第一章『加速し続ける恐怖』‐8
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結果として、電車は無事に止まった。けが人も少なく、最悪な事件は終わりを告げた。
結城たちは無事に電車から降り、駅の中で待機している。
現在は警察とガーディアン、二つの組織がこの場に居合わせ、事件の解明を行っている。
時はすでに夕方。だから涼しさを感じるかと思えば、今年は暑い年で、七月に入ったばかりの今でも結構な暑さを感じている。現に、結城の首元は少しばかり汗ばんでいた。
事件に関与してるとして、警察とガーディアンと共に結城は咲楽は駅のホームに立っている。
「ゆうくん、大丈夫?」
隣に立つ咲楽が話しかけてくる。
「なんだよ、あらたまって? まぁ、大丈夫だけどよ、咲楽こそ大丈夫かよ?」
「うん、大丈夫。でもね、怖かった。いつもの日常が壊れて、死ぬんじゃないかと思った。楽しい日々を失うかと思った」
「…………」
少しばかり涙目になりながらそう言う咲楽に、結城は不機嫌な顔をした。それは、咲楽が泣いていることに対しての不満であった。自分がこんな感情になってもどうしようもないことは分かっている。だけど、自分の中で許せないものがあるのも確かだ。
二度と彼女のこんな顔は見たくない。
「ゆうくん?」
「咲楽、お前のことは、俺が守ってやっから。だからさ、咲楽はいつも笑顔でいてくれ。周りを楽しい気持ちにさせてくれる、いつものお前でいてくれ」
それが、結城が彼女に求めること。一方的な願いでしかないが、生まれたときから一緒にいる彼女の、その素敵な笑顔こそが結城にとってなりよりも大事なものだった。その笑顔が、色川咲楽という女の子の象徴なのだから。
「ゆうくん……うん、分かった。ありがとうね」
「感謝されるようなことは何もしてないがな」
しれっとそんなことを言う結城に、咲楽は微笑む。
小さいころから一緒に居て、変なところで素直じゃない彼を今まで何回も見てきた。今回もそれとまったく一緒の反応。口は悪いし、ちょっと暴力的だけど、根の部分はとてもやさしい。でも、その『やさしさ』という感情を表に出すのが不器用な人が彼。
「結城、カノジョさんと話し中悪いんだが、話を聞かせてもらってもいいか?」
目の前から話しかけてきたのは七城市を守るガーディアンの一人、そのリーダーである阿波乃渉であった。
恥ずかしそうにモジモジする咲楽を気にすることなく、結城は渉の言葉に応じた。
頬をぷくーと膨らませて怒りを表しているようだが、ちっとも怖さを感じなかった。逆に可愛らしさがアップしているような気がする。
「結城が出会ったその犯人、どんな人物だった?」
「性別はおそらく男。少し高い声だったが、あれは完全な男の声だった。それにネクスト発症者でもある。彼は『電撃』を使っていた。おそらく電車のコントロールシステムも、その能力を使ってクラッキングしたんだろう」
「目的は?」
「分からん。その状況を楽しんでいたようにも見えるし、楽しむ以外にも何らかの目的があったようにも感じる」
「では、何を話したんだ?」
「あ、そういえば……奴は俺のことを待っていた。犯人と出会ったとき、俺のことを見て奴は、待っていたよ、とそう言ったんだ」
「……他には?」
「君の力を試させてもらうよ、とも」
渉は顎手をそえながら何やらを考える。その結城の言葉を頼りに、犯人の目的が何なのかを把握する必要がある。事件はこれで終わったわけじゃない。犯人は捕まっていないし、また事件が起こるかもしれないのだ。
「義嗣さん!」
渉は後ろを見ながらある人を呼んだ。その人を見て、結城は驚いた顔をする。まさかここにこの人がいるとは思わなかったからだ。
「悪いな結城、こちらにも仕事があるんでね。息子のことを二の次にしてしまった。とりあえず無事で安心したよ」
白髪混じりの頭髪をオールバックにしてまとめ、顔にはシワがある渋い風格。
彼の名前は榊原義嗣。七城市の刑事であり、結城の父親でもある。
「咲楽ちゃんも無事かい? ケガは?」
「あ、はい。ケガもありませんし、元気ですよおじさま」
「そうかい。うん、なによりだ」
今まで息子には向けたこともないような笑顔をする。家も隣同士で、赤ん坊の頃からこの二人を見てきた義嗣にとって、咲楽も自分の娘のような存在なのだ。無論、色川家の両親にとっても、結城は自分たちの息子の様に接してくれていた。
「で、阿波乃、何の用だ?」
「はい、実は――」
耳打ちし、こちらには聞こえないように話す渉。義嗣の表情は、話を聞くたびにどんどん歪んでいった。そして、自分の息子を鋭い目で睨み付ける。
結城は子供の頃から今に至るまで、父親のこの目が苦手だった。仕事中の、その鋭い目は何だか怖いから。
「結城、今の時代とても難しいことだとは思うが……電脳世界にアクセスするのを控えるんだ」
「どういうことだ?」
「考えてみろ、今回のこの事件の犯人に顔を知られていたんだぞ? それにその犯人は未だ逃走中。この状況で電脳世界をのうのうと歩くのはあまりにも危険すぎる」
「分かった……と言いたいところだがな。自分のことは自分で決める。まぁ、親父の言う通り控えようとは思うが、絶対はない」
ふっ……、と鼻で笑う義嗣。まるで、息子が言おうとしていることが分かっているかのようだった。息子に向けていた目線を今度は咲楽の方へ向け、微笑みかける。
どういう意味なのか分からず、オロオロする咲楽。
そして、結城の肩を力強く叩き、言った。
「お前もやっぱり男なんだな。それに、さすがは俺の息子だ。いいか、自分の決めたことには責任を持てよ。絶対に途中で投げ出すな。いいな?」
「分かってるよ、そんなこと。それに――」
「いい、皆まで言うなよ。分かってるから。それじゃ、俺は仕事に戻る。阿波乃、あとは任せた」
「了解しました」
手を軽く振りながら自分の仕事場に戻っていく義嗣。
そして、結城は隣に立つ咲楽のことを見た。そして強く拳を握る。
今回の事件、犯人の特定は結局できなかった。コントロールシステムのアクセスログは運転士の二人と、榊原結城だけだった。しかし、ログに不自然な空白があったのは確認できたのである。どうやら、犯人自身か、または犯人が所属している犯罪組織が手を回している可能性がある。
警察、及びガーディアンは今回の事件の解明を続けると共に、共犯者、及び組織的な犯行の可能性を含めて捜査を続けることとなった。
第一章終了!
つづいて第二章『ゆらり揺らめく灯』です。