。国王自体は実力的には雑魚に等しいため、護衛を殺れば勝ちも同然。
の、筈だった。
「……ッ!?カハッ……な、何が……!?」
次の瞬間、電撃のような痛みが全身を貫き、身体を見下ろせば腹から剣の切っ先が突き出ている。
よくよく見れば、女の腹に向かって突いた切っ先が、女の身体に届く一歩手前で消えている。当然背後にも誰の気配もない。
「ごめんなさぁい、お仕事なんですぅ」
ミオと呼ばれた女は、まるでイタズラを謝るかのように両手を合わせ、間延びした声で謝罪を口にした。そして、兵士は地面に出来た血溜まりに、どさりと倒れ込んだのだった。
「王様、どうしますぅ?私、直接行きましょうか」
「いや、いい。貴様は側においておきたい。なんと言っても貴様は護衛においても優れているが、夜の方も有能だからな……」
「やぁだ、王様のえっちぃ!」
ククッと笑った王を、女が冗談めかして軽くはたく。それは到底、死体を前にしての会話とは思えない雰囲気で、こういった『揉み消し』が一度や二度ではないことも、また意味していた。
「そうだな……『レイジ』は今どこにいる?」
「レイジは確か……西の魔族討伐の最前線でした」
「ふむ、ではレイジと……後は、最近王都で力を伸ばしているあの……何と言ったかな、あの能力なしの出来損ないは」
「あぁ、鋼兵ですかぁ?」
「そうそう、それだ。そいつをここへ呼び出しておけ。まぁ、金で釣れば囮程度にはなるだろうよ。」
「アハハ、ひっどおい!了解です。あー、でも、さっき消しちゃった部隊くらいしか動かせるのが無かったんですよぉ、兵力の充填にしばらくかかりますけど、よろしいですかぁ?」
「あぁ、かまわん。」
そう言って、女はホールを後にした。そして、残された王は一人、自らにしか聞こえぬような声で、
「白銀の狐……想像以上に厄介なのかも知れないのぅ……」
と、呟いたのだった。そしてこの任務は後に、一人の戦士と王国が敵対することとなる最も大きなきっかけとなる出来事なのであった。
皆さんお忘れかもしれませんが、主人公が居る国は『ヴィアナ』です。




