16、おるすばん、結果
「いやぁ、久しぶりだな、ここ」
新人のとき以来さっぱり来ていなかった森に、久方ぶりに足を踏み入れた。ここは小規模なダンジョンになっており、雑魚からそこそこのレベルまでのモンスターがいるため、初心者の実戦訓練にもってこいなのだ。俺も新人の頃はよくお世話になった。
やはり、危険性の高いモンスターが少ないこの時間帯は、新人冒険者が多い。森の入り口付近で雑魚と戦っているパーティーを横目に、俺はずんずんと森の奥へ進んでいった。
本来ならば今回の依頼、そこまで奥に進まずとも見つかる獲物ばかりだ。しかし、俺は今回、その依頼の倍の数獲ると決めていた。理由は、「今日の内に次の依頼もこなせば、ティアとより長く居られる」から。
今回も表情にこそ出さずとも、店に残したティアに未練たらたらだ。早く帰って抱き締めたい一心で足早に、森の奥へと歩を進めた。
「おー、いたいた。まずは猪かぁ……」
見つけたのは、そこそこの規模の猪の群。個体ごとの大きさもなかなかで、肉質も良さそうだ。
ちなみに鋼兵はこのとき既に、ここまでの道のりで仕留めた鳥を吊るしたロープを担ぎ、ポーチにはどっさり香草を詰めていた。この程度なら、移動しながら片手間でこなせる。
鋼兵は片手で剣を抜くと、まだのんびりと地面の匂いを嗅いだり餌を食んでいる群に突撃していった。
それを偶然見ていた中級冒険者パーティの後日談によると、その姿はさながら鬼神のようだったそうな。最後の一匹が仕留められるまで、群の中の猪は一匹として鋼兵に気付かず、森には断末魔の一つも響かずに終始静かなままであったらしい。
そして、群を殲滅した鋼兵は全身血まみれでニコニコしながら猪を数珠繋ぎに縛り上げると、満足そうに引きずって森を立ち去った。
その日の乱獲で、その森ではしばらくモンスターを見かけなくなってしまったらしい。しかし、それも鋼兵の実力ならば当然と言えば当然なのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ごしゅんじん、ばかぁ……」
ベッドの上で布団にくるまり一度落ち着いたティアであったが、匂いが薄れていくにつれ再びじわりと涙がにじみ出した。
原因はわからないが、とにかく不安で一杯なのだ。一刻も早く会いたい。飛び付きたい。抱き締められたい。
それが叶いさえすれば、今日は耳や尻尾を触るのを許しても良いくらいだ。
ちなみに、獣人の耳や尻尾、つまり獣の部分には神経が集まっておりとても敏感なのだ。つまり、その部位を触らせるというのは人間で言う「好きな人にしか許さない」行動―――――つまり、直接性に結び付く行為なのである。勝手に触られれば、いわゆる「セクハラ」に値する。
しかし、ティアはあいにく性を知る年齢には達していない。子供にとってそういった部分触らせると言うのは精一杯の心を許している、信頼していると言うアピールなのだ。
丁度その時、裏口のドアが開く音が聞こえた。続けて聞こえたのは、待ち望んでいた人物の声だ。
「おう、帰ったぞ」
「あら、早かったわね……って、なにこれ!?」
「ん?こんだけ獲りゃしばらくは仕事無しだろ?そうすりゃ、ティアといる時間が増える!」
「呆れた……依存はお互い様ね」
この間、ティアは全力て聞き耳をたてていた。しかし、駆け寄って即座に飛び付かないのは、自分を置いて勝手に行ってしまった鋼兵に対して微かに怒りも抱いていたからである。
要するに、寂しくて拗ねているのだ。
「おーう、ただいまティアー」
清潔な服に着替えた鋼兵が部屋に戻ってくるも、ティアは意地を張っておしりを向けて完全に無視した。しかし、鋼兵に向けた可愛らしいおしりから伸びる尻尾は正直で、千切れんばかりに激しく横にふれている。
これには流石の鋼兵も苦笑いするしかなかった。
「ティアさーん?どした?」
「ごしゅんじんなんか……きらいだもん……」
そう言うと耳を手で押さえ、完全に布団に潜り込んでしまった。しかし、布団のなかでも相変わらず尻尾は荒ぶっているようだ。
「そうか。残念だなぁ……じゃ、猫の子と遊んでくるかな~」
わざと聞こえるようにそう呟き、くるりと踵を返して部屋を出るふりをする。すると、案の定すごい勢いで布団から飛び出したティアは俺の足を引き留めるようにしがみついてきた。
案の定、とは言ったものの、むしろこの反応がもらえなかったら俺普通に死んでたと思う。
「ごめんなさぃい……ティア、なでてよぅ……だっこしてぇ」
「えー?でも、ティアは俺の事嫌いなんだろ?」
「うそだよぅ……ごしゅんじん、だいすきだもん……」
仕返しにと少しばかり意地悪してみると、ティアは落ち込んだようにしゅんと項垂れてしまった。
これ以上意地悪をすれば俺の方が持ちそうにないため、ひょいと抱き上げ、ぽんぽんと頭を撫でてやる。すると、ティアは安心したようにほっと息を吐いた。
「置いてっちゃってごめんな。でも、これでしばらくは毎日一緒に居られるぞ」
「……ほんと?もう、ティアひとりにする、しない?」
先程まで泣いていたであろう微かに赤くなった眸で見つめられ、言葉につまってしまう。事実、これからも定期的には狩りへ出なければならなくなる。初心者ダンジョンも、一応は危険地帯だ。ティアを連れていくことはできない。
「……それは無理だけど、次からはちゃんと言ってから出掛ける。それで許してくれるか?」
ティアは暫し考え込み、少し悲しそうな表情に変わった。しかし、決心したようにこちらへ向き直ると、俺の首へ手を回してずいっと鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけた。
「……すぐ、かえってきてね?ティア、ひとりこわい……ごしゅんじんいない、さびしい、だから」
この行動を考えてやっているのならば、この娘は将来確実に悪女になるだろう。その上で、俺はティアにならいくらでも貢げると確信した。
「あとね、ごしゅじん……」
「どうした?」
「ごしゅじん、すこし、くさい……かも」
「……ッ!?」
く、くさい……だと!?
娘に言われたくない台詞第一位をティアに言われたことにより、俺のメンタルがミシミシと悲痛な音を立て始めた。
「なんかね、ちのにおい、する……ティア、きらい」
あの猪ども……!次狩りに行くときまてにお花の香りの血液になってやがれ畜生ッ!!
「よーし、ティアちょっと待ってろ。今すぐ風呂入ってくる。」
一刻も早くこの忌々しい匂いを落とさなければ……!踵を返し、風呂場へと全力でダッシュしようとするが、ティアが服の裾を掴んで俺を引き留めたため足を止めて振り返った。
「ティアもいっしょ、はいる」
「え、だってお前最近入ったばっかりじゃ」
この世界には元々風呂にはいる文化はなく、大体が数日に一度水浴びをするくらいなのだ。地球でも外国はそうらしいが、俺もこちらへ来てそれに慣れてしまった。
「ごしゅじんと、いっしょ、はいるの!!」
「えぇ……」
こうして、ティアの勢いに押されて何故か一緒に風呂にはいることになったのだった。




