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第三王子の物思い

(※第二部、料理対決後、アリシアが風呂に入っている頃)






 非常に腹立たしい。


 レグルスは腕を組み、渋い顔をしていた。

 しばらくその格好で瞑目した後、テーブルに置いていたペンを取って、書き物を再開させる。だがすぐにその動きも止まり、また同じように思案のポーズになる。


 今、アリシアは屋敷の侍女たちに連行されて風呂に入り、そのままマッサージを受けているはずだ。あの侍女たちのマッサージスキルは非常にレベルが高い。アリシアも、少しはリラックスできるだろう。

 アリシアのことを思うと、胸の奥でムカムカしていた得体の知れない物体が、ほんの少しだけ浄化されたような気になる。


 ――今日は、とても大変な目に遭ってきた。

 レグルスとて、今日の食事会が和やかにつつがなく終わるとは思ってもいなかった。なにせ、レグルス王子が同伴したアリシアはともかく、異母兄フィリップ王子が連れてきたのはあのメルティ・アレンドラだ。


 学院でも好き勝手し放題で、教師たちの悩みの種。同学年で非常に強い権力を持っていたベアトリクス・オルドレンジとカチュア・レイルが退学してからは余計に、そのぶっ飛び行動に拍車が掛かったように思われる。


 メルティ・アレンドラは何も分かっていない。貴族として生きるための知恵も、マナーも、規則も。何一つ理解していない。

 学院では今、水面下でメルティを虐める者が出てきている。虐めと言っても、かわいいものだ。メルティとフィリップ王子が一緒にいたら遠くから睨むとか、メルティと通り過ぎ様に言葉を吐いていくとか。


 といっても、メルティを擁護する気にはなれない。学院には、ベアトリクスが残していった風紀が根強く保ち、新生徒会長もその方針を受け継いでいるのだ。

 メルティは学院の規則も全く守らない。だから他の生徒が、「それはやめなよ」「早く行きなよ」「あまりフィリップ王子とベタベタしない方がいいぞ」と忠告を促している。場合によっては、「見知らずの人に宿題を貸したくないよ」「なんでグループ学習なのに参加しないの?」「今日までにレポートを持ってくるって言ったじゃないの」と、もう人として当たり前のレベルを追求されている。


 メルティは誰かに何かを言われると、すぐにフィリップ王子に泣き付く。ロット・マクレインも故郷に戻ってしまった今、メルティを構っているのはもはやフィリップ王子だけだった。そしてそのフィリップ王子も、よせばいいのにどこまでもメルティの肩を持ち、メルティに言葉を投げつけた者を非難するのだ。


 先日の生徒会選挙でも分かったはずなのに、フィリップ王子もメルティと関わったばかりに、没落の一途を辿っている。国王も分かっているように、フィリップ王子は基本的に模範的な貴公子なのだ。レグルスよりも容姿が華やかで、実はテストの成績もフィリップ王子の方がいい。


 レグルスはぎりり、と歯を噛みしめる。このまま、フィリップ王子が堕ちていったらどうなるのか。その未来は、ひとつだけ。


 長兄サイラスは、病のため王太子の座を辞退している。

 フィリップ王子は、このままだと王太子候補からも外される。


 となると、残るのはレグルスのみ。

 レグルスが王太子となり、次期国王になる。


 ――馬鹿馬鹿しい、とレグルスは思う。

 以前国王の前で言ったのは、あながち謙遜のみではない。レグルスは自分が国王になれるとは思っていない。レグルスの望みは、王になることではない。


 王座なんていらない。煩わしい人間関係も必要ない。

 レグルスがしたいことは――


「……ぼっちゃま。アリシア嬢がもうじきこちらにいらっしゃります」

 部屋の隅に控えていた執事がそう言う。彼はレグルスが赤ん坊の頃から仕えているので、レグルスがいくつになっても、「ぼっちゃま」と呼んでくるのだ。

 レグルスは何度目になるか分からない休憩を入れ、頭の後ろで腕を組み、執事を見る。


「……分かった。ちなみに、ベルマン」

「はい」

「おまえは、私が国王になったらどうする?」

 レグルスは問いかける。次世代のことを話に挙げるなんて、場合によっては不敬罪になる。

 だが長年レグルスの片腕を務めてきた執事ベルマンは、全てを悟ったように頭を垂れた。


「ぼっちゃまは、立派に王としての務めを果たされると思います。ただし、それがぼっちゃまの願いでないことは、このベルマン、承知しております」

「……」

「ぼっちゃまは、アリシア嬢と一緒にいられなくなることを、何よりも心配されてらっしゃいます」

 そのまま図星を指され、レグルスは苦笑する。この執事は何でもお見通しだ。


「分かったか?」

「ぼっちゃまが女性にドレスを贈られるなんて前代未聞でございます。それも、二着目は今以上に豪勢なものにするなんて。もう、これを着て嫁に来いとおっしゃってるようなものではありませんか」

「そうだな……それが言えたら、いいんだけど」

 レグルスはふー、と大きな息を吐き出す。それが難しいことは、自分が一番よく分かっている。


 アリシア・ティリス。不思議な女の子。

 レグルスの興味関心を引いて止まない、男爵家の令嬢。

 これからも、彼女が店を経営する姿を影ながら見守っていたい。できることなら、もっと側で支えてやりたい。


 だが、レグルスが王太子となれば、それは叶わなくなってしまう。レグルスは、アリシアの側にいられない。

 逆に、アリシアを城に呼ぶことはできる。だが、そうしたら店を経営し、いずれ店舗拡大したいと願う彼女の夢はどうなる?

 アリシアの夢を奪うほど、自分は残酷にはなれなかった。


 ぱたぱたと、足音が近付いてくる。アリシアが仕度を終えたようだ。

 レグルスは気だるげな姿勢を戻し、あたかも今までずっと書き物をしていたかのように、テーブルに身をかがめる。執事ベルマンも、何食わぬ顔で茶の準備を侍女に命じる。


 春の日だまりのように暖かい彼女が、もうすぐレグルスの部屋に来ようとしていた。

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