表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/64

10、見世物小屋 後編


 ただのサーカスと思っていたのに、嗜虐趣味の見世物小屋とはビックリだ。お陰で、すっかり気分が悪い。ティアにひでぇもんも見せちまったし。


「ちょっと待ったァ!!」


 全力で叫び、会場中の視線を集める。鋼兵は会場と観客席を分断する柵に片足をかけ、先程のショーの動きをなぞるように、宙空に身を躍らせた。

 たん、と着地しながら思う。少し早めだったが、ティアの要望には応えられただろうか?

 鋼兵は会場中央に歩を進め、さらに声を張り上げる。


「本日、会場にお集まりの紳士淑女の諸君!貴殿方はどうやら大層ご立派な趣味をお持ちのようで――――――――――」


 皮肉たっぷりな口上を並べつつ、鋼兵は少女の元へと歩み寄る。そして、周りからは出来るだけ荒々しく見えるように、しかし実際はとても優しく、少女の頭を持ち上げ、耳元で囁いた。


「安心しろ。全部うまくやってやる」


 少女もまた、周りに気付かれぬよう小さく頷き、それを確認した鋼兵は、再び客席に向けて声を張り上げた。


「ひ弱な者をいたぶるのがお好きなようですが、たまには趣向を変えてみるのは如何でしょうか?」


 観客席からは、ざわめきと共に俺の名をささやく声が混じる。どうやら俺の事を知るものも多いようだが、むしろ好都合。


「本日は、皆様の中でもご存じの方も居るであろう私、元冒険者の鋼兵が!皆様に刺激的な余興を提供させて頂きたく存じます!」


 観客たちはこれも演出の一部と思っているのか、大きな拍手が鳴り響いた。どうやらここまでは思惑通り食いついているようだ。俺と言う表世界のプチ有名人が持ち出した賭け、と言うのも興味をひいているのだろう。内心ニヤリとほくそ笑む。


「……そうですねぇ、私が賭けるのは――――――私の『全て』で、いかがでしょうか?」


 俺が懐から一つの装飾された鍵を取り出すと、会場がざわつき始めた。

 この魔道具は、所謂この世界での身分証明。これさえあれば『鋼兵』を名乗り、さらには俺の財産を好きなように扱う事さえ出来るという代物だ。

 富も名声も何もかも、全てがこの鍵ひとつに詰まっている。見た目など魔法でいくらでも変えられるこの世界で、この鍵はまさに、俺の『全て』なのだ。


 俺レベルの(ブランド)ならば、喉から手が出るほど欲しい者も山程いるはず。これは、それを逆手にとっての一種の賭けだった。客が乗らなければ、実力行使しかなくなるのだから。


「ルールは簡単、これから私がこちらの屈強なオーガに、防御なしの無抵抗で攻撃を十発、受け続けます。そして、攻撃が終了したのち私が『立っているか』『立っていないか』の賭けです。」


 そんなの賭けにならないじゃないか!との声があちこちから上がる。俺はそれを片手でさえぎり、言葉を続けた。


「ただひとつ、貴方たちには絶対に『立っていない』に賭けてもらいます。そして、私が勝利した場合は……」


 俺はびし、と足元の少女を指差す。


「この少女を頂いて行きます。貴方たちへの損はなく、勝った場合は多大な得しかない。裏には現品さえ有れば増やす方法だってごまんとあるでしょう。―――――いかがですか?」


 そこで初めて、貴族風の男性が立ち上がり発言した。


「ふん、君が噂通りの実力ならば、負けたとてそのまま逃げることも可能なはず。おとなしく渡す保証がどこにあるのかね?しかも、もし君が死んだ場合、その鍵は効力を失うのだぞ?」


「そうですね、ならばこうしましょう」


 俺は観客席の不安そうなティアに歩み寄り、頭に手をおいてキーを握らせた。そして、猫の少女と同じように囁く。


『ダイジョブだ。安心してみてろ』


 ティアは何かを決意したかのように頷き、鍵を大切そうにぎゅっと握りしめた。その目には微かに涙が滲んでいる。


「私の鍵はこちらの、ひ弱で幼い私の奴隷に預けましょう。命の方は……まぁ、信用してください。死にはしません。敗けの条件は、攻撃が止んだときに地面に上半身の何処かが接触していたら、でどうですか?」


 予想通り賛同の拍手があがり、内心胸を撫で下ろす。背後からは仮面の司会者の舌打ちが聞こえるが、そんなもの気にしたものじゃない。


「ごしゅじんっ!!うしろぉっ!」


 ティアの絶叫の意味は理解していた。気配で、すでに背後ではオーガが拳を振りかぶっていることには気付いていたからだ。観客席にニヤリと笑いかけ、余裕でウィンクをして見せる。


 次の瞬間、脳天に叩き落とされた衝撃は俺の身体を伝い地面にまで到達、足が地面にめり込んで地面にはビシリと細かなヒビが入る。

 そこで、頭から生ぬるい血がだらりと垂れたことで、俺は重大な誤算に気づいた。


「あ、今日は無装備(生身)なんだった―――――――」


 何を隠そう、現役時代は常につけていた装備も今日は剣を残して全て脱いで出掛けていたのだ。装備を常に着用するのは正直うざったかったし、もはや戦闘には使わないであろうと思っていた身体に防具は必要ないと思ってのことだった。

 元より身軽さを重視する俺はそこまで防御力の高い装備はつけていなかったのだが、それを補うため特注で『付呪(エンチャント)』していた様々な耐性がないのは痛い。


「うわぁ、やべぇ……ぐはぁッ!」


 しかし、容赦のない強烈な拳が鳩尾にめり込み、たたらを踏む。これが残り八発…………かなりヤバイ状況だ。

 俺が攻撃をくらい、地面に鮮血が迸るたびに観客席からは歓声と拍手が鳴り響く。全く、趣味の悪い奴等だ畜生め……


 もう何発目かも覚えてはいないが、全身が悲鳴をあげ、鼻血やら流血やらで意識も朦朧としてきた。地面がどこかも、自分が立っているのか寝ているのかも判らない……


「もう、じゅっかいっ!おわりだよっ!やめてよぉっ」


 その声になんとか意識を戻す。どうやらまだ倒れずにすんでいたらしい。視界の端では、オーガの足に泣きながら必死でしがみつくティアが。そして、仮面の男が嘲笑混じりにティアを指差す。


「やれ」


 その命令により、ティアの小さな身体に無慈悲にも拳が振り下ろされ、ティアはその巨体を見上げ、ただ呆然としている。

 その凶悪な拳はまるでストップモーションのように目の前でゆっくりと、だが確実にティアへと迫っていく。


『俺を、()めろ……』


 突然聞こえてきた、低く野太い声は何処からだろうか。それは確かに、魔術言語だった。


『……もう殺させるな、俺を早く殺せ』


 オーガの双眸は確かに俺をとらえ、その口は微かに動いていた。俺は、剣の柄に手をかける。


 ―――――――キンッ


 響いたのは、納刀の鍔鳴り。一瞬遅れ、オーガの首がずり落ちるように斬り落とされた。ティアの横に、頭を失った巨体が力なく崩れ落ちる。

 そこでようやく、俺もがくりと膝をついた。すかさずティアが駆け寄ってくる。


「ティア、だっ、いじょうぶか?なんともないか?」


「ティアじゃなくてぇ……ごしゅじん、しんじゃうよぉっ」


 ティアの可愛らしい顔は涙でぐちゃぐちゃだ。しかし、今はひとまず、観客たちが状況を理解できずに呆然としているうちに、いち早くここを脱出しなければならない。猫の少女の拘束を断ち斬り、俺の上着を羽織らせ両脇に二人を抱えてテントを飛び出した。


 やや離れ、二人を地面に降ろす。そこでとうとう限界が訪れ、俺は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ