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第四章『あの日の約束』-9

  9


 結城が降り立ったのは、咲楽の脳の中にあるパルスイン・システムチップの電脳エリア。

 このエリアに通常はアクセスできないが、藤坂美樹による規制解除プログラムによって侵入が可能になった。即席で作ったからか、その作った本人は動作に不安があったみたいだったが、こうやって無事に結城はアクセスできた。

 目の前には青く輝いている半透明の壁。

 それが脳への脳への直接攻撃を防ぐ防火壁――ファイアウォール。

 五枚存在するファイアウォールは二枚破壊されており、残り三枚。その三枚目が今にも得体の知れぬ何かに破壊されそうになっている。


「なんだよ、アレは……」


 思わず結城はそれを見て呟いた。どこまでも黒いそれはプログラムには見えず、まるで生命体のようにウネウネと動いている影のようなものだった。それが青く輝くファイアウォールを黒く染め上げようとしている。

 あれの進行を食い止められず、五枚すべて破壊されてしまったらどうなるのだろう。

 脳波を読み取るだけの存在であるシステムチップだが、それを介して脳に直接攻撃ができるとして、それを許したのなら、咲楽は……?


「ヤメロォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 結城は右腕を勢いよく振る。ネクスト能力である『硬化』を使い、右腕を岩肌のようで、また鎧のようなものに変質させた。

 地面を這いずり回る黒い影は、その影を伸ばしファイアウォールを浸食していた。

 結城は、その根元部分にある本体らしき部分に渾身の一撃を入れた。


「…………ん?」


 しかし手ごたえがない。まるで地面を叩いたかのような感覚は、間違いではなかった。

 するとその黒い影は分裂し、結城の右腕にまとわりついたではないか。


「うわああああああああ!?」


 結城は叫び、目一杯右腕を振り、影を払おうとすると、あっけなくその影は飛び散る様にして離れた。

 飛び散った影は磁石で吸い寄せられるかのように一点に集まり、一つの塊となっていく。


「いったい何なんだよあれは!?」


 生き物のようにウネウネと動く黒い影は、実体がないのか拳が当たらず、液体のように飛沫(しぶき)となって飛び散った。だが、液体のように見えたそれは、一点に集まるなり固体のように球体と化したのである。

 そんなものは今まで見たことがない。故にどう対処すればいいのかも分からない。


「あんなもの、いったいどうすれば――なんだ!?」


 すると、固体のように固まった影が波経つように振動し出した。それは縦に、そして横に段々と大きくなり、人間のような――いや、人間を、しかも女性の人を形成していく。

 黒かったそれに色が付き、黒いショートカットの髪がサラリとなびく。なにより結城は、その影が創り上げた顔を見て言葉を失う。直後叫びたい気持ちに襲われるが声が出なかった。その理由は分からない。空気だけが、口から抜けていく。


「お、か、あ、あ、あ、あ…………」


 心臓が異常なほどバクバク鳴り響く。顔が熱くなり、吐き気にも襲われた。


「な、ん、で……」


 結城は大きく息を吸い込む。喉が痛くなる感覚に陥りながらも、結城は声を絞り出した。


「俺のお母さんの姿をしてんだあああああああああああああああああああああああ!!」


 その姿は紛れもない、結城の母である和穂のものだった。


『結城、元気にしてた?』

「あ?」


 その一言しか言えなかった。

 口調も、声色も、その言葉を言うときの微笑みも、何もかもが和穂そのものだった。

 なぜ得体の知れぬ黒い影が母親を一寸違わず作り出せるのか。


「俺の、俺の、俺の……俺の思い出を返せええええええええええええええええええ!!」


 結城は激昂し、拳を握りしめた。

 自分と母親の想いでは自分だけのものだ。誰のものでもない、誰かが手にしてはならない、とても大事な記憶だ。それが奪われた。きっと先ほど黒い影が結城の体にへばりついたときに抜き取り、それを元に和穂を作り出したのだろうか。


「なんだよそれ……そんな偽物、俺がこの手で、この手でぶっ壊してやらあああああ!!」


 和穂になったものを目がけて駆ける。思いっきり腕を後ろに引き、そしてその拳を突きだそうとしたそのとき――。


『結城、大きくなったわね』


 ピタッ、と、まるで一時停止ボタンを押したかのように結城の動きが止まった。


『あなたの成長したその姿、こうやって見たかったの。本当に、嬉しいわ』


 まやかしだ。

 これは自分のことを陥れさせようとした、あの得体の知れぬ黒い影の陰謀だ。

 そう思いたい結城だったが、一歩手前で踏み止まってしまう。

 そこに、自分が欲しかったものがあるのだから。


(あ、あ、あぁ……、俺は、咲楽を、助けなくちゃならないのに……)


 母親のようなものに身を任せそうになるのを、咲楽のことを思い出すことで何とか耐えている状態だ。それは綱渡りをしているかのように、集中力を切らせば奈落へ落ちてしまうだろう。思考停止と言う名の、奈落に。


『どうしたの結城、辛いことがあればお母さんを頼りなさい。なんてったって、わたしは結城の母親なんですから!』


 その明るい口調、すべてを包み込んでくれるような温かさ、どこからどう見ても母親の和穂だ。

 結城は、まるで洗脳されたかのように、その黒い影が創り上げた和穂を自分の実の母親のように思えてしまった。目の前にいるのは本物のお母さん。そう、目の前にいるのは本物の榊原和穂なのだ。


「お母さん、俺、俺は――」


 母親のようなものに飛び込んだ結城は、その瞬間、何かドス黒いものに包まれた。

 先ほどまであった母親の温かさはなく、何も見えず、何も感じない、ただどこまでも黒い無の空間に放り込まれてしまった。


――ここは、どこだ?


 そう言ったつもりだったが、自分の声が自分で聞こえない。


(あぁ、やっちまった。何やってんだよ、俺は……。渇望していたものを見せられて、自分を見失って、ただそれだけしか見れなかった。咲楽を助けるだなんて目的は二の次になって……最低だな、俺は。今まで支えてくれたのは誰だよ? 咲楽だよな? 何で俺は、大切な存在を放り出しちまったんだよ)


――それはね。


 結城は確かに聞こえた。でも、耳から聞こえたように感じない。まるで、脳に直接声が届けられているかのような、そんな感覚。


――わたしたちが、君の思考をある一方向にしか向かないようにしたからだ。


 意味が分からなかった。どういうことだ。


――意味が分からない? そりゃそうだ! ぼくたちは君たちより上の存在だから。


 さっきから口調や声色が定まらない。俺がおかしいのだろうか。


――さっきから言ってたよね? わたしたち、って。それより、上の存在って、その意味は分かるかしら?


 上の存在……上位者って奴なのだろうか。それが何人もいるってことか。


――その通りよぉ~。でもぉ、君にはわたしたちのことは見えないの、ゴメンネ!


 今度は甘ったるい声が聞こえてきた。つーか、その上位者はいったい何者なんだ?


――君たちが住む世界、つまり電脳世界を創り上げた張本人ってやつなのだぁ!


 電脳世界を創った? 作り上げたのは俺たち人間じゃないだって?


――そうだ。さて、本題に戻ろう。君はネクスト、と呼ばれている能力を授けられたね?


 ネクスト能力か……お母さんが変になった時からだったか、俺にこんな能力が生まれたのは。


――そうだ。そして君はその能力を使い続け、世を正しい方向に導いてきた。


 何が言いたいんだ?


――つまりぃ、いわゆるパワーアップイベントなのだぁ!


 この能力が強くなるって?


――その通りよ。そのために、君の幼馴染さんには犠牲になってもらうの。


 待て! なんで咲楽が犠牲になるんだ!? 上位者様ならそんなことしなくたっていいんじゃないのか!?


――上位者と言えど、限界はあるのだよ。わたしたちは神ではないからな。まぁ、君たちからしたら、わたしたちは神と同等に感じるだろうがね。


 だからって、なぜ咲楽をこんな目に合わせるんだ?


――簡単な話だよ。君らがネクストと呼んでいるその能力は、精神的な苦痛や、強いトラウマなどを抱えたときに生まれるバグのようなものだからね。自己の防衛本能によって生まれた想定外の能力だ。下位の存在だというのに、人間と言うものには驚かされることが多いな、まったく。


 そうだ、俺も、西條も、人には言えない精神的にキツイ体験をしてきてた。それがトリガーになってネクスト能力が生まれたってのか?


――その通り。そして君はそれを利用してわたしたちが創り上げた世界の秩序を守る仕事をしてくれた。


 待てよ。確かに俺は人助けをしてきたさ。でもそれはほんの小さな問題でしかないし、もっと大きな問題は俺じゃなく、ガーディアンや警察が解決してきたじゃないか!


――違う。そうじゃないんだよ。君がこの半ヶ月の間、何をしてきたんだ?


 電車の暴走を止めたり、プールの沸騰を止めたり、西條のことを助けたりした。


――それはすべて、ネクスト能力者との戦いじゃなかったかい?


 じゃあ何か? 俺は試されてたってのか、お前ら上位者に。


――うふふ、その通りよぉ? 見事に君はネクスト能力者たちに勝利してぇ、また西條海実という、ネクスト能力が暴走してしまった少女のことを助け出した。あらぁ? まるでネクストの専門家ねぇ?


 だから、お前らのテストに合格した俺は、新たな力を貰ってネクスト能力者を倒せってのか? それじゃまるで……。


――ネクスト狩り、だよね? 君たちの世界ではそう呼ばれているらしいねぇ!


 ネクスト狩りをしてた奴らは、全員お前らに目をつけられた奴ってことか!?


――そう、全員わたしたちの支配下にあるのよ。世界に損失を与えてしまうような有害なネクスト能力者は排除しなきゃならないから。


 そいつら全員、何らかの犠牲を払って強い力を手に入れてるのかよ?


――そうだ。そして君もそうなる。幼馴染を失った君は、より強い力を手に入れる。そして、害虫駆除をしてもらうんだ。


 ふざけんな、ふざけんなよ!! 咲楽を犠牲にして手に入れた力なんて、だれがそんな力いるかよ……。俺は、咲楽がいなきゃ何もできないんだよクソッ!!


――けどさ、君はボクたちの言う通りにしなくちゃいけなんだよぉ!


 お前らの、好き勝手にさせてたまるかよ。上位者だか何だか知らねぇよ、俺はお前たちの言う通りにはならない!


「そう、あなたたちの好きにはさせない!」


 その声は耳から聞こえた。先ほどまで思考での会話をしていたはずなのに、この声だけは、ハッキリと聞こえたのだ。しかも、その声は慣れ親しんだ、とても元気な声。


「ゆうくんは、あなたたちの言いなりにはならないの! だって、ゆうくんはわたしの、だ、だい、だいす……大切な人だから!!」


――なぜ、あなたがここに? まさか、能力が!?


「よく分かんないけど、気付いたらここにいたの。そしたら変な色んな声と、ゆうくんの声が聞こえてきて……。しかも変な勧誘を受けてたから、口を挟ませてもらったのよ!」


――あなたの能力は……そう、そうなの。分かった、今回は私たちは手を引くわ。


「あんなにしつこかったのに、どうして?」


――それは、あなたのネクスト能力がわたしたちに有益なものだからだ。これからも二人で世界を守ってくれ。新たな力は与えられないが、二人が協力すれば問題はない。では、わたしたちはこれで失礼する。


 その声が一切聞こえなくなると、どこまでも真っ黒な空間が崩れ去り、元の電脳空間、つまり咲楽の脳内にあるパルスイン・システムチップの電脳に帰ってきた。


「ゆうくん、もう大丈夫だよ」

「あ、ああ……。お前、無事なのか?」

「そんなことよりも! ゆうくんに言わなくちゃいけないことがあるの」

「なんだよ」

「もう、わたしに縛られなくてもいいんだよ? あのときの約束を今でも守ってくれてたのは嬉しい。まぁ、わたしも守ってたんだけどね」


 てへへ、と笑いながら自分の髪を軽くかいた。


「でも、もうおしまいにしよう。いつまでも一緒にいられないし、ここいらで卒業しよう。これからは依存の対象じゃなくて、あの、えっとぉ、そ、そう! ただの幼馴染に戻ろうよ!」


 咲楽が言ったその言葉で、結城はようやく自分の気持ちが理解できた。

 結城が求めていたのは母親であり、咲楽に母親を見出した。ある意味では、彼女のことを一人の女の子や、幼馴染として見れていなかったのかもしれない。

 だからこそ、今それを断ち切らなくてはならない。

 咲楽は咲楽であり、和穂ではない。だから、しっかっりと幼馴染の色川咲楽としてあらためてふれあう必要がある。それが結城がやなくてはならない責務だ。

 だから、結城は咲楽にこう返す。


「そう、だな。咲楽が無理やり俺を自分の趣味に付き合わすことが減ればいいんだけど、どうかな?」

「善処するよ! うん、する! ゆうくんも、わたしだけじゃなくて、もっと周りに目を向けること! いい?」

「善処する」

「そう、ならいいや。じゃあ、現実世界に戻ろう。みんなが待ってるから」

「そうだな、そうしよう」


 そうして、結城と咲楽の依存関係は終わった。今まで言葉にしてなかっただけで、もっと早く言葉にしていれば、今回のように簡単に依存の関係を終えることができたのかもしれない。



 二人はそれぞれの道をゆく。

 その道は行き先が分からない。

 でも、もしかすると……一緒の道をまた進むかもしれない。

 だがそのときは今までのような依存の関係ではなく、もっと良好な関係のはずだ。

 榊原結城と色川咲楽は、一歩、そしてもう一歩と、それぞれの道を確かに歩み始めた。

第四章が終了。

物語を締めくくる結城本人のお話でした。

『依存』というテーマはわたしが前に書いた『ノーブルソード アルター』でも取り扱っています。

なぜ、同じテーマで書いたかと言えば単なるリベンジです。

結果、ノーブルソードの方が上手く描けてたような気がしないでもない。


次は終章『みち』

ひらがな表記の理由は、様々な意味を持たせたかったからです。

ついに最後。

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