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第一章『加速し続ける恐怖』‐3

  3


 先日(せんじつ)、六月二九日、土曜日。電脳世界のアイドル君島海崎(きみしまうみさき)の握手イベント会場にて、違法なプログラムである――洗脳プログラム――を彼女に手渡そうとする事件が発生。プログラムを手渡そうとした柊悟志(ひいらぎさとし)、二九歳をその場に居合わせた男子高校生が取り押さえた。

 その事件がきっかけで、その男子高校生こと榊原結城(さかきばらゆうき)はガーディアンの事務所で事情聴取を行った後、ガーディアンに入らないかと誘われた。

 七城(ななしろ)エリアのガーディアンのリーダー、阿波乃渉(あわのわたる)は結城のネクストとしての能力、そして今回の事件の犯人を捕まえた功績のみならず、今まで電脳世界の治安を守っていたことを評価した結果がこれらしい。

 サイバー犯罪は年々増え続けており、その凶悪性も増してきている。最近では違法なプログラムが裏市場から出回り、それに関する事件が後を絶たない。電脳世界にはそういった違法なプログラムを取り締まる検出システムが存在するが、どうにかそれを潜り抜けるものが生まれてしまっている。

 違法プログラムを検出するシステムを管理している企業も、新しく生まれ続ける違法なプログラムに対応しているのだが、正直これはイタチごっこになってしまっている。対策しようが、また新しい違法なプログラムが生まれ、そこから事件がまた発生する。

 また、やっかいなことに違法プログラム検出システム『EXUSIA(エクスシア)』ではネクストを検知することができない。たとえ能力を発動してもだ。

 違法プロフラムを売る裏市場の人間や、違法なプログラムを使って犯罪を起こす人間、またネクストの能力による犯罪行為の取り締まりに日本の警察は悩まされていた。

 そして生まれたのが電脳世界を専門として取り締まる組織、ガーディアンだ。

 この組織は実力のある者ならば誰でも協力することができることになっている。それが定年を過ぎた老人だろうが、まだ義務教育を受けている最中の小学生だろうが、犯罪者だろうが、お構いなしだ。

 それが年々凶悪性が増し続けているサイバー犯罪の対策方法としたのである。

 しかし、そうまでしてもガーディアンの人員不足は深刻だ。数少ない優秀な人材は有無を言わず協力を仰いでいる。特に犯罪者は、その罪を無にし、自由の身にする代わりにガーディアンに協力してもらおうとするほどだ。

 したがって、榊原結城をガーディアンが欲しがるのは必然と言ってもいいだろう。

 しかし、結城はその話を断ったのである。しかも、過去に何度も誘われて、その(たび)に断っている。

 その理由は単に面倒臭いから。午前中は学校に通い、午後はガーディアンとして電脳世界で働き、休日も働かなくてはいけないなど、自分の本望(ほんもう)ではない。

 自分のやりたいことをやる、それが榊原結城のポリシーだ。

 その騒動があってから五日ほど経ち、七月四日。再び平凡な日常に戻ったのだが……やはり事件のことは頭から一向に離れなかった。


「ちょっと、どうしたのさ張り詰めた顔しちゃって」


 机に肘をつき、ガーディアンのことを考えていた結城に咲楽が話しかけてきた。


「別に。ぼーとしてただけだよ」

「そうなの? にしては意味深な顔つきだったね」

「うっせー。どうもしねぇよ」


 そのときの結城の表情を見て咲楽は理解した。あの事件の日、ガーディアンに呼ばれて何かあったのだと。


「もしかしてガーディアン絡み?」


 その彼女の言葉に結城は思わず咳き込んだ。いつも、結城のことになると勘が鋭い咲楽に、今まで何回知られたくないことを彼女に知られてしまったか。


「相変わらずお前は鋭でーなオイ。あぁ、そうだよ。俺はガーディアンにならないかって言われた」

「すごいじゃん! ガーディアンなんかそう簡単になれるものじゃないよ! これはビッグニュースだね。きっとゆうくんのおじさんも喜ぶ――」

「いや、断って来た」

「なんで!?」

「いや、別にこれといった理由はねぇよ。ホラ、お前と一緒に遊べなくなるだろ?」

「え、それって――」


 彼女に本当のことを言ったら面倒臭くなることは分かっているので、多くは語らなかった。適当な嘘をついて、ここははぐらかす。


「ほら、さっさと帰ろうぜ」


 結城は鞄を持って席を立つ。咲楽と共に階段を降りて玄関を目指す最中、困り果てている様子の女の子を目撃した。

 一人の小柄な女の子が、目を瞑りながら壁に寄りかかって、あっちへこっちへとふらふらしていた。見ているだけで危なっかしく感じた咲楽は、有無を言わずその女の子に駆け寄り話しかけた。


「どうしたの? お困りですか?」


 ぼさっとしている髪を揺らしながら、声が聞こえてきた方へと向く彼女。しかし、しっかりと咲楽のことを見ているわけではなかった。目を瞑ったままなのである。


「え、えと、その……」


 耳を口元まで寄せないと聞こえないくらいに掠れた声を発する彼女に、咲楽はどうしたらいいか困り果てる。

 一方、結城はそんな彼女に違和感を覚えた。もしかしたら、彼女は言葉を上手く発せれないのかもしれない。これは、いわゆる電脳病患者なのではないだろうか。

 そう思った結城は、身を屈ませ、耳を彼女の口元に近づかせる。それを見た咲楽も、結城と同じように身を屈ませた。


「大丈夫だ。落ち着いて。どうかしたのか?」

「その、つ、杖が、み、見当たら、なくて……。わたし、目が見えないから……」

「杖か……。待ってろ」


 結城と咲楽はお互いに顔を合わせて頷いた。咲楽は廊下を、結城は教室の中を探す。

 そして、結城は彼女の杖らしきものを見つけた。

 その杖はなぜか彼女の小さい身長では届かないようなところ――教室のロッカーの上に置いてあったのである。これは、彼女自身が置いたわけではないのは明らかだ。悪意しかないそれは、いじめの類だろう。


「ほら、教室の中に倒れてあったぞ」


 結城はとりあえず嘘をついた。あまりにも酷い嫌がらせに、彼女はショックを受けてしまうかもしれないと思ったからだ。いや、彼女はすでにそのいじめについて知っているのかもしれない。どちらにせよ、ここは無難にいじめられていないという事実にしておいた。


「あ、ありがとう、ござい、ます……」


 相変わらず掠れて耳をしっかり傾けないと聞こえない喋り方だった。これは緊張しているわけではないだろう。とても喋りにくそうにしているところを見ると、それは自我境界線損失症の症状の一つである可能性が高い。


「お前にはその杖が必要なんだろう? だったら、できるだけ肌身離さず持っておけよ」

「はい……」

「よかったね。えっとぉ……」


 咲楽は彼女の名前を呼んであげようと思ったが、彼女の名前を知らなかった。下級生で、今まで関わり合いがなかったのだから当たり前だろう。


「わたしは、西條海実(にしじょううみ)って、いいます。一年生、です……」


 西條海実と言う女の子は、力を振り絞るようにして彼女は名前を教えてくれた。

 やはり、彼女の声は掠れていて聞き取るだけでも大変だった。しかし、結城と咲楽は一つ一つの音を聞き逃さないようにしっかりと聞き取ってあげる。


「わたしはねぇ、色川咲楽(しきかわさくら)っていうの! 三年生だよ」

「俺は榊原結城(さかきばらゆうき)。同じく三年だ」


 上級生だということを知った瞬間、海実は少し驚いたような表情になる。ぷるぷる震えながら、どうしようかと慌ててしまっていた。


「あ、せ、せんぱいだったんですか……」

「別に気にすんなよ。年の差なんて関係ねぇ。ところで、これから帰るのか?」

「は、い。お母さんが、お迎えに来てるので」

「そうか。じゃ、玄関まで一緒に行こう」


 海実は俯いていた顔を上げ、驚きの表情をこちらに向けてきた。


「あ、あの、いいん、ですか?」

「逆になんでそんな確認をするんだ? お前は目が見えないんだろう? お前にとってはおせっかいかもしれねぇが、手助けの一つや二つ、やらせてくれてもいいじゃねぇか」

「じゃあ、お言葉に、甘えて……」


 再び俯き、少し気恥ずかしそうに笑い、海実は掠れた声で言う。

 その様子を見た結城と咲楽は微笑み、共に階段を降りる。その際、咲楽は自然に海実の手を握った。咲楽は、嫌だった? と聞くが海実は小さく首を横に振った。その仕草が可愛くて咲楽は悶絶しそうだったが、彼女に気付かれないように何とか平然たる態度を装った。

 玄関には見慣れない女の人が立っていた。その人が海の姿を見るなり、海実の名前を呼んだところを見ると、その人は彼女の母親らしい。結城と咲楽は共に海実の母親の下へと行った。


「海実のお友達の方ですか?」

「はい、先ほどお友達になりました!」


 元気一杯に宣言する咲楽に、海実の母親は微笑む。それはもう、安心したかのような優しいものであった。


「そうですか。あの、これからも海実と仲良くしてください。よろしくお願いします」

「はい、お任せ下さい! こーんなに可愛い海実ちゃんと仲良くしないわけないじゃないですか!」


 なんともまぁ、海実の気も知らないで母親の前で可愛いと言えるものだ、と結城は感心していた。だが、これが咲楽の良いところでもある。裏表があまりない真っ直ぐなその性格に助けられてきた人は数多い。

 しかし、ストレートすぎる言葉によって、ダメージを負った心に追加攻撃をしてしまうことがあるのが玉に(きず)だ。


「それでは失礼いたします」

「せんぱい、また、明日、です……」

「うん! じゃあね、海実ちゃん」


 結城と咲楽は海実が車に乗り込み、門を出て行くその時まで見送っていた。

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