表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

第一章『加速し続ける恐怖』‐4・5

  4


 結城と咲楽は電車に揺られていた。景色が次々と流れていくが、そんなものは見慣れてしまった景色なだけあって、あらたまって見るものでもない。

 咲楽はイヤホンを外し、結城に話しかけた。


「海実ちゃん可愛かったね」


 今となっては当たり前となっている、空中投影ディスプレイを用いた携帯電話、エアリアルフォンをいじりながら答える。


「まぁ、可愛い顔をしていたのは確かだな」

「でしょでしょ!? 明日、一緒にお昼ご飯でも食べて親睦を深めたいなぁ。もちろん、ゆうくんも一緒にね」

「なんで俺まで誘うんだよ。咲楽ひとりで好きにすればいいだろ?」

「だから、好きにした結果がゆうくんと一緒に海実ちゃんとお昼ご飯を食べることなんだよ」

「なら……仕方がないな」


 毎回のことだが、結城は咲楽の提案に反対や反論を言うものの、最終的には結城が折れて咲楽の思惑通りになってしまう。それが結城の甘さなのか、やさしさなのか、彼自身はその感情を理解していない。いや、理解しようとしていない。

 すると、電車がいったん止まった。駅に着いたことで乗り降りする人々を、スマートフォンをいったん手放して結城は眺めていた。学生、サラリーマン、OL、買い物帰りの主婦、様々な人たちがこの電車を利用している。

 ネットワーク社会になった今では、この電車もネットワークによって管理されており、強固なセキュリティによって守られているコントロールシステムは、今の今まで何事もなく運営し続けている。


「気が付けば次だね」

「そうだな」


 結城たちが降りる駅は、二人が通っている中理(なかり)高校がある中理駅から二つ先、次の駅である羽土円(はどまる)駅だ。

 これが、いつも通りの日常。毎日使っている電車の風景。

 アナウンスが流れ、次の駅名を乗客に伝える。これがいつもの風景。

 結城と咲楽は立ち上がり、ドアの付近に立って次の駅を待つ。これもいつもの風景だ。

 しかし……。

 いつも降りている駅を――通り過ぎて行った。


「は?」


 いきなり訪れる非日常。結城は思わず短い声を出す。

 見慣れない風景が流れていく。本当なら先ほどの駅に停まるはずなのに、先ほどアナウンスでも次の駅に停まると言っていたはずなのに、なぜか電車は停まらない。


「待って、何これ? さっきの駅……私たちが降りるはずの駅だったよね?」


 今の状況をまったく呑み込めていない咲楽は声を震わせながら言う。突如として日常から離れてしまった今の状況に混乱してしまうのは人間として当然だろう。無論、咲楽だけでなく結城も混乱していた。

 しかし、慌てふためいて口が動いてしまう咲楽に対して、結城は口を閉ざしたまま。冷静になろうと、今の状況を一つひとつ確認している最中(さいちゅう)なのである。


(この状況、電車のコントロールシステムが何らかの要因によって壊されないと起こりえない状況だよなコレ。なら、すぐに車掌によるアナウンスがあるはずだ)


 しかし、そのアナウンスは一向に流れなかった。

 さすがに今のこの状況がおかしいことを理解し始めてきた乗客がざわめく。


「ねぇ、ゆうくん……」

「なんだよ咲楽。大丈夫だ、心配すんなよ。このまま止まらないなんてことはないだろ」

「違うの……この電車、段々速くなってない?」


 咲楽が恐る恐る言ったその言葉で、結城の(ひたい)から脂汗が一斉に吹き出し、気持ち悪い状態になった。

 結城は外を見る。七城市の街並みが次々と流れていく、そのスピードが……少しずつだが早くなっていないだろうか? 冷静になって、注意していないと分からないくらいに、少しずつだが着実にこの電車は緩やかに加速し続けている。


「おいまさか、冗談だよな?」


 映画じゃあるまいし、こんなことが現実に起こっていいはずがない。

 これじゃ冷静になれるはずがない。

 このまま加速し続ければ、他の電車と衝突するか、カーブで限界を超えて横転するか。どちらにしろ、命が助かる確率は限りなく低い。


「ゆう……くん……」


 咲楽が、弱々しい声で話しかけてきた。その目には涙が浮かんでいる。


「明日……海実ちゃんと、一緒にご飯食べるれるんだよね? そうだよね……?」


 咲楽の泣き顔なんて見たくなかった。だから結城は思わず舌打ちをする。

 いつも明るい子でいて欲しい、それが結城の願い。『咲楽』という名前の通り、楽しさを咲かせてくれるような子だ。それが榊原結城の幼馴染であり、色川咲楽という女の子である。

 それが今、恐怖と悲しみで台無しになっている。それは、結城にとって許せないものであり、一刻も早く笑顔になるべきなのだ。

 だから、結城が取るべき行動は一つ。


「待ってろ咲楽。俺が何とかしてやるからさ」


 咲楽の有無を聞かず、そのまま結城は走り出した。周りには混乱し、慌てふためく乗客ばかり。もちろん、この人たちも助け出す。だけど、結城の一番の目的は咲楽の笑顔を取り戻すこと。それだけだ。

 結城が目指していたのは先頭車両、運転室。現社会の電車はすべてがネットワークによって管理されているので、電車は寸分の狂いもなく時間ピッタリに来る完璧な仕事が行われる。したがって、電車の運転士がほとんど必要なくなり、残った業務と言えば、正しく電車が作動しているかの監視だけ。それが今の電車の運転士の仕事である。

 しかし、この異常事態に何のアナウンスもないのは不自然だ。

 運転席の周りに集まる人たちを潜り抜け、何とかして前まで出た。ドアのガラス部分から見えたのは気絶している運転士だった。


「すみません、このドア開かないんですか?」


 結城は近くの人に尋ねた。


「それが開かないんだよ。なぜかロックされてしまっていてさぁ!」


 それを聞いた結城は確信した。これは偶然コントロールシステムに異常が現れた訳ではない。誰かが意図的にこの電車のコントロールシステムを壊し、乗っ取ったのだ。でなければ、運転席へ繋がるドアがロックするだなんてことはありえない。


「仕方がない。俺がロックシステムにアクセスしてロックを解除してきます。そこのアンタ、俺の体を見張っていてくれ」


 結城に指示された青年は静かに頷き、まかせてくれ、と言ってくれた。

 結城はドアのロックを管理しているコンソールに手を当て、目を瞑り、宣言した。


「パルスイン……!!」



  5



 ドアのロックシステムを管理している電脳空間は大して広いものではない。

 結城はこの電脳空間にパルスインした瞬間に、すぐロックシステムらしきものを発見することができた。しかし、それよりも先に感じ取れたことがある。それはノイズだ。しかも非常に強力で、体がよろめいてしまうほどの。

 案の定、ロックシステムの回りには四角いドローンが浮遊していた。ドローンとは、電脳世界において様々作業を行うためのプログラムのことだ。それを利用すれば、今回のようなドアを施錠し、解除できなくさせる、という簡単なクラッキングに使用することくらいなら可能だ。

 そこには攻撃性を持つドローンが四機いた。これはセキュリティーの関係上、そこにあってもおかしくないものだ。

 しかし、奥にその場にあるわけがないクラッキングするためのドローンが四機もあった。

 正直、この状況において何事もなくドローンを破壊するだなんて無理に等しい。もし仮に、あの攻撃性ドローンが人を簡単に殺せるほどのものなら、攻撃を一発もらっただけで脳死状態になることは容易に想像できる。

 これは一介の高校生が首を突っ込んでいいレベルを超えてしまっていた。しかし、結城は先ほどの涙ぐむ咲楽の顔を思い出してしまう。それはまるで呪いの様に結城の足を一歩、また一歩と踏み進まさせる。


(やれる。やれるんだ俺は! 大丈夫だ、俺はアイツのためなら……)


 結城は手を後ろへと振りかざし能力を発動、その右腕を黒曜石の様に深い黒に染め上げていく。信じられるのは己の拳のみ。


「これを全身にできるようになればいいんだけどなぁ……。ま、ウジウジしてても仕方がねぇか」


 黒く、ゴツゴツとした右腕を見つめながら愚痴を言う結城。事実、彼はこのデータを分解し、別の何かに作り替えられる能力を使いこなせていない。右腕を変化させるだけで精一杯なのだ。

 結城はぐっと、右足を後ろに出して力を込める。

 作戦は攻撃ドローンの攻撃を避けて、砕く。ただそれだけだ。

 なんとシンプルな作戦だろうか。だが、この手のサイバー犯罪の専門家でもない結城はそれしか考えられなかった。もっと良い作戦があるなら教えて欲しいくらいだ。


「行っちまうぞ……やってしまえよ俺ぇぇぇええええええええええええええええええ!!」


 攻撃性ドローンを目がけてひたすら突っ走る。どんどん迫りくるそのドローンの姿は、無機質だからこその恐ろしさがあった。慈悲もない、感情もない、ただ相手を殺すだけの冷たい攻撃をくりだす。

 まずは一体。攻撃を仕掛けられる前にその拳で叩き割った。


「まず一つ!!」


 しかし、その攻撃にドローンは反応。すばやく敵を排除する動きへと変わる。ビームのような緑色の光線が結城のことを正確に狙うが、それを結城は体を自ら倒すことで回避。

 そのまま地面をゴロゴロと転がりながらドローンの攻撃を避けて次の標的に近づく。

 ドローンの目の前まで来ると、結城は腕と腹筋に力を込める。両手を耳の横まで持ってきつつ、ひざを顔の近くまで寄せ、それを戻す時の反動を使い、手で地面を力一杯に押す。

 体を反らせながら宙を低く舞い、その勢いを使ってドローンの頭を拳で殴る。地面にたたきつけられたドローンは機能を停止。


「二つ!! 残り二……!」


 そのとき、目の前に緑色に光るものが近づいているのが分かった。しかし、寝転がっている今の状態では避けることはできない。

 結城はダメ元でその拳を突き出して緑色の光線を叩いた。


「ぐっ……がああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 そのあまりの激痛に頭がどうにかなりそうだった。

 彼の拳は砕け散り、光線と共に消滅した。現に、彼の右腕は黒く変質した部分がなくなってしまっている。右手がないという感覚の気持ち悪さなど激痛に比べれば屁でもなかったが、痛みが何もかもを凌駕し、他の感覚が麻痺して何が何だか分からなくなった。

 しかし、目の前のドローンだけは確かに結城の瞳に映りこんでいた。

 そして脳裏には咲楽の顔。


「ここで終わってたまるかよっ……!!」


 まだ電車の運転席にすらたどり着いていないのだ。こんなところで死ぬだなんてカッコ悪すぎて咲楽に合わせる顔がない。

 結城はダメ元で壊したドローンを蹴飛ばし、今まさに攻撃を仕掛けようとしたドローンへとぶつける。射線がぶれたドローンの光線攻撃は意図しない方向へと向き、偶然にももう一つのドローンを撃ち抜いた。


(これなら行ける!)


 このチャンスを無駄にはできないと思った結城はすばやく立ち上がり、今攻撃したばかりのドローンに向かって走り出す。

 その最中、結城は再び腕を後ろへと振り、腕の再構築を試す。今までいくら電脳世界であれ、腕が吹き飛ぶ経験などしたことがない彼にとって、この腕の再構築も初めてのこと。まさに未知の挑戦であった。

 どんどんドローンへと近づく結城だが、腕は未だ復活していない。焦る彼は必死に自分の腕が治っていく様をイメージする。

 するとその腕が再生し出したのである。見る見るうちに蘇る結城の右手は、痛みは続くものの、完全な状態で復活した。


(何が起こったか分からんがラッキーだ!)


 結城は軋む音が聞こえるくらいに拳を力強く握りしめ、思いっきりその腕を引いた。


「ここは俺が通させてもらうぜ、どこかの誰かさん!」


 この事件の首謀者に語り掛けるようにして言ったその言葉は、別にその首謀者に届いてようが、届いていなかろうが関係ない。その言葉を言ったことに意味がある。

 そして、その最後のドローンが崩れ去る。残るはドアのロック装置をクラッキングしている無防備なドローンのみ。結城はその拳で一体ずつ粉々に砕き、ドアのロック装置無事正常な状態へと戻したのである。

 結城は最後の仕事に、こちら側からドアのロックを解除し、この電脳世界を後にした。


「ログアウト」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ