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第一章『加速し続ける恐怖』‐6・7

  6


 現実世界に帰って来た結城は、電脳世界で吹き飛ばされた右腕に痛みが広がっていくのを感じた。思わず左手で自分の右腕を押さえる。その激痛に、結城は顔を引きつらせ、額からは汗が噴き出していた。


(電脳世界で腕が吹き飛ばされれば、その痛みが現実世界の身体にフィードバックされるんだな……。もし電脳世界で死を経験したとしたら、現実世界の身体はどうなるんだ?)


 先ほどは運が良かっただけで、死んでもおかしくない状況だった。腕が吹き飛ばされた痛みがこのレベルならば……想像しただけで恐ろしい。


「おい、大丈夫か君!?」


 電脳世界に入っている間、自分を見守っていてくれと頼んだ青年が焦りながら聞いてきた。


「大丈夫だ。ところで、ドアはちゃんと開いたか?」


 結城がドアの方を見ると、そのドアが開いているのが分かった。しかし、未だに誰も運転席には入っておらず、現実世界に帰ってくる結城のことをみんなで見守っていてくれたそうだ。


「運転席に行くぞ」


 結城は右腕を押さえながら運転席に入るためのドアを開き、中へと入る。

 その瞬間、この電車が急激に加速した。そのせいで体は後ろへと倒れ、尻餅をつく。

 先ほどまで分かるか分からないかくらいの加速だったが、今度は身を持って確かに感じられるほどの加速だった。後ろから乗客の叫び声が聞こえてくる。

 今この現状が、どれだけ危険なものなのか。この変化によってようやく理解しだしたのだろう。


「くそっ……」


 一刻も早く、この電車を止めなくてはならない。そうしないと、咲楽の笑顔が失われたままになってしまう。それは絶対に防がなくてはならない。

 運転席には、運転士と思われる男性が椅子に座っていた。しかし、その男は気を失っている。ただ、その男はただ単に意識を失っているわけではない。電脳世界に自分を送り込んだ状態のままになっているのだ。


『誰か応答しろ! 誰でもいい、この通信に出てくれ!!』


 運転席のコンソールのスピーカーから、男の声が聞こえてきた。結城はすかさずその通信に出る。


「乗客の榊原結城だ。そっちは?」

『おお!! 管制塔の小林だ。いったいそちらはどうなっている? こちらの管理下から急に離れたかと思えば段々加速し出すわ、今度は急激な加速になるわ』

「おそらく、誰かがこの電車に細工した可能性がある。運転席へとつながるドアがクラッキングされてロックされていた。それに、この運転士の人、電脳世界に入ったままの状態になってる。おそらくこの管理システムの電脳世界に犯人らしき人がいるんだ」


 それが結城が出した結論。今回のこの事件、ただのシステムの不具合ではないことはドアのロックが確認された時点で分かった。これは明らかな妨害行為であり、運転席のコンソールに触れさせないための工作に他ならない。


『ならば、君がそのコンソールにアクセスして様子を見てきてくれないか? こちらからはその電車の管理システムにアクセスできないんだ。だから、頼れるのは君しかいない』

「任せろ。元よりそのつもりだ」

『頼む、乗客の命は君にかかっているんだ』

「分かってる」


 ふぅ、とスピーカーの向こうから溜息を吐いたような声が聞こえてきた。

 そして、実際に顔を合わせていないにも関わらず、気まずい雰囲気が感じ取れるその間が、結城は気になってしょうがなかった。


『榊原さんだったか? 乗客の命を君に背負わせてしまうわたしたちの無能さを……許さないでくれ』

「あぁ、絶対に許すものか」


 こんな事件に発展させてしまったことを結城は許す気はさらさらない。なぜなら、それによって咲楽の笑顔が失ってしまったから。だけど、もっと許せない存在がいる。それを今からぶん殴りに行くのだ。


「ゆうくん!」


 電脳世界へとパルスインしようとしたその時、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。結城は振り向くと、そこには不安そうにした咲楽の顔があった。その表情は、結城にとって一番見たくないもの。だからこそ、結城は軽く、余裕がある感じで言った。


「安心しろ。お前は笑顔でいてくれればそれでいいんだよ」


 少し微笑みながら言ったその言葉。そもそも微笑みなんて似合わない顔をしているのだが、そんなことは今は気にしない。

 結城はコンソールを見つめ直し、パルスイン用のパネルに手を当てて宣言した。


「パルスイン」



  7



 この電車をコントロールするシステムの電脳世界は、鋼の壁と上下に開く扉によって構成されていた。まるでSF映画に出てくる近未来的な基地のようだ。

 その電車のコントロールシステムの電脳世界に入り込んだ結城は、思わず膝をついた。


「なんだこれ、立っていられねぇ……」


 あまりのノイズの多さに、体のバランスが保てなくなってしまったのである。頭は痛くなるし、気怠さを感じたりするし、もう散々な状況。だが、ここで立ち止まることは許されない結城は、気合いだけで立ち上がる。(ひざ)がガクガク震えるが、一歩一歩、確実にその歩みを進めた。

 妙に作りこまれているコントロールシステムの電脳世界。一見、一体どこへ向かえばいいのかも分からないその構造は、おそらく何らかの方法でこの電脳世界にアクセスし、システムのクラッキングを起こされないようにするための対策の一つだろう。

 しかし、便利なことにネクスト発症者の榊原結城。電脳世界にある違法な存在は、どんなものであろうとノイズとして結城へと伝わる。そして今回、歩くのも困難にさせるような強力なノイズの出所が結城には何となくだが分かるのだ。それを手がかりにして、迷路のようなこの電脳世界を歩く。

 いや、実際のところは走りたいのが山々。この電車は急激な加速をしている。もし、急なカーブに差し掛かったら? おそらくは横転必須だろう。

 だから、結城は走って原因を早く突き止めたい。だが、このノイズが邪魔をする。

 それがこの事件の犯人の狙いだろう。歩くことすら困難になるほどの強力なノイズを発生させて足止めする。なんともまぁ、単純明快、それでもって効果的なのだろうか。

 右腕も痛みで酷い。電脳世界へと再び飛び込んだことによって右腕は再び無事な状態にはなっているものの、痛みまではリセットされないらしい。むしろ、酷くなっているような気がするのだ。

 左手は強く右腕を掴む。その圧迫で痛みが幾分か和らぐからだ。

 右へ、左へ、また右へ、そしてまた右へ、と思えば今度は左へと、クネクネと幾度となく何度も何度も角を曲がる。本当にこのコントロールシステムの中枢に向かっているのかも怪しいが、頭に響く煩わしいノイズは段々と大きくなっているから、おそらくはコントロールシステムの中枢に近づいてはいるのだろう。


(おかしい。なんでなんのセキュリティも効いていないんだ? さっきみたいにドローンがあってもおかしくないのに)


 結城はここまで、何の障害にも遭遇していないのだ。本来なら、侵入者を撃退するドローンの一〇や二〇いてもおかしくない。だって、ここをやられてしまえば乗客が乗っている電車が危険に晒されてしまうのだから。

 つまり、考えられることは侵入者が侵入者を撃退するドローンを破壊し、この電車のコントロールを乗っ取ったということ。


(その犯人はまだこの電脳世界にいる)


 結城は確信を持ってそう思った。なぜなら、この電車は継続的に加速を続けている。そして、このコントロールシステムの電脳世界に入る直前に急加速した。それは、人為的ににする他ないのだから。

 そいつをぶん殴らなければこの電車は止まらない。

 ただ、やはりノイズが邪魔をする。


(……待てよ、違法なプログラムがあるからつっても、立つことすらも困難になるようなモノにはならないはずだ。これは別の何かが動いていると言っても過言じゃない)


 ここまでやってきて、結城はそう結論を出した。今までに経験したことのないこの強いノイズは、電脳世界に蔓延(はびこ)る違法プログラムだけではありえないものだった。だとすれば、考えられることは一つ。

 この電車の暴走を止めるべく、コントロールシステムの電脳世界に入ってくる人物の足止め。

 それしか考えられない。


「ふざけんじゃねぇぞ……こんなノイズごときで俺を止めようだなんて甘いんだよッ!!」


 結城はその気合いだけで、ガクガク震える足を進める。

 そして歩くこと数分後、ようやくコントロールシステムの中枢らしき部屋の扉の前までやって来た。その扉に手をかざすと、すんなりと扉が上下に開いた。その結果に結城は呆気を取られ、犯人の考えのおかしさには笑わずにはいられない。


「ハハハハハ、アハハハハハハハ!! なんだよコレ、何で俺こんなに歓迎されてんだ?」


 すると、コントロールシステムらしき装置の物陰から誰かが姿を現した。


「待っていたよ」


 聞こえたのは少し高めの男の声だった。

 その男は顔を隠すために不気味な仮面を付け、パーカーのフードを深々とかぶっていた。身長はそこまで高くなく、結城と同じ程度。しかし線が細く、力強さは感じられない。ただ、底知れない不気味さだけはあった。


「なんだよ待ってたって」

「言葉の通りさ。自分の乗っている電車が暴走したとなれば、キミが動かないわけがないからね」

「んだと? 俺はまんまとお前の誘導に引っかかったということか?」

「その通り。とりあえず……君の力、試させてもうらうよ!」


 そのとき、その男の腕から電撃が飛び出した。その攻撃は予測できず、思いっきり電撃を浴びてしまう。ただでさえノイズで足がガクガク震え、立つことさえ困難だというのに、その状態で電撃を浴びたとなれば、転倒は必須だった。


「お、お前……ネクスト発症者か、よ……?」

「その通り。電脳世界で攻撃性のある電撃を出すことができるだなんてネクストしかいないだろ?」


 結城と同じ、ネクスト発症者がこんな事件を起こしたことに結城は憤りを感じていた。

 電脳世界に適応した規格外の存在、それがネクスト。使い方を間違えれば、今回のような人を傷つける――いや、人を簡単に殺すような事件を起こすことも可能なのだ。

 その存在はなぜか電脳世界を守護するセキュリティプログラムからはどんなことをしても見逃され、どんなにセキュリティ側が対策をしたとしてもいともたやすくそのセキュリティを潜り抜けてしまう。

 本当に困った存在。

 ネットワーク社会は、このネクスト発症者をどうにかしようとするも、いったい誰が発症しているのかも分からない。だから、対策のしようがないのだ。中には、その能力を使って電脳世界の秩序を守ってくれる存在もいるので、一概に悪とは断定できないでいるのが現状だ。

 だから、ネクスト発症者は社会から見逃されている。

 ただ、事件を起こせば話は別だ。法を持って裁かねばならない。


「お前、こんな、こと、して、ただで済むと……思ってんのかよッ!!」


 地面にへばりつく身体を無理やり起こし、パーカーの男に拳を一発入れてやりたかったが、彼は笑いながらさらりと、涼しい顔で避けた。


「ハハハ!! ただで済むと思っているかって? 思っているわけないじゃん。だって、ボクは捕まらないから。捕まえられるもんなら捕まえてみろってんの!」


 今度は腹に蹴りを入れる。無論、蹴りを入れたのはパーカーの男。殴るのを避けられて、よろめいたところの一撃だった。結城は言葉にならない声を出し、痛みでその場にうずくまるしかなかった。


「て、テメェ……絶対にぶん殴ってやる。その不気味な仮面をカチ割って、お前のその面を拝ませてもらうからな」

「口だけは良く動くね。だけど、そんなに寝っ転がって言われちゃ、説得力ゼロだよ」

「ふん、立ち上がればいんだろ? 立ち上がればなぁ!!」


 結城は勢いよく立ち上がる。ただ、その体はふらふらと揺れており、見ているだけで危なっかしい印象を抱かせるものだった。その様子を見て、仮面の男は嘲笑する。


「お前、本当にボクに勝つ気でいるの?」

「この勝負に勝ち負けなんかあるのかよ。俺はただ、テメェを殴り飛ばして、この電車を止めるだけだ。勝つとか負けるとか、そんなくだらねぇことはどうでもいいんだよ」


 結城は右手の指を小指から順番に折りたたんで拳を作っていく。それも、手から軋む音が聞こえるくらい強く。

 狙いは仮面。そいつをカチ割ってやらないと気が済まない。


「だーかーらー、このボクに拳を当てることすら愚かなことなんだよ」


 仮面の男はいかにも余裕だということを見せびらかすように軽々その拳を避け、逆に結城の鳩尾(みぞおち)へ、ひざで思いっきり突いてやった。それ自体は彼の力があまり強くないせいか痛みはあまりない。しかし、そこから発せられる電撃によって結城は呼吸が困難になるくらいの痛みが襲い、口からは唾液が零れ落ちる。

 痛みが体中に広がっている最中(さなか)、結城はこのノイズの正体を必死に考えていた。結局のところこの戦い、このノイズさえどうにかなれば勝機はあるのだから。


(奴は電撃使いのネクスト、おそらくクラッキングを得意としているはずだ。そして、このノイズを発しているのも奴と考えてもいい)


 だが――そのノイズを発しているのが()()()()()()()()のはおかしい。電撃が使えるからと言って、運動能力を著しく低下させるようなノイズをずっと発せられるものだろうか?


(それだけは絶対にない。どこかに、このノイズを発生させている装置みたいなものがあるはずだ)


 結城は必死に立ち上がり、辺りを見回す。しかし、それらしき装置は見当たらなかった。それに、ノイズが酷すぎてそのノイズ発生装置のようなものの正確な位置までは把握できない。

 目の前には仮面の男、そしてその後ろにはこの電車のコントロールシステム。

 さて、この戦いの要とも言えるノイズ発生装置を簡単に見つけられるところに置くだろうか。答えは否だろう。見つけやすいところに置いて破壊されてしまえば、絶対的なアドバンテージが失われてしまう。


(考えろ、俺が奴なら、そういったものをどこに置く?)


 仮面の男を睨み付けながら必死な想いで思考を巡らせる。


「どうしたの、そんなに怖い顔して。あ、もしかしてこのノイズをどうにかしたいと思ってんの? そりゃそうか、このノイズさえなくなれば、お前は軽々と動げて自慢の拳をボクに当てられるんだからね」


 結城が考えていることは奴に筒抜けだった。だが、関係ない。バレていようが、バレていなかろうが、やることは変わらないのだから。


(一体ドコにある!? この状況を作り出すことができたとして、どこが一番安全だ?)


 とりあえず結城は再び立ち上がり、ノロノロとこのコントロールシステムがある部屋を歩き回る。その様子を黙って見守る仮面の男。その様子からして、仮面の下の表情はさぞニヤついているだろう。


「さがせさがせ。お前には見つけられないがなッ!!」


 助走をつけて蹴りを入れてくる仮面の男。その足にはバチバチとスパークが散っていた。電気を帯びたその蹴りを貰えば、今度こそ立ち上がることはできなくなるだろう。しかし、タダでくらうのも飽きた。

 だから、ここで僅かながらの悪あがきをしてみようじゃないか。

 飛んでくる脚を寸前で小さな動きでかわし、パーカーの帽子を掴む。

 その瞬間――仮面の男は焦りを見せたかのような行動を取った。


「なぁっ!?」


 全身から電気を放出させ、結城のことを振り払ったのだ。

 掴んだ右手から電流が流れ、危うく死にかけたが、結城のネクスト能力である『変質』を使って右手を硬質化させた。それによって絶縁となり、体全身に電流が流れることを阻止したのだ。

 そこで、ようやく、結城はハッとした。仮面の男の焦り様が尋常ではなかったのである。

 それはまるで、パーカーをいじられたら困るように見えた。つまり、パーカー、もしくはそのパーカーの中に見られては困るものがあるのではないか。


「そうか、そういうことかよ……」

「なんだ!? なんなんだよッ!!」

「テメェ、平常心って知ってるか? もしかして、ウソをつくのがヘタだとか」

「ッ……!?」

「図星かよ。もう少しメンタルを強くした方がいいんじゃねーの? このノイズを出している正体は、そのパーカーだろ」


 それを言った瞬間、仮面の男は少しだけ後ずさった。本当に、ウソをつくのがヘタなのだろう。これほどまでに分かりやすい反応をしてくれると、逆にそれが罠なのではないかと疑ってしまうほど。もしこれが演技だとしたら、それは最高の役者だ。こんな犯罪を起こすより、舞台に立った方が人生を有意義に使えるだろう。


「種が割れたところでお前に何ができる!? マトモに動けないのに、このパーカーをどうにかできるのかよ!?」

「ハァ……哀れだなぁ。テメェ、自分で種を明かしてどうすんだよ。俺の発現はあくまで予想だろうに。まぁ、このアホな行動すべてが演技だとしても、とにかく俺はその可能性を潰すだけだ。覚悟しろよ電撃野郎」


 硬質化した黒い右手を前に突き出し、威嚇するような、怖い表情を作り出す。

 ノイズが体の自由を邪魔する中、結城は力を込めて吼える。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 突然の大声にビクッと体を震わせる仮面の男。そのとき、明確に体の動きを止めた瞬間でもあった。そのビッグなチャンスを無駄にできるわけもなく、これ以上戦いを長引かせる訳にもいかない。

 これが最後のチャンスと言ってもいいだろう。


(ここで無理しないで、どこで無理するってんだ……!!)


 自分の足にムチをいれるかのごとく、必死に、強く、思いっきり、地面を蹴った。

 敵との距離が縮まっていく。

 そして、手を伸ばした。

 仮面の男の襟首を掴み、全力で力を込めた。硬質化によって強化された拳によって握力も上昇し、パーカーのような衣類も軽々と引きちぎれるような力を出すことができる。

 パーカーは襟首から肩、そして腕にかけて引きちぎられた。データが壊れ、それはもうパーカーとして機能しないくらいに壊れてしまった。

 するとどうだろうか、体の自由を奪っていたノイズがピタッと止まったのだ。


「驚いた。本当にノイズを発していた装置がパーカーだったとはな。一見して分からないようにわざわざパーカー型にプログラムを作ったとか、ご苦労なこった」

「くっ……」

「おい、出せよ。次のを。もしかしてこれで終わりか? なら、今度はこっちの番だぜ。さっきまで電撃やら蹴りやら散々やってくれたな?」


 コツ、コツ、コツ、とわざと足音が聞こえるように仮面の男に歩み寄る。すると、それに合わせるように仮面の男は一歩、また一歩と後ずさった。もう相手に対抗手段がないことは明らかだ。

 戦闘を圧倒的有利に進めることができたノイズはもうない。

 そして――。


「来るなッ!!」


 電撃を放つ。

 ――しかし彼のネクスト能力である『電撃』は結城の変質した拳によって絶縁されてしまう。

 勝負は、あった。

 結城はその拳を思いっきり後ろに引き――全力全開でその拳を放った。


「テメェのその(つら)、拝ませてもうらうぞ!」


 拳は仮面に直撃。男は大きく吹き飛び、その仮面にはヒビが入っていた。

 地面に激突する謎の男。仮面の一部が割れ、素顔が少しだけ見えたが、全貌が分からずいったい誰なのか判断が付かなかった。恐ろしく頑丈な仮面だ。犯罪を起こす以上、素顔を見られれば不都合なことが多く、それゆえの強度なのか。


「オイ」


 地面に倒れている男の腹を踏みつける。見下したような表情で、結城は言った。


「もう一度その(つら)を殴らせろや。テメェの素顔を見るまで何度でもお前の顔面を殴り続けてやるからよ」


 それはもう、怒りしかなかった。

 幼馴染の咲楽を悲しませ、危険な目に合わせた目の前の男が許せなかった。

 だから、自分の気が済むまで目の前の男を殴らなければ気が済まない。


「ふふふ……いいのかな? 電車を早く止めなくて。現在の電車の時速は約一七〇キロ。これが何を意味するのか、分かるよね?」


 結城は心臓が飛び出しそうなくらいにドキリとした。

 その瞬間、踏みつけている右足からいきなり力が抜けるのを感じ、よろめく。

 犯人の男はログアウトし、この場から逃げ出したのだ。


「クソッ!! やっちまった……」


 だが、愚痴を垂れている暇はない。

 結城はコントロールシステムに駆け寄り、コンソールをいじる。

 専門的な知識はなにもなく、どうやって操作するのか、それは直感でやるしかない。

 焦りによって何度も項目の選択ミスをしてしまう。

 ヤバい。

 落ち着こうと思うが、自分の感情が上手く制御できない。焦りが更なる焦りを生む。

 目は泳ぐように画面を右へ左へ、上へ下へと巡り巡らせる。

 やがて――。


「あった、緊急停止プログラム……!!」


 ついに見つけたこの状況を打破する最後の賭け。


「間に合ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 結城は信じてもいない神に祈りながら、そのプログラムを起動させた。

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