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12、番狐ティア


 私は、我が家の廊下を緊張の面持ちで歩く。立ち止まったのは、鋼兵さんの部屋の前だ。ドキドキしながら、ドアノブに手をかける。

 店がようやく落ち着いてきて、私がようやく手が空くようになった頃、お母さん(アイリス)が私に言い渡したご褒美。それは、


『あんた、鋼兵の看病しなさい』


 だった。どうやら鋼兵さんは、急激な再生の反動で疲労が溜まって、数日は一人では歩けもしないそうだ。そのため、今私は身体を拭くため、水桶をもって部屋へと向かっていた。


 看病をする。つまり、トイレに連れていくとか、身体を拭いたげるとか……

 私も今年でさんびゃ……30歳。恥ずかしいだなんだと生娘のようなことを言うつもりはないけど、(実際生娘なのだが)やっぱり男の人の、特に鋼兵さんのお世話をすると思うと、どうしても緊張する。


「しっ、失礼しますッ!」


 思いきって扉を開けると、ベッドに横たわる鋼兵さんと、それに抱きつくように寄り添っている奴隷の娘がいた。

 どうやら鋼兵さんはこの奴隷の娘を奴隷とは思ってないようで、自分の娘のように、妹のように大切にしているようだ。

 確かに、これは可愛い。私も仲良くなりたいなぁ……うわ、ほっぺ柔らかそう……

 むにむにしたい衝動に襲われるが、いきなりほっぺをつまんで嫌われたら嫌だから止めておこう。それよりも、この看病について、お母さんにはもうひとつ、言い渡されていたのだった。


『あいつが動けないうちに既成事実作りなさいね』


 思い出すと、自分でもわかるくらい一気に顔がかぁっと紅潮した。既成事実って、まぁ、十中八九アレのことだよね。私に、寝込みを襲えと。

 私は、幼い頃から人見知りが激しく、周りとあまり交流を持たない。唯一の親友も最近はあまり店に来なくなってしまった。何でも、親から服屋を継いだとかで忙しいらしい。

 そのため私は、一応、その……経験がない。でも鋼兵さんなら……


「……いやいや、無理だ~……」


 私はがくりと項垂れる。良い悪いではなく、私の度胸の問題だ。まぁ、嫌いと言えば嘘になる。しかし、店の奥から眺めていた程度でまだまともに話したこともないのだ。見た目的な年齢はそう変わらないが、種族問題で実際年齢は私の方が遥かに上。


「んにゅむ……んぅ?」


 部屋のなかで頭を抱えていると、奴隷の娘が目を覚ました。私のことを見て、こてんと可愛らしく首をかしげる。


「……おねーさん、だぁれ?」


「あっ、えっと、私、……イリスっていうの。よろしくね?」


「……?おねーさん、ふたり、いる?」


 これには正直驚いた。私とお母さんに別々に会って、別人と認識できる人はそういない。同じ髪型、同じ服装をすれば見分けられるものはほぼいないだろう。それを、一発とは。


「あっちはお母さんなの。私はその娘。そっくりでしょ?良く判ったねぇ」


 頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めた。髪が少しべたついている事に気づき、そう言えば風呂に入っているのをまだ見ていないな、と思いだした。後でいれてあげようと内心書き留める。

 しかし、次の瞬間、この可愛らしい娘は最大級の爆弾を投下したのだった。


「かお、すごい、にてる。けど、おかーさん、おっぱいおっきい……」


 びし、と心に傷がつく音が聞こえた気がした。たしかに、その通りだ。私とお母さんの一番の違い。それは、母性の象徴(おっぱい)のサイズ……

 

 お母さんはあんなにボリューミーだというのに、私は良く言えば小さめの丘、はっきり言うと断崖絶壁か平地だろう。そのくらいの差があった。

 お母さんは私のことを、「お父さんに似たのね」と茶化すが、実は言われる度に密かに傷ついていた。私はぎこちない笑顔で、少女の肩をできるだけ優しく掴む。


「それは言っちゃダメなんだよ?」


「……そう、なの?ごめん、なさい……」


 奴隷の子は、思ったよりしゅんとしてしまった。少し大人気なかったかなぁ……この子はまだ純粋な年齢なのだ。胸のサイズなんて気にするわけないか。反省しなければ。


 そして、私は腕に抱えた水桶を見て、何をしに来たのかようやく思い出した。

 そうだった。汗かいてたから身体を拭くんだった。かなり話が脱線しちゃってたな……


「それじゃ、少し退いてくれる?身体を拭かないといけな……」


 先程までの純粋な少女は何処へ行ったのだろうか。少女は今、明確な殺意を孕んだ眸で私のことを睨み付けていた。


「どっ、どうしたの?」


「ティア、やる……おねーさん、さわる、だめ。ティア、ごしゅじんまもる……」


 うわぁ……可愛い顔だが、本気で飛びかかってきそうな迫力に思わず後ずさってしまう。これではほとんど番犬だ。

 そして、鋼兵の奴隷、ティアちゃんは鋼兵の服のボタンをはずし始めた。そして、ズボンに手をかけたところで、私は慌てて制止する。


「ちょ、ちょっと!下は良いから!はい、手拭い絞っといたからこれで拭いてね」


「……あり、がと」


 ティアちゃんは手拭いを受け取ると、よいしょよいしょと身体を拭き始めた。その表情は真剣そのもの。この娘も、ティアちゃんを溺愛する鋼兵さん同様に鋼兵さんのことが大好きらしい。少し過剰な部分もあるが。

 そして、全面拭き終わったティアちゃんは、一生懸命鋼兵さんの身体を裏返そうとする。しかし、その小さな体では到底動かせそうになく、不本意そうにしながらも私を見上げた。私は察して、そのごつごつとした身体に手をかけた。

 一瞬その腕の逞しさにドキリとしたのは内緒だ。


 ごろん、と引っくり返すと、再びごしごしと拭き始める。私はそれを眺めるだけだ。……なんだか、せっかく与えられた役割を全く果たせてないような。

 もっとこう……ガッ!と、思いきって行かなければ。いやしかし、こんな小さな娘相手にそこまでするか?


「ふー、きれい、なった!」


「よくできたね、ティアちゃんはお利口さんだね」


 私が再び引っくり返し、服を着せる。そして、自信に満ち溢れた表情で私を見上げるティアちゃんの頭を再び撫でてやると、先程までの殺気は何処へやら、やはり気持ち良さそうに目を細めるのだった。

 そして私は、先程心に書き留めたことを実行に移すことにした。


「……そしたら今度は、ティアちゃんを綺麗にしよう!」


 私がそう言うと、ティアちゃんは手元の手拭いに目をやり、再び私を見上げる。


「ティア、からだふく?」


「いや、ティアちゃんは元気だから、私と一緒にお風呂入ろうか」


「おふろ?」


 お風呂を知らない様子のティアちゃんは上目遣いで私を見上げ、不思議そうに首をかしげた。こればかりは口で説明するより、実際に入れた方が早いだろう。私はティアちゃんの手を引いて、我が家の自慢、地下の浴場へと歩き出した。


 次回はお風呂回ですね。可愛く書けてるかは分かりませんが、幼女は書いてて楽しいです。

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