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11、働く子猫



 街の大通りを、二人の少女が酷い怪我を負った男をずるずると引きずって歩いている。少女の一人は大きな眸にかかる美しい銀髪の先からぽたぽたと汗を垂らし、すでに息も荒い。

 もう一人の少女は、同じく汗だくで息を切らす栗色の癖っ毛の猫の獣人だ。少しばかり、銀髪の少女よりは年齢が上だろうか。裸に男物の上着を一枚羽織っただけなので、時折服の隙間からちらちらと柔肌が覗いていた。


 ここはもっとも人通りの多い道だ。当然ながら、すれ違うものは皆この不思議な三人組に注目する。

 しかし、誰もが興味を持ちこそすれちょっかいを出そうとはしなかった。それは、引きずられている男に関係する。

 この街の者であれば、誰もが知っているであろう人物だ。この少女達がこの男に関係する以上、ちょっかいをだすメリットよりもはるかにその後のリスクか大きい、と言うことはどんな悪党でも理解できた。


 幼いとはいえ、この少女たちは美少女であり、人のものであることを示す首輪を着けていない。この男の名前ブランドがなければ、とっくに拐われているか、幼い少女であるとはいえ女である以上裏路地でぐったりとしていただろう。

 更に、この男を知っている、普段から街の治安を守る役目も果たしている冒険者達が密かに睨みを効かせているのも、大きな要因だった。


 そうして、少女達はどうにか無事に、目的地のドアを押し開けることに成功したのであった。


◆◇◆◇◆◇◆


「おかしい……」


 アイリスは、店のカウンターで一人、首をかしげていた。この時間帯、普段ならばもっと客が押し寄せるはずなのだが。別に、現在も客がいないわけではない。あと数席を残してほぼ満席ではあるのだが、いつもは立ち食いする者や床に座るものが出る程度には混むはずなのだ。しかし今日は、毎日のように来る常連もちらほら見当たらない。

 丁度その時、その原因が店のドアを押し開けた。


「……あんたたち、なにしてんの……」


 一人は、見知った銀髪の獣人、鋼兵の奴隷だ。しかし、もう一人は見覚えがない。栗色の癖っ毛が緩くカールした、これまた可愛らしい猫の獣人。首輪をつけていないことから、主がいないであろう事は推測できるが、より謎が深まる。

 その二人が、我が店の居候、鋼兵を引きずって店に入ってきた。意味がわからない。

 それと同時に、少女達の後ろからは常連がぞろぞろと入ってくるのだ。いよいよ訳がわからなくなってきた。


「ごしゅじん、おきないよぅ……たす、けてっ」


「あー、はいはい。ちょっと待ってね。うわ、鋼兵ボロボロじゃない。何があったのよ、これ……」


 パッと見ただけで、数ヵ所を骨折、内臓に損傷。さらには外傷による出血多量に、引きずられたことによる擦り傷があちこちに。鋼兵程の実力ならば、たとえドラゴンと戦ってもこうはならないだろう。


「あんたら少し避けなさい!鋼兵をそこに寝かせるから。このデカブツ、私の力じゃ運べないわ。誰か手伝って!」


 客の協力で、鋼兵をソファ席に寝かせる。回復の詠唱を唱えるため手をかざすと、客の一人が手をあげた。


「あ、あの!私一応、魔道士メイジなんですけど、回復魔法やりますか?」


 アイリスはその新人メイジを一瞥すると、再び鋼兵に向き直った。手のひらに魔力を集中。


「あんたよりはまだ私のが出来るわ。黙ってみてなさい……『我が体内に宿りし魔力よ、願いし者の傷癒したまえ───治癒(ヒール)』」


「ちょ、ちょっと!何ですかその詠唱!?端折りすぎです!そんなオリジナルで効果あるわけ……」


 掌から放たれた柔らかな光が、鋼兵の全身を照らす。すると、パキパキと微かな音を立て骨が癒着、傷口はみるみるうちに閉じ、顔には生気が戻った。


「詠唱なんてね、魔力制御を明確にイメージするために唱えるものでしかないのよ。詠唱破棄でも出来るけど、今のはお手本」


 それを見た新人メイジは唖然とするも、野次馬のベテラン達は全く驚くそぶりも見せない。古参のものは皆アイリスの実力を知っているのだ。


「それじゃ、そこのガタイのいいあんたは鋼兵を部屋に連れてって。鋼兵の奴隷の子は案内!猫の子は服かしたげるからついてきなさいね。あとは……」


 厨房へ頭だけ突っ込み、イリスへと呼び掛ける。


「イリスー!あとちょっと頑張ってねー!後でご褒美あげるから!」


「うえー!?急いで!一人じゃ限界があるからっ」


 客達は容赦のない注文を次々と厨房に投げ掛ける。アイリスは急いで猫娘をつれ、店の奥へと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆


「……あたしはアイリス。あんたは?」


「えと、名前はないのです……」


 アイリスさんは、部屋にはいるなり自分のクローゼットからものすごい勢いで服を引っ張り出し始めました。じぃっと観察していると、ぽいぽいっと目の前に服とズボンが投げられます。


「とりあえず、それ着てみて」


「は、はいっ!」

 

 言われた通りに服に袖を通すと、ぶかぶかで肩は半分出てしまって、足は裾から出てきません。それを見たアイリスさんが、あちこち折ったり縛ったりしてくれました。


「……よし!うん、可愛いわ。そしたら、あなたの事情は後で聞くとして、お店のお手伝いしてくれる?」


「……!はいっ!」


 お店のお手伝い。なんとも素敵な響きです。奴隷の本懐と言いますか、働いてる!って感じがします。


「これ、あそこのおっさん三人組のテーブルにね。まだお盆二つは危ないから、一つずつ、ゆっくりで良いから」


「わかりましたっ」


 私のご主人様は、私に色々なお洋服を着せて眺めるだけでお仕事は全てメイドさんにやらせていましたから、私のお仕事はなにもありませんでした。やっぱり、奴隷はしっかり働く方が良いのです。


「おまたせですっ!」


「おう、ずいぶん可愛いウェイトレスだな。偉いぞ!」


 冒険者のおじさんに、ごつごつの大きい手で頭をわしゃわしゃと頭を撫でられます。少し荒っぽいですが、褒められるのはすっごくうれしいのです。

 そのとき、少し離れたテーブルに、空っぽのお皿を発見しました。わたしは、恐る恐るそのお皿を持って戻ります。


「……食べ終わったお皿も持ってきたのです……大丈夫でしたか?」


 私がお皿を差し出すと、アイリスさんは少し驚いた表情をしたあとにすぐににっこりと笑って、今度は優しく頭を撫でてくれました。


「言われないで出来るなんて、あなたお利口さんね。なんなら私があなたを雇いたいくらいよ?」


 ここには、ティアちゃんもいますし、お仕事もあって、頑張れば褒めてもらえます。


 思わず、私もここで働きたいです。何て言葉が口をつきそうになるのを、一生懸命、飲み込みました。私には、私を買ってくれたご主人様がいます。裏切ることは、悪いことなのです……

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