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8、小さな独占欲



「お着替え、終わりましたよ。一番の自信作を着てもらいました!」


 店の奥から店員が戻ってくる。店員のほくほく顔をみるに、恐らく服はとても良いものになったのだろう。しかし、肝心のティアの姿が見えない。


「ティアは?」


「やー、それがですね、恥ずかしがっちゃって……」


 お着替えの時に褒めちぎり過ぎました、と申し訳なさそうに頭をかく。と言うか、よくみると店の奥の扉からもふもふの尻尾がちらちらと見え隠れしている。


 許可をとってこちらから出向くと、扉の影からこちらをうかがっていたティアを発見、踵を返し逃げ出そうとしたところを捕獲した。


「……にあわないよぅ……まえので、じゅーぶん……」


 必死に赤面した顔を手で覆い隠しているが、無駄な抵抗だ。と言うか、可愛すぎた。

 ティアは、透き通るような明るい銀髪が腰の辺りまで伸びている。それにあえて暗めの色を主体とした一見地味目の生地を合わせることで、派手さを抑えると共に髪の美しさをより一層際立たせている。

 スカートには尻尾を通す穴もあり、サイズもぴったり。シンプルに見えるが、所々に凝ったデザインの刺繍も入っていて、それが一切手抜きされていない仕事の徹底ぶりを物語っていた。

 フリルなどの装飾も最低限にし、元々の素材のスペックを最大限引き出すことに成功していた。


「出来の方は、いかがでしょうか……?」


 店員が恐る恐る尋ねてくる。その質問対する俺の解答は、とっくに固まっていた。


「……言うまでもなく、完璧だ」


「……!ありがとうございますっ!」


 店員は嬉しそうに、勢いよく頭を下げた。実際この若さでこの仕事ぶりは中々のものだろう。

 マトモに顔も見てなかったな、と改めて顔をみてみると、この世界では珍しい黒髪をさっぱりとショートにし、快活そうな清々しい笑顔を浮かべる中性的な女性の姿があった。これだけ良い服を作る割りに自分については興味がないらしく、着古したよれよれのシャツに同じく着古したジーンズを着ている。

 その接客や対応から20歳後半ぐらいを想像していたのだが、まだあどけなさの残る笑顔は成人前だとしてもおかしくない。


「うぅ……ティアもらう、もったいない……」


「君のために作った服なんだから、勿体ないわけないよ!えっと、ティアちゃん?可愛いんだからもっと自信持ちな?」


 人見知りの筈のティアが、まだ出会ってそれほど経っていないはずの店員に頭を撫でられ、嫌がるどころかぽわんっと表情を緩めた。尻尾もゆるく左右に振れる。


「接客慣れしてるというか……若いのにすごいな、あんた」


「えへへ、お褒めにあずかり光栄です!いやぁ、実は店を母から継いだばかりで。今回が初めての仕事なんですよ」


 その言葉には正直驚きを隠せなかった。技術も商品も接客も控えめに言って一級品だし、とても初めてとは思えない。


「それにしては客あしらいが手慣れてるように見える」


「接客は昔から母のこと見てたり、店を手伝ったりしてましたから。お恥ずかしいことに技術の方は見よう見まねなんですけどね」


「あんたならきっといい店にできるよ。俺もこれからは常連になれるように努める。そんで、名前を聞いときたいんだが」


「お店の名前なら表の看板にありますけど……?」


 明らかに訝しげな表情をされるが、何となくここで引く気にはなれなかった。


「いや、あんたのだよ」


 改めてハッキリと尋ねれば、店員は目に見えて狼狽えた。


「え、あ!?私ですか!?私のなんて知っても……まぁ、私も鋼兵さんの名前知ってますしね。私の名前は――――――」


 その瞬間、ティアが動いた。動物的直感で、ご主人を独り占め出来なくなるかも知れない、と言うごくごくぼんやりとした危機を察してのことだった。


「ごっ、ごしゅじんっ!し、しょー!おわる、しちゃうっ!はやくっ!」


 あとで謝ろう、と思いながら、ご主人の袖をドアに向かってぐいぐいと引く。ご主人は驚き、やや困った顔をしながらも、どうやら私を優先してくれるようだ。


「おう、じゃあこれ代金だ。悪いな、どたばたして」


「いいえ、常連さんになってくれるとの事でしたので、次会ったときに名乗りますよ。ありがとうございましたー!」


 若い店主の爽やかな笑顔に見送られ、慌ただしく店を出た。自分でも何故慌てているのかはわからないが、本能的な部分が微かにではあるが警報を発したのだ。理性より本能を優先するのは、当然のことであった。


 そして、鋼兵達が立ち去ったのち、若店主は一人、ポツリと呟いた。


「……今年の『婚姻祭』、私も参加してみようかな……」


◆◇◆◇◆◇◆


「急にどうしたんだよ?移動テントだったから何日間かは滞在するだろ……」


「……わたし、わかんない……おこる?」


「いや怒りはしないけど……」


 ティアは鋼兵が怒っていないことに心底安堵し、遠慮がちに両手を伸ばした。今現在、ティアがもっとも安心できる場所は鋼兵の腕のなかで決定している。最も近くで匂いを感じられる場所。

 ティアは、鋼兵の肩口に顔を埋め、匂いを確かめるようにすんすんとはなを鳴らした。


 ……すこし、おのお店の、女の人の匂いがする。


 ぐりぐりと身体を擦り付ける。匂いを上書きして、自分の匂いを着けなければならない。鋼兵はティアだけのものだ。他の匂いがしては、安心できない。この腕のなかは、腕の中だけは、完全に私だけの場所だ。他の誰の匂いもつくことは許されない、許せない。


「……ごしゅじんっ」


「ん、どした?」


「……ここ、わたしの、だから。ほかだっこしちゃ、めっ、だよ」


 少しムスッと頬を膨らませながら放たれたその台詞に、当然ながら鋼兵の心臓ハートは射抜かれる。言葉の代わりに抱く力を強めると、ティアは幸せそうに小さな身体を擦り寄せるのだった。

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