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14、鋼兵、考える


 その頃、取り残された鋼兵はようやく目を覚ましたところだった。首から上だけで辺りを見回し、首をかしげる。


「……あれ?俺の部屋だ」


 最初に目に入ったのは、見慣れた木の天井。手に触れる感触から、ベッドに寝ていることがわかる。一瞬、ティアが居ないことに慌てたが、部屋にかすかに残るティアの匂い(弱獣臭)により先程まで側に居たことが分かり、ほっと息を吐いた。


 この今が何時かはわからないが、誰もいないのなら恐らく風呂に入っているのであろう。耳を澄ますと、遠くから微かに水音とやたらはしゃいでいる声が聞こえてきた。楽しそうで何よりだ。


「ふぁ……取り合えず起きねぇと……」


 起き上がろうと、身体に力を入れる。しかし、力が入らない―――と言うよりは、怠すぎて動けない感じだ。長距離走の後の疲労の数倍、と言えば分かりやすいだろうか。

 そして、俺はこの感覚を味わったのは初めてではない。


 かつて駆け出しの冒険者の頃、とあるクエストで蜥蜴人間リザードマンの群れに襲われ、息も絶え絶え街に戻ってアイリスに助けられたときだ。治癒魔法でこうなった覚えがある。

 これが、アイリスとの出会いでもある。あれから色々とお世話になった。それ以来、俺にとってアイリスとは頼りになる姐さんのような存在なのだ。


「ふぅ……まいったな。」


 さて、どうするか。動けないのは暇でしかたがない。普段なら筋トレのひとつもしたいところなのだが、さすがの俺もこの状態になると全くと言っていいほど動けないのだ。

 まぁ、一日も休めばすっかり元通りなのだが。


 たまにはこんなのもいいか、とぼーっと取り留めもないことに思慮を巡らせる。


 一応、俺はこの店の雇われの身なんだから、治ったらちゃんと働かねぇとな。あと、ティア。いったい何者なんだろうか。根っからの奴隷って訳でもなさそうだし、最近は結構心も開いてくれている……ように思う。


 そう言えば、もうすぐ『決闘祭』と『婚姻祭』の季節だ。決闘祭は前年度優勝したけど、婚姻祭はまだ出たことないんだよな。俺も、この世界では結婚適齢期だ。そろそろ結婚して身を固めないとな。


 でも、俺がもし結婚して子が出来たとき、ティアの立場はどうなるんだろうか。もうただの奴隷とは思えないし、今のところ俺にとっても「娘」なのか「妹」なのかはっきりしない状態だ。でも、年齢的に、やっぱり娘かな。


 結婚相手……婚姻祭では、貴族から一般人まで集まる。でも、全く知らない女と仲良くなれるとも思えないし、俺の周りにいる女と言えば……?


 最近だと、服屋の店員。この人はまだほとんど他人か。黒髪ショートの快活系美女で、さばさばしてるイメージだ。

 もしイメージ通りならば、ハッキリ言って好みではある。婚姻祭の時に着る服はあの店に注文してみようか。


 イリス……嫌いではない。しかし、アイリスとめちゃくちゃ似てる。俺の中のアイリスは頼りになる存在で、恋愛対象になるわけもなく、そっくりなイリスにも、若干引け目があるのだ。

 顔はほとんど同じで、違いと言えばスタイルと髪の色くらいか。アイリスは薄い金髪だが、イリスは少し濃いと言うか、茶色がかった感じだ。


 とは言え、二人と俺が結婚できるとは思えない。二人とも優良物件過ぎるのだ。婚姻祭でも引く手あまただろうしな。


 思考に一段落ついた頃、部屋のドアが開いた。入ってきたのはやはりティア。と、その後ろにお盆を持ったイリスが。二人ともラフな部屋着姿に着替え、ちらと覗く肌は微かに上気していた。


「あ、鋼兵さん起きたんですね。これご飯です!」


「おう、ありがとう……うわっ!?」


 のそりと身体を起こすと、ぼすんと突然、胸板にティアが飛び込んできた。俺の身体をぺたぺたとあちこち確認するように触り、不安そうな顔を俺に向けた。


「ごしゅじん、だいじょぶ!?いたい、ない!?」


「すっかり大丈夫だよ。心配してくれたのか?」


 俺の首に腕を回して動かなくなったティアは、俺の肩口でこくこくと何度も頷いた。肩がじわりと暖かく濡れたのを感じ、背中をポンポンと撫でるようにしてあやしてやる。


「一応、食べやすいようにお粥にしましたが……どうします?」


 どうするか、と言うのは「どう食べるか」のことだろう。本来ならば子供がくっついた状態でも飯は食えるのだろうが、獣人には尻尾がある。さらに、俺の匂いをすんすんと嗅いでいるティアの尻尾は、現在千切れんばかりに激しく振られているのだ。

 恐らくこの状態で食べれば、すぐに器はこの太くてもふい尻尾に弾き落とされてしまうだろう。


「ティア?尻尾止めてくれるか?」


「むり……うれしいもんっ」


 なるほど、嬉しいと無条件に動いてしまうものなのか。イリスに目配せすると、苦笑いが返ってきた。


「……ティアの気が済むまで待つか」


「えっ、せっかくのお粥、冷めちゃいますよ……えっと、その……私でよければ、私が……食べさせてあげる、と言うのも……?」


 恐る恐ると言った様子で、俺の顔をうかがいながらそう言ってきたものの、言い終わると顔をかぁっと紅くして顔を伏せてしまう。


「それは、いわゆる『あーん』ってことか?」


「……は、い……そうですけど……そこまでハッキリ言わなくても……ッ」


 長い耳の先まで真っ赤に染め、さらに縮こまってしまう。自分でいっておいてどんだけ照れるんだよ……


「じゃ、たのむ」


「……ふぇ?」


「いや、よろしくたのむ」


 イリスは、えーだのあーだの散々狼狽えた後、ようやく匙を手に取った。一口分掬って、震える手で俺の口許へと運んできた。


「あ……あーん?」


「それ言わんでも良くないか?」


 言いつつ、ぱくりと匙に食いついた。二、三度咀嚼してみれば、素朴な旨味が口に広がる。元々お粥は好きではないのだが、この粥は別格だ。めちゃくちゃ美味い。


「……どうですか?」


「めちゃくちゃ美味い。正直驚いた」


「そうですか……よかった」


「ん?これ、イリスが作ったのか?」


「あ、はいそうです。店の厨房も、母と私が交代で回してるんですよ!」


 今までの鋼兵さんの分は全て私が作った、とはさすがに言えない。鋼兵さんが店に来る度、母に頼んで交代してもらっていたのだ。


「へー……本気で嫁に欲しいなぁ……」


 それは、先程の考えていたことのせいで、半無意識にポロリとこぼれ落ちた台詞だった。しかし、この場面でイリスは一切狼狽えず、にこりと微笑んで


「はい!いつでも」


 と、答えたのだった。綺麗に微笑むアイリスと対照的な無邪気で子供っぽさの残る笑顔を見て、俺は即座に考えを改めた。

 やはり、アイリスとイリスは全くの別人であると。


 まぁ、この直後に爆発せんばかりの勢いで真っ赤になり、部屋を飛び出していったのだが。

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