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15、初めてのお留守番




 あれから数日後、早朝。魔法の後遺症もすっかり完治した鋼兵が部屋で着替えていると、アイリスが部屋に訪れた。


「おはよ、鋼兵。もう身体はすっかり?」


「おう。お陰さまでな。仕事か?」


 尋ねるとアイリスは、そうよと一枚のメモを手渡してきた。内容としては、駆け出しの頃によく受けたクエストとほぼ同じ内容の簡単なものだ。


・猪(大)一頭

・香草(上)三束

・野鳥(中)五羽


「これなら小一時間で終わっちまうぜ?」


「あんたね、私が小型ドラゴンの依頼なんて出したらどうするつもりよ」


「んー、まぁ三日は戻れないだろうがギリいけると思うぞ」


 実際、小型ドラゴン討伐は数回参加したことあるしな。小型は翼がなく、一見デカイトカゲだ。いわゆる地竜に分類され、そこそこクエストも出回っている。


 大型となると、この世界では未だ討伐されたことは無いようだ。と言うより、地方によっては神として信仰の対象になってたりする。


「出来る出来ないじゃなくて、ティアちゃん!あの子あんたにベッタリじゃないの。わかったら寝てるうちに早く行く!」


「あっ、そーいやそうだった……つって、その猫の娘も最近お前にベッタリじゃねえか。元の主に届けねえのか?」


 俺は、足元でアイリスの服の裾を握って眠たそうにたたずむ少女を示す。客からも人気で、ここ数日で既に看板娘の立ち位置に馴染んでしまったようだ。


「帰りたくないって言うんだもの。捜索依頼もでてないっぽいし、何より私がこの子気に入ったからね。」


「私も、アイリスさんだいしゅきでふ……ふぁあ……」


 こういうわけよ、と、猫娘の頭を撫でるアイリスはずいぶん満ち足りた表情をしている。二人とも幸せそうならしばらくは問題ないか。

 俺もいざとなったら動くしな。この娘はティアとも姉妹のように仲が良いのだ。居なくなればティアも悲しむだろう。


「じゃ、行ってくる」


「……行ってらっしゃい、です」


「よろしくね、信頼してるわ」


「おう。任せとけ」


 眠たそうにゆるく手を振る二人に見送られ、店を出る。


 引退してすぐはそれからの生活に少しばかり不安もあったが、今は帰る場所に人がいる。夜は皆で飯を食い会話を交わし、甘えてくるティアを抱き締めて眠りにつく。


 今の生活も悪くない―――――いや、冒険者時代よりずっと充実していると、実感していた。


◆◇◆◇◆◇◆


 鋼兵が家を出た直後、ティアは無意識に、温もりを求めるようにもぞもぞと小さな手を伸ばした。しかし、どれだけ動かしても目的の温もりに手が触れない。


 そこでようやく目を開いたティアは、とうとう鋼兵が居なくなったことに気づいてしまった。

 しかし、寝起きの朦朧とした頭はまだあまり働いていないようで、くあ、と一つ欠伸してベッドからストンと降りると、ぐいーっと背伸びしてドアノブを捻り、どうにか部屋を出ることに成功した。


 ふわりと鼻腔を刺激したいい匂いにつられて台所の方へ裸足でぺたぺたと歩いて行けば、そこには料理をするアイリスと眠たそうにゆっくりと食器をテーブルに並べる猫娘が。そして、ティアは料理中のアイリスの気を引くように、裾をくいっと引いた。

 気づいたアイリスは、料理は続けながらティアに話しかける。


「あら、一人で起きれたの。偉いわね。どうしたの?」


「……ごしゅじん、どこ?」


「あー……」


 本当の事を明かせば泣いてしまうのでは、と考えたアイリスはしばし言い訳を考えた。

 しかし、いい言い訳が思い付かなかったため、結局すぐに本当の事を明かすことに決め、一度火を止めしゃがみこんで目線をあわせた。泣いてしまったらその時はその時だ。


「えっとね、鋼兵はお仕事に出掛けたのよ。きっとすぐに帰ってくるから、お利口にして待ってようね」


「ふーん……わかった。おなかすいた……」


 ティアの反応は予想以上に薄く、鋼兵のことは全く気にしていないようにきゅるるっと可愛らしい音を鳴らしたお腹をおさえ、視線で朝食の催促をした。


 当然、ティアは未だにやや寝惚けている状態だ。ティアは朝に弱く、覚醒までに時間がかかる。しかし、それを知らないアイリスは、そこまで堪えていないようだと安心してしまったのだった。


「そう、よかったわ。丁度朝ごはん出来るから、イリス起こしてきてくれる?」


「ん、わかった……」


 ティアは大人しく、言われるがままにさっき来た廊下を寝惚け眼で再びぺたぺたと戻っていった。

 


―――――――――



「おねーちゃん……おーきーて……」


「んぅ……あと五分~」


 しばらく肩を揺すってみたものの、なかなか起きてくれないイリスにむう、とほっぺたを膨らませたティアは、ベッドによじ登りイリスにまたがった。そして、ほっぺたをぺしぺしと数回叩いてみる。


「おきてってばぁ……おきるの~……ごはんなの……」


「うぅう……わかったからどいてぇ……おもいよぅ……」


 イリスは、ティアをひょいっと持ち上げ床に下ろし、自らもベッドから降りた。


「あれ、ティアちゃん一人?鋼兵さんは?」


「……ごしゅじん……おしごと……あれ?」


 ティアは、先程言われたことをもう一度思い返してみた。鋼兵は仕事に行っており、しばらく帰ってこない。


 今日、ごしゅじんは、いない。


 ようやく脳が覚醒し、とうとう言葉の意味を理解してしまった。そうなれば当然ティアは――――――


「え、ごしゅじん、いない……うぁ……ひぐっ……」


「え、え!?何でいきなり泣くの!?」


 当然のことながら、大号泣。言葉を理解したとたんに猛烈な不安に襲われたティアは、大きな灰の双眸からボロボロと大粒の涙をこぼし、声をあげて泣き始めてしまった。


 そこからはもうてんやわんや、何事かと駆けつけたアイリスに大慌てのイリス、状況が理解できずにただおろおろとする猫娘。

 

「なに、どうしたの!?イリス、なんかしたの!?」


「してないしてない!突然泣き出したんだよっ!?」


「ティアちゃん、どっか痛いの!?だいじょぶ!?」


 皆、訳がわからず大混乱。ティアを何とかなだめようとするも見向きもせず、ただただ座り込んで泣きじゃくるのみだ。


 最終的には、原因を思い付いた猫娘が持ってきた鋼兵の枕を抱かせることによって、事件は一旦終息した。


「え、つまりどういうことなの?」


「……多分鋼兵さんが居なくて急激に不安になったのかと……」


「でも、さっきはなんともなかったのに」


「寝惚けてて、さっき意識がはっきりしてようやく理解したとか……?」


 ちらっとティアの方をうかがえば、枕を大事そうに抱き抱えて顔を埋め、一生懸命匂いを嗅いでいる。どうやら原因はそれで間違いなさそうだ。


 鋼兵が居なくなることで多少は落ち込むかとは思っていたが、まさかここまでとは。

 取り合えず今は鋼平を待つしかないと言う結論で、ティアを鋼兵のベッドに運んで鋼兵の布団を被せ、各々仕事場へと戻ることにした。


 ブックマーク、じわじわ伸びてます。嬉しいです。

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